99話 エースの証だ!

 魔王城、とある一角。

 苦悶にあえぐ、ふくよかな女性の姿があった。


「うぐっ、この……ブーツのファスナーがあがらぬっ」

「姉さん、ちょっとサイズが合ってないんじゃないかな」


 少々体積の増したマリーはお気に入りのニーハイブーツにふくらはぎが収まらず苦しんでいた。

 それを見守るリリーは苦笑いである。


「うーん、サイズを上げて合わせた方がスリムに見えるかもしれないわね」

「ううっ、むくみ・・・が……ちょっと水分を取りすぎたかも」


 マリーの言葉を聞き、リリーは軽く鼻から息を吐いた。

 どう考えても太ってサイズが合わなくなっただけである。


 だが、マリーは決してそれを認めず、ふくらはぎをなんとか収めた。

 しかし、どうしてもファスナーが上がらない。


「うーん、あと少しなんだ……! あっ!」

「……壊れたわね」


 その時、ムチムチになっていたブーツの圧力に耐えきれず、ファスナーの取っ手がちぎれてしまった。

 勢いあまったマリーはそのまま両手をパタパタと回しながら真後ろにドテッと転がる。


「あっ、姉さん大丈夫!?」


 これにはリリーも驚いたが、幸いと言うべきかマリーは強く頭をぶつけることもなく柔らかいカーペットと背中の肉に守られたようだ。

 擬音をつけるなら『ぼよよん』だろうか。


(丸くて助かったわね)


 さすがにリリーもそこまで言わないが、顔に出ていたのであろうか。

 マリーの顔が悲しげに歪む。

 この姉妹は仲がいいだけに思考が筒抜けの部分もあるのだ。


「ううっ、こんなんじゃ人前に出れないぞっ」

「はあ、認識阻害のカーテン使うなら部屋着でいいんじゃないの?」


 そう、太った事実を隠すため、マリーは強力な認識阻害のカーテンを用意していた。

 これを謁見の間にかけて姿を誤認させるためである。

 カーテンに映るシルエットは以前のマリーのまま、これで誤魔化しているうちにダイエットを成功させるつもりなのだ。


 だが、マリーのショックは大きかったらしく、カーペットに寝転んだまましくしくと泣き始めた。

 このままでは人前に出ることができなくなってしまう。


「部屋着なんてコンビニ前でたむろする若者みたいじゃないかっ! このブーツとスカートがいいんだっ!」


 リリーから言わせればブーツをやめてゆったりとした服装にするだけで良いのだが、マリーは変なところでガンコなのだ。

 何かしらのこだわりがあるのだろう。


「もう、仕方ないわね。ヒザ上の辺りをテープで固定するわよ」

「うっうっ、でも見えちゃうだろ?」


 たしかにカーテン越しには分からないだろうが、身近に仕える侍従にはテープがバレる。

 さすがにそれは年頃(?)の姉には酷すぎるとリリーも思う。


「そうね……それならブーツの色に合わせて黒いテープにしましょうか。コーディネートも変えて、目だつマントで隠しましょ」


 もともとスレンダーでスタイルのいいマリーは体のラインが出る服装を好んでいた。

 だが、ふくよかになった今、過剰にフィットするような服装はムチムチ感を強調してしまうだろう。


(これはこれでカワイイとは思うけど、本人が気にしてるのよね……)


 リリーから見てふくらんだマリーも愛嬌があるのだが、本人が気にしているのだ。

 褒め言葉だとしても口に出すべきではないだろう。


「うーん、そのミニスカートとロングブーツが外せないとなると、このファーのついた黒いマントでいいんじゃないの? 魔王っぽいし、エドとおそろいだし」

「……ホモくんとおそろい?」


 そしてマリーはまんまとリリーが撒いたエサに食いついた。

 寝ころんだ姿勢のまま顔がグルリとこちらを向く。


「そうね。エドは黒いマントをいつも使うわね」

「黒い鎧だしな! 色がトレードマークはエースの証だ!」


 リリーはマリーの反応を見てため息を飲み込んだ。

 自己嫌悪である。


(卑怯者ね。姉さんの気持ちを知りつつ、婚約者エドのことを持ち出すなんて)


 だが、リリーとて責任のある生まれである。

 これは内務卿や侍従長からマリーを公式の場に出すよう内々に依頼を受けての行動なのだ。


(いいわ。ここまで効果があるなら使わない手はない――)


 リリーは『使える手は使おう』と覚悟を決めた。


 魔王の不在が長引けばロクなことにはならない。

 それは長く続いた父の病床で思い知ったのだ。


「エドはね、女性の胸をよく見ているしサイズが上がった今の姉さんも好みじゃないかしら。自信をもって」

「う、胸か……」


 マリーは胸と聞き、カッと耳を赤く染めた。

 自分とリリーの胸をチラチラと見比べて何やらうなっている。


(なんでヘソを見せるのは平気なのに、そこで照れるのかしら……?)


 ひょっとしたