22話 さ、触られるのはちょっと

「あ、おはようございます。エドさん」

「おはよう、アン。早いな」


 今は午前7時半だ。

 始業より1時間も早い。


 基本的に常駐してる俺は別にして、アンは公社の開門と同時にダンジョンへやってくる。


「もう少しゆっくりでもいいんだぞ」

「いいえ、今までが早かったので……あまりゆっくりでも遅刻しそうです」


 アンは「てへっ」と照れるが、あざとさがないのは年齢ゆえであろうか。


「たしかに軍は早いものな。俺も初日は6時に出社してしまったな」

「あはは、それは早すぎですよっ」


 くだらない話をしている間にもアンはエプロンをつけ、即席のキッチンでテキパキと働いている。


 アンが入社(入ダンジョンと呼ぶべきか?)してより数日。 

 初めは時間外労働をしてはいけないと注意したのたが、本人が希望するので任せていた。

 これも業務にしてやらねばならないだろう。


(強い子だ。両親を亡くし、施設で育ち、出自でハンデを負い、職を失った……並の苦労ではないだろうに)


 俺はパタパタと働くアンの姿を見るだけで、目頭が熱くなる。

 こんな時、自分が年をとり涙もろくなったのを実感してしまうのだ。 

 食堂の親父さんがアンの世話を焼いた理由が今なら分かる気がした。 


「できました! 朝はご飯を炊く時間がないのでトーストになっちゃいますけど」

「ああ、ありがとう。いただきます」


 分厚い4枚切りのトースト、半熟のハムエッグ、ホウレンソウのソテー、ヨーグルトまでついている。

 実に見事なモーニングセットである。


「本当はサラダとかスープをつけたいんですけど」

「いやいや、これで文句を言ったらバチが当たる。ありがたいよ」


 ハムエッグはナイフを入れたらトロっと黄身が流れるにくい・・・火加減だ。

 この皿に流れ出た黄身をトーストでぬぐうように食べる。これがウマい。

 ホウレンソウはバターしょう油(しょう油は魔族の伝統的な調味液だ)で濃い目に味がついており、ご飯にも合いそうだ。

 甘くないヨーグルト……コイツはあまり好きでもないのだが、イチゴのジャムがちょっと乗っており食べやすい。


 あっという間に食べる俺を見て、アンも嬉しそうだ。


「コーヒー淹れますね。この魔道具はスゴいです」

「ああ、リリーが持ってきてくれたんだよ。彼女は魔道具に詳しくてな」


 まあ、タックにいわせると俺が『遅れてる』のだそうだ。

 だが、アンは「すごいですー」とか無難に相づちを打ってくれる。

 実によい子だ。


 俺に背を向けてコーヒーを淹れる姿で目につくのはやはり尻尾だ。

 大きくふっさりとして、実に柔らかそうなシルエットをしている。


(ちょっと触ってみたいが、でもマズいよなあ)


 女性の体に触りたいなど、それは通報されても仕方がない話だ。

 しかもアンは16才なのだ……下手したら大々的に報道されてしまう。


「あーっ、アっちゃん逃げるっす! お尻を見てニタニタしてる変態がいるっす! ロリコンっす!」


 いつの間にか転移していたタックが騒いでいる。

 ちなみに彼女は大手のノッカー工務店から転移してくるので、公社からくるゴルンとは別ルートらしい。

 行き先は同じでも所属が違うので、別の出勤先になるのだ。


「人聞きの悪いことはやめてくれ。柔らかそうだなって尻尾を見てたんだよ」

「16才の体を見て喜んでたら変態っす! 通報っす!」


 このあたりは強く否定できないのがつらいところだ。

 アンも真っ赤になってるし、訴えられたら俺は死ぬかもしれんな。


「あの、し、尻尾くらい見るだけならいいですよ。さ、触られるのはちょっと……」

「ダメっす! スキを見せたら『もうちょっといいじゃないか、そっちも見せてごらんお小遣いあげよう』とか言ってくるっすよ!」


 さすがに言わんわ。

 まあ、アンも嫌がっていないようなので俺も何も言わないが、あんまりエスカレートするなら注意もせねばなるまい。


(まあ、娘みたいな年だし、俺も甘くなるんだよなあ)


 俺は彼女らくらいの子供がいてもおかしくない年齢ではあるのだ。

 部下というよりは近所の子みたいな感覚である。


「おはようございます」

「なんだ賑やかだな。まあ、ウチの娘が騒いでるんだろうが……」


 リリーとゴルンが一緒に出勤してきた。

 わりと転移の座標指定は面倒くさいので、どちらかが操作しているところに合流したのだろう。

 ままある光景だ。


「あっ、リリーさん、聞いてくださいっす! エドさんたらアっちゃんにね――」

「ふふ、アンはかわいいですものね。私も尻尾に触りたいです」


 やはりリリーも触りたいらしい。

 アンは「お姉様になら」と顔を赤らめているが……危ないなあ。


 ちなみにアンはなぜかリリーを『お姉様』と呼ぶ。

 理由は知らない。


「そろったな。では、朝礼を始める。気をつけっ! 72号ダンジョン職員、点呼――いちっ!」


 俺に続いてリリーから順に「にっ!」「さんっ!」「しっ!」と皆が続く。


「職員4名、異状なし! これにノッカー工務店より出向のタチアナ・ガリッタを加え5名、本日の業務を開始する。何か質問、業務連絡がある者はいるか?」


 特にないようなので、このまま業務は開始である。

 シンプルな朝礼だが、キャアキャアと騒いでいる面子にも、ゴルンにも好評だったりする。


 リリーは書類仕事にかかり、ゴルンはモニターの監視に入る。

 タックはマスタールームの各所をチェックし、アンはお掃除だ。


 そして俺は、各種資料を見ながら2階層の構想を練っているのだが……正直厳しい。


(予算は無理してDP7200だ。構造はいけるが、モンスターが厳しいな)


 前回は構造で8000、オブジェクトは無しにして明かりで2100(ヒカリダケと追加でヒカリゴケを使っている)だ。

 マスタールームを設置しない関係で安くはなるが、1階層と同規模にするなら構造に6000は必要となる。


「全くの暗闇にオブジェクト無しはキツイだろうな……やはりしばらくは無理か」

「やっぱいきなり増層は厳しいっす!」


 作業を一息つけたらしいタックが話しかけてきた。

 アンが俺にも「どうぞ」とお茶を差し出してくれる。


 見ればそれなりに時間が経過していたようだ。


「ヒカリダケは結構高いオブジェクトなんで、明かりはただの光る天井っすかねえ……モンスターは1種類にして罠で……? いや、それじゃダメっすよね、構造をシンプルにする感じっすか」


 タックが黒板に「こんなヤツっす」と2つの大部屋を連結させた図を描いていく。


「これならボス用に小部屋を足して、薄く明かりをつけても3000以下にはできるっす!」

「さすがにこれは……たしかにボスを用意してもモンスター2種類は出せるだろうが、うーむ、む、む」


 あまりにシンプルな構造に俺は思わず唸ってしまう。


 だが、出された条件でデザインを出したタックはさすがプロだ。


「難しいなあ。やっぱもうちょい稼がないと――」


 俺は「ふう」と息を吐き、お茶をすする。

 ありがたいことにDPとは別に生命力エネルギーはダンジョンコアに蓄積されているはずだ。

 焦ることはない……少ないとはいえ冒険者は来ているのだから。


「おい大将、手が空いたら見てくれ。おかしなヤツらが来てるぜ」


 ゴルンにうながされ、モニターを見ると5人組の冒険者がいた。

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