21話 そこは断固否定したい

 さて、オープンして半月。

 新しいダンジョンということで冒険者がポツポツ現れて挑戦を始めた。

 また、回復の泉のことを知り、怪我をした開拓村の住民らしき者もチラホラと散見できる。


 さすがに内部で死亡する冒険者は今のところ初めの2人(16話参照)だけだが、怪我人はそれなりにいる。

 わりと強めの冒険者に宝箱を総ナメにされることもままあるが、とりあえず黒字でのやりくりが続いていた。


 もちろん、それは初期費用を加味しなければの話ではあるが……。


「将軍、すまん。呼び出してしまって」


 俺は独身寮の近くの喫茶店で食堂の親父さんと会っていた。

 気になるのは隣に若い女性が座っていることだ。

 おそらくは彼女のことが本題なのだろう。


「実はな将軍……言いづらい話なんだが、将軍の後任の聞いているか?」

「ああ、ゴルンからちょっと聞いたな。お硬い軍政出身だとか」


 軍は実働部隊ばかりではなく組織を維持管理する人員も多い。

 それらをざっくり『軍政官』と呼ぶこともある。

 通常は実働部隊ばかりではなく出世の間に軍政も経験したりするものだが、俺はまるで縁がなかった。

 ゆえに後任とは面識はない。


「そいつがな、コストカットとやらに御執心なんだ。そりゃあコストカットは結構だがよ、人員整理やなんやでワリを食うやつも出てきてる。かなりの数だ」

「あー、軍縮派か。四天王にもうるさいのがいるからな。息がかかった子飼いを送りこんだか」


 魔王軍はここ8年弱、戦争をしていない。

 だが、8年前の戦いは国家存亡の危機と言える厳しいものだった。


 ご先代が崩御されたおり、魔王様への代替わりの時期に軍の一部が『次の魔王は若い女』という点に反発し、王族を担ぎ上げてボイコットしたのだ。

 実際に地方軍の中には蜂起した部隊も存在した。

 それと呼応して人間や獣人が侵攻したのである。


 その戦いの中で俺は武勲を上げ、魔将として起用された。

 俺の若さでは異例のことだったが、上が固まってボイコットしたためお鉢が回ってきた経緯もある。


 その戦いで辛くも魔王軍は勝利を収め、地方の軍は縮小。

 魔王様直属の軍が力を増し、拡大したわけだ。


 戦時体制で膨れ上がっていた軍の維持費は常々問題になっていた。

 だが、魔王様にとっては自分の即位を助けてくれた忠義の臣である。


 トップである魔王様が人員整理に消極的なこともあり、軍は維持されてきた。

 だが、ついにメスが入ったのだろう。

 ゴリゴリの魔王閥である(と目されている。実際には派閥争いに興味ないが)俺が退いたことも一因かもしれない。

 

 ちなみに俺は魔王閥だが、軍縮はゆるやかに必要だと思っている。

 戦前のように地方の動乱に即応する地方軍も必要だろう。

 そんな考えもあって、俺の部隊はわりとスリムな編成になっていたはずなのだが……。


「とりあえず俺が指揮していた部隊からなんだろうな。大規模な軍縮なら報道されるだろうし」

「ああ、大規模どころかみみっちくてな! 炊事場のゴミ箱を漁り、芽が出たジャガイモが捨ててあったのを見咎めて新米将軍は調理士を削減だそうだ。もっとやることあるだろうに、あのジャガイモ野郎め!」


 親父さんの怒りを聞き、俺はなんとも言えない気持ちになってきた。


 新米将軍が張りきって空回りするのはよくあることだ。

 だが、この騒動は俺が退役したことが原因の一つでもある。


「思ったように成果が出せずにアセったのかもな」

「そりゃそうだろうよ! 清廉、質素を絵に書いたような将軍の部隊でカットするとこなんてあるわけがねえ!」


 親父さんは怒り狂い、テーブルをバンバン叩く。

 心配して様子を見に来た店員さんに、俺は「大丈夫だよ」と伝えてコーヒーのおかわりを注文した。


(要は、だ。送られてきた人間と、配置された部隊の相性が悪かったんだな)


