66話 気にしなくて良いっすよ

 3階層、初めての挑戦者に俺たちは困惑していた。


 女ドワーフや骨拾いはいい。

 だが、この赤装束の魔法使い(?)が問題だ。


「やっぱりダメです。ソフトを変えてもエラーとしか……」

「これは分析を阻害する魔導具持ってるっす! モニターの異常は認識阻害っす!」


 リリーとタックがこの冒険者――赤魔法使いとでも呼ぼうか。

 この赤魔法使いを分析しているが、どうやら阻害されているようなのだ。

 スキルやレベルだけでなく、モニターごしの顔までモザイク処理されているのだから徹底している。


「コイツ魔族だな。服装もこれ、ちょっと前に流行ったコミックのコスプレだぞ。赤い彗星だろ」


 俺の言葉にリリーとタックが顔を見合わせて首をかしげている。

 まあ、かなり古いコミックだから知らないのも無理はないが、ジェネレーションギャップを感じて少し寂しい。

 ちなみに『ちょっと前』とはリリーが産まれる前だったりするのだが。


「排除するにしても、他の冒険者に知られてしまう……かと言って皆殺しはマズいだろうな」

「ふん、まだ悪さをしたわけじゃねえ。様子を見るしかねえだろうよ」


 たしかにゴルンの言うとおりだ。

 不審極まりないが、怪しいからと排除していては利用者はいなくなってしまう。

 ここはマークしておかしな行動がないかチェックするにとどめるしかない。


「ま、お手並み拝見といこうじゃねえか」


 モニターには灯りを掲げながら進む女ドワーフパーティーが映っている。

 ちゃんとタックが作った通路を慎重に進んでいるようだ。


「このまま行くと……出たー! カニっす! ほらっ! カニっ!」

「いや、俺も見てるから」


 タックは何が楽しいのか俺の肩をバンバン叩いて喜んでいる。


「しかし、なかなかいい判断だな。戦果を求めるより部下を殺さない指揮だ」

「ふん、もう少しやりようはあるぜ。普通に戦えば勝てる相手だぞ」


 突如現れたフィドラークラブの群れに対し、女ドワーフは囲まれないように下がり気味で対応している。

 常に敵が壁役の女ドワーフに集中するような戦術移動は見事なものだ。

 

 ただ、ゴルンから見れば『モタモタするな』と言いたいとこらしい。

 たしかに、普通にぶつかれば負ける相手ではないのだ。

 評価の難しいところではある。


 その時、リリーが「あっ」と小さく驚きの声を出した。

 見ればレッサーワイバーンが不意打ちで女ドワーフに飛びかかったのだ。


「ぎゃー! あれ、ヤバイっす! あれヤバイっすよ!」


 それを見たタックが嬉しそうに悲鳴をあげた。


「たしかにヤバいな。レッサーワイバーンとはあんなに飛ぶのか……」

「こいつは怖いっすよ! レッサーワイバーン、大正解っす!」


 戦闘音につられたか、かなり離れた位置から滑空しての奇襲だ。

 これはかわせない。


 女ドワーフはかろうじて盾で受け止めたものの勢いに負け、しぶきを上げて尻もちをついた。

 こうなるとフィドラークラブが勢いづく。


「む、骨拾いが活発に動きまわってるな」

「ほう、露骨な挑発だがリポップモンスターは釣られてるな。うまいぜ」


 骨拾いは前後にチョロついているだけだが『目の前の敵を攻撃せよ』のみで動いているリポップモンスターには十分な陽動になるらしい。

 ダンジョンモンスターの習性を理解したうまい手だ。


 骨拾いが時間を稼ぐ間、曲刀を持つ剣士がレッサーワイバーンを仕留めて女ドワーフを救出した。

 赤魔法使いを含む後列も魔法を連発してフィドラークラブの数を削っている。


(この赤いやつ、隣のレベルに合わせてるのか? どことなく余裕を感じるが……)


