91話 まるで竜巻

 塩の洞穴、3階層。


「囲まれたぞっ! 私の回復魔法が届く範囲に固まれ!」

「くっそが! 時間稼ぎでどうにかなる数じゃねえぞ!」


 数時間前のダンジョンの異変。

 新たなモンスターや、数の減少。


 それらを受け、急いで引き返していたのだが……周囲にも注意を促していたのが裏目に出た。

 一気に湧き出たモンスターの大群に囲まれてしまったのだ。


(これは暴走スタンピードだ。油断した、こんなに早く起きるなんて!)


 女ドワーフは自らの判断の甘さに歯噛みをした。

 これまでの暴走の様子から、多少の時間の余裕があると踏んだのが大間違いだったのだ。


(……私のミスだ。たかだか数回の暴走を観測しただけで法則性を見つけた気になっていた)


 冒険者は自己責任。

 当たり前の常識だ。

 だが、ダンジョンのトップ攻略者面をして他の冒険者にまで情けをかけてしまい、それが致命的な状況に繋がった。


 本来であれば一目散に逃げるべきだったのだ。

 パーティーリーダー失格、だが悔やんでも状況は変わらない。


「ギリギリまで持ちこたえるよ! いきなり起きた状況だ! 急変してもおかしくはない! 脱出の機を待つんだ!」


 絶望的な状況だが、仲間に弱気を見せるわけにはいかない。


 まだ終わってはいないのだ。

 逃げられる状況が想像できないが、諦めたらそこが死である。


「こんのおっ! コレでもくらえっ!」


 女野伏が爆発の魔法を付与エンチャントした石弾を投擲する。

 大きな破裂音と共に数体のカニとヘビが吹き飛んだが、状況を打破するには至らない。


「くそっ、コイツめ! 今は耐えるしかない! 耐えとくれ!」


 女ドワーフも迫るトンボを盾でうち払い、メイスを振り回す。

 もはや狙いを定めるよりも近づけないためだけの時間稼ぎだ。


 前衛アタッカーである曲刀剣士も女野伏をかばい防戦に徹している。

 敵の攻撃を引きつけ巧みにかわしているが、じきに疲労で動けなくなるだろう。


 樹上から飛びかかってきたトビトカゲを盾で跳ね飛ばし、近づくゼリーをメイスで押し潰した。

 ここは3階層なのだが、もうモンスターの種類もメチャクチャだ。


 モンスターの群れは数を次々と増し、とてもではないがさばき切れない。


「先に逃した冒険者が私らに気づくかもしれないっ! だからギリギリまでっ!」

「あたりめえだ! 死んでたまるか! 死にたくねえからなっ!」


 女野伏と曲刀剣士の声を背中で受け、女ドワーフは「もちろんだ」と震えるで応えた。


 ロクデナシぞろいの冒険者、異種族を差別する国、そんな中で背中を任せられる仲間に出会えたのだ。

 これ以上ない幸運に恵まれたと女ドワーフは信じている。


 ドワーフの格言では『友情は樽酒、年を経れば味が増す』という。


うまい酒なかまのために命をかけるのが真のドワーフだ!)


 女ドワーフはこの友情という美酒のために命を捨てる覚悟を決めた。


「いちかばちか、私が引きつける! 足の速いアンタたちで助けを呼んできてくれ!」


 もちろん、これは2人を逃がすための方便だ。

 自分が囮になっても、2人は十中九まで死ぬ。

 だが、ここで粘っても助かる目はない。


 足の遅い自分を切り捨てて1割の目が残るなら捨て石になるべきだと判断したのだ。


『退け、後は俺が引き受ける』


 帰ってきた答えは2人の声ではなかった。

 次の瞬間、強い光に目がくらむ。


(ぐっ、しまった、目くらまし……?)