 まあ、よくある話といえばそれまでである。

 だが、ワリを食った側はよくあるからと割りきれないだろう。


「察するに親父さん、そちらのご婦人の件とは軍縮がらみだね?」

「あ、ああ、すまない。紹介が遅れた。コイツは――」


 俺が水を向けると、女性は立ち上がり「アネット・ペリエです」と頭を下げた。

 若く健康的で張りのある声だ。

 そばかすがまだ見えることから20才にもなってないかもしれない。

 ショートヘアで、なんというか、良い意味で田舎っぽい娘さんである。


 そして特徴的なのは耳だ。

 タヌキのような真ん丸な耳が頭部からのぞいている……たぶん尻尾もあるだろう。


「はじめまして。親父さんの紹介だからご存知かとは思いますが、エルドレッド・ホモグラフトです。今はダンジョン公社でお世話になってます」

「ほ、本日はよろしくお願いします!」


 なぜかペリエ女史は頭を下げたまま俺に紙片を差し出してくる。

 なかなか器用な姿勢だ。


「はあ、拝見すればいいのかな……? とりあえず座りませんか」


 騒がしい俺達に店員さんからの視線が集まる。

 知ってる店だからちょっとやめてほしい。


 見れば紙片は履歴書である。

 若い女性らしく丸っこい字だが、丁寧に書いてあり好感がもてる。


「もう察しはついてるだろうが、この娘っ子を将軍のとこで雇ってほしくてな……公社の求人、72号ダンジョンの調理士募集は見たんだが、今でも募集してるだろうか?」

「うーん、たしかに募集してるが……16才か」


 たしかに10日ほど前より募集はしているが、実は思うような応募がなかった。


【ダンジョンスタッフ募集】

 時給1000魔貨。

 夜勤手当アリ。昇給、能力給アリ。勤務時間相談。年齢不問。学生不可。

 ダンジョン内の管理補助、その他雑務、調理士経験者優遇。

 アットホームな職場です。


 この募集、あまり人気がなかったらしい。


「募集を見てもらったら分かるだろうが、できれば夜勤のスタッフが欲しいんだよ。さすがに若い娘さんを夜勤させるのはご家族が心配するだろう?」


 俺の言葉に親方とペリエ女史は気まずげに目配せしている。


「実はなあ、この娘は戦災孤児でな。その関係でスクールを卒業してから軍施設に調理士補助で入ったんだが……あのジャガイモ野郎め! 何が『経験の無いものを整理する』だ! 新人が経験無いのは当たり前だろうが!」


 ようやく、この辺りで俺は事情が飲み込めてきた。

 この親父さんは戦地採用で軍施設で働き始めた苦労人だ。

 同じように戦争で苦労した――しかも子供だったペリエ女史に同情的なのだろう。


(……たぶん、整理対象に選ばれたのは獣人てのもあるだろうな)


 獣人は多くの部族に別れており、世界中に分布していると言ってよい。

 だが、8年前に獣人の国とやり合った魔王領では待遇は良いとは言いがたい。


「分かった。ただし夜勤はなし、昼食は希望する職員の分を作ってもらう。出勤は公社からの転移装置を使うこと、これは後ほど手配する。あと、ダンジョンの秘密を外に持ち出すと罰がある。気をつけるように」


 俺がアッサリと引き受けたことで親父さんは「いいのか?」と驚き、ペリエ女史はパッと表情を明るくした。


「ああ、事情を聞いて断れん。後任のやらかしを聞いてはな……ペリエくん、戦禍に巻き込まれたのは人間との戦闘かね」

「……いいえ、反乱です」


 俺は「そうか」と少し安心した。

 反乱制圧には俺の部隊は出ていない。


「それでは今からダンジョンに案内するよ。来れるかい?」

「はい、ありがとうございます! 頑張ります!」


 こうして、俺はペリエを連れてダンジョンに戻った。



 公社を経由し、ダンジョンに入る。

 ダンジョンでは皆でコーヒーを飲んでいた。


 最近、リリーがコーヒーを簡単に淹れる魔道具を持ち込んだために当ダンジョンではコーヒーブームなのだ。


「ああ、ちょうどいい。新しいスタッフが入るから紹介したい」


 俺が「アネット・ペリエさんだ」と紹介する。


 するとさっそく、タックに「ロリコンっすー!」と言われたが、そこは断固否定したい。

 リリーまで「そんな……」とか一緒に遊んでいたが、ある意味俺へのハラスメントじゃないか、これ。

 何ハラかは分からんけど。


「ペリエくん、この通り女性スタッフもいるから何かあったら彼女らに相談してもいいだろう」

「はいっ、アネット・ペリエです。あまりペリエって呼ばれたことないのでアンとお呼びください」


 ペリエ――アンが、やや緊張した様子で頭を下げる。


「大丈夫っすよ! アタシはここの職員じゃないけどスタッフっす! タチアナ・ガリッタっす! タックと呼んで欲しいっす! あっちのハゲは親父っす!」

「……ゴルンだ」


 なんだかよく分からないけどタックがゴルンをいじめている。

 留守の間に何かあったのだろうか。


「よろしくお願いしますね、私はリリアンヌ・レタンクール。リリーと呼んでください。アンとお呼びしてもいいかしら?」

「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」


 リリーはロイヤルスマイルでさっそく上下関係を築いていた……ちょっと怖いぞ。


 こうして、我がダンジョンは新たなスタッフを迎えた。

 本当はゴルンとちょっと飲みに行くとかしたかったので夜勤を入れたかったが、これも縁だろう。


 翌日からはコンロをもう1台追加し(どうでもいいが俺の自腹である)、アンには昼食を作ってもらうことになった。

 夕飯は弁当を作り置きしてくれるので本当に助かる。


 こうしてダンジョン内の食料事情はかなり上昇したのだった。

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