 何がどうと言うわけではないが、この赤魔法使いの戦いには得体のしれなさがある。

 まだまだ実力を隠してそうな雰囲気だ。


 そのまま形勢逆転となり、女ドワーフたちは8体のフィドラークラブとレッサーワイバーンを撃破した。

 だが、女ドワーフらも疲労困憊といった様子を隠しきれていない。


「やはり暗さと水のハンデは重いな」

「まあ、初見の相手だしな。レッサーワイバーンの奇襲からうまく立ち直った部分は評価してもいいぜ」


 このゴルンの物言いには苦笑してしまう。

 まるで新兵の評価をする訓練教官だ。


「あっ、帰るみたいっすね! もうちょい粘ってほしかったっす!」

「新しい階層の調査だろうからな。成果があったと判断したんだろう」


 タックの言うように少し早い帰還ではあるが、調査は情報を持ち帰るのが優先である。

 余力があるうちに戻るのは間違いではない。


 女ドワーフたちは倒したレッサーワイバーンやフィドラークラブをそのまま担げるだけ持ち帰るようだ。

 少し非効率にも思えるが、何か考えがあるのだろう。


「しかし、荷物担いで帰るのも大変だな」

「2階層みたいに帰還用の転移装置を作ってもいいっすけど、帰る時間も滞在ポイントになるし悩みどころっすね!」


 唯一の利用者だった女ドワーフパーティーが引き返したことで、こちらもリラックスムードである。

 アンが人数分のコーヒーを淹れてくれた。


「あの赤いの、次に村に行った時でも顔を見てきた方がいいぜ。どうもクセえ野郎だ」

「そうだな。顔を見ておくのは悪くない」


 俺とゴルンは「軍人か?」「近接もできそうだ」などと赤魔法使いの正体について意見を出し合ったが、これは単なる茶飲み話だ。

 現時点で正体は分からない。


「エド、先ほどの戦闘映像は録画しておきました。公社に提出しますか?」


 最後までモニターを操作していたリリーが振り向いた。

 どうやら画像を処理してくれていたようだ。


「ああ、公社から指示があったやつだな。すまん助かるよ」

「まだ期日まで時間がありますし、3階層の画像が集められたらいいですね」


 この『公社からの指示』とは、各ダンジョンを攻略する冒険者の画像や動画を提出するというものだ。

 なにやら公社の新規事業として、編集した動画の販売を考えているらしい。


「金銭的な収入というよりも、ダンジョン公社をより知ってもらうためのPR活動のようですね」

「ならしっかり協力しなきゃなあ。公社の仕事は魔王領になくてはならない仕事なんだ。広く知ってもらうことは未来の人材確保にも繋がるだろう」


 俺の言葉を聞いたリリーがクスリとイタズラっぽく笑い「デモテープ、あるんですよ」となにやら記録媒体を取り出した。


「見てみますか? きっと気に入りますよ」

「はは、さては姉君経由で手に入れたな? 今は時間があるし見てみるとしようか」


 リリーが嬉しそうにモニターを操作し、一部を映像再生に切り替えた。

 女ドワーフたちは確認できるので問題ないだろう。


 そして再生されたのは……なぜか俺とエルフ社長の映像だった。

 40号ダンジョン攻略の時のものだ。


(……おいおい、なんだこりゃ?)


 さすがに停止しようと思ったのだが、アンやタックに猛抗議され俺は自分が映る映像を見続けるはめに陥った。

 いきなり始まった謎の罰ゲームに俺は困惑するばかりだ。


 リリーは知っていたのだろうが、全く顔に出さずにシレッと優雅な仕草でコーヒーを楽しんでいる。

 どうやらハメられたらしい。


 映像自体はかなり編集されており、俺と社長が息の合ったコンビで敵を撃破していくバディものの映画のような出来だ。

 グレーターデーモンとの戦いはかなりヒロイックな映像になっていて恥ずかしい。


 そりゃ、半日がかりの仕事を編集し、40分くらいに収めているので『いいトコばかり』になるのは理解できる。


 だが、これを見たタックやアンの琴線には触れたらしく、目をキラキラさせているのはたまらない。


「すごかったっす! ついてこれるかデカブツッ!」


 タックはなにやら真似をして喜んでいるし、アンも「エドさんカッコいいです」とシッポを振っている。


「現場はそんなに良いものじゃないぞ? 臭い臭いって逃げたじゃないか」

「普段のエドさんはそこまで臭くないっす! 気にしなくて良いっすよ!」


 俺なりに抗議をしてみたが、全く通じなかった。

 それどころか『そんなに臭くない』とか言われて……さすがに傷つくだろ。


「これはプロモーション映像として無料で配布されるそうですよ。たくさんの方に見ていただけますね」


 リリーがニッコリと笑って俺に死刑宣告を突きつける。

 ちなみに映像の使用権は公社にあるそうだ……俺も契約時にサインしているそうだが、そんな細かいところは全く記憶にない。


 絶望する俺の肩をポンと叩き、ゴルンが「飲みに行くか?」と誘ってくれた。

 たしかに、今日はちょっと酔いたい気分だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る