 数瞬ほど視力が奪われ、女ドワーフは体をこわばらせた。

 だが、敵の追撃はない。


 薄目を開けて様子をうかがうと、信じられない光景が広がっていた。

 正確無比の炎の矢が次々にモンスターを蹂躙していき、進路が確保されたのだ。


「魔力の矢! 魔法弓手か!?」

「分からないっ! 逃げよう、早くっ!」


 女野伏は機を見るに敏。

 この千載一遇のチャンスにためらわず駆け出した。


「ここが最後尾だ! 早く行けっ!」


 離脱する女ドワーフたちと入れ代わりに飛び込んできた影。

 黒いマントを身に着けた男だ。

 どうやら単独で殿しんがりを務めるつもりらしい。


「まて、さすがに一人じゃ――」


 その無謀さに驚いた女ドワーフが振り返ると、信じられないモノをそこに見た。


 男は剣技、体術、魔法、すべてを駆使してモンスターの群れを撹拌・・していく。

 すさまじい動きだ。


「なんだありゃあ!? バケモンだ!」

「バケモンでも味方だよ! とにかく走れ!」


 女ドワーフたちは男がこじ開けた退路を駆けた。

 ドワーフは足が短く、走るのが苦手な上に重装備だ。


 心臓が口から飛び出そうなほど鳴り続け、息ができない。

 足を止めたら死ぬ、その思いだけで駆け抜けた。


「出口だよっ! もう少し!」

「待てっ! 様子がおかしいぞ!」


 先走る女野伏を曲刀剣士が制し、洞穴の外を確認する。

 パーティーの斥候を兼任する曲刀剣士は異変を感じ取ったようだ。


「……はっ、はーっ、ごほっ。なにが……見える?」


 女ドワーフは倒れそうな体を大盾で支えるのがやっと。

 フラフラと外の明るさにつられるように入り口まで進む。


 そこはあふれ出したモンスターと食い止める冒険者たちの修羅場であった。


「はっ、はっ、はーっ、はーっ、冒険者村まで退くよ!」


 なんとか息を整え、再び走り出す。

 驚くことに後続のモンスターはいないようだ。


(……あの男が皆殺しにしたってのかい……?)


 それは分からないが、女ドワーフは曲刀剣士の背中に食らいつくようにして駆け続けた。

 先ほどとは違い、他の誰にも声をかける余裕はない。


 もうとっくに限界は超え、口からは「ヒィー、ヒィー」と聞いたことのない甲高い音が出る。

 女ドワーフはその奇妙な音が自分の呼吸音だと気づかなかったほどだ。


「総員退避っ! 次の波が来るぞっ! バラけるな、村まで退けえ!」


 先ほどの男の声だ。

 振り返る余裕はないが、女ドワーフには分かる。


「大丈夫か!?」


 倒れ込むようにして村の門を潜ると、ギルドマスターが駆け寄ってきた。

 自分の鼓動がうるさくてよく聞こえない。


「他の冒険者を逃がすために残ってくれたと聞いたぞ。お前たちのおかげで何人も生き残った」


 ギルドマスターが銅でできた水筒を手渡してくれる。

 女ドワーフはふた口ほど飲み、残りは体を冷やすために頭からかぶる。

 そこでようやく人心地がつき、振り返る余裕が生まれた。


「はーっ、はーっ、ダメだ、まだ食い止めているヤツらがいる」

「いや、もう大丈夫だ。見ろよ、あの男が後ろで食い止めている。このまま全員が避難すれば門を閉じられるだろう」


 見れば巧みにモンスターを引きつけて周囲の冒険者を逃し続ける剣士がいた。

 先ほどの男だ。


「嘘だろ? あんな冒険者……噂にならないハズがねえ」


 曲刀剣士が呆れたように口をポカンと開けた。

 女野伏は男の働きを見て完全に固まっている。


「あいつ――エドは冒険者じゃねえ。謎が多く得体の知れん男だが、この村の村長と昵懇じっこんだ」


 ギルドマスターは「あの戦闘力……勇者だったのかもしれんな」と呟いた。


 勇者、それは人間世界の剣として魔族と戦い続ける英雄だ。

 前身が冒険者の勇者も多く、冒険者の憧れともいえる存在である。


「あれが、勇者の戦いなのか」


 女ドワーフは寒気を感じ、ブルリと身を震わせた。

 およそ人間の戦いではない。


「ようし、あの黒マントが近づいたら援護射撃をしろ! モンスターを門に近づけるな!」


 ギルドマスターは指揮のために門に戻り、そこには女ドワーフたち3人だけが残る。

 周囲の喧騒から取り残された、ポツンとした静寂だ。


「スゴイ、まるで竜巻みたい」

「はは、黒い竜巻か……俺、剣士やめようかな」


 仲間の2人は軽口を言い合うが、目はくぎづけになっているようだ。


(黒い竜巻、ピッタリの戦いぶりじゃないか)


 女ドワーフは女野伏の言葉に感心した。

 たしかにあれを言葉にするなら『黒い竜巻』であろう。


 その『黒い竜巻』が門を潜ると、村中が大歓声に包まれた。

 男は慣れた様子で歓声に応え、ギルドマスターや衛兵の隊長から握手を求められている。


(この場面にタイトルをつけるなら『英雄の降臨』かな)


 どこか現実離れした光景。

 教養のある女ドワーフは『あの男を表現するなら彫刻がいいかもしれない』などボンヤリと考えていた。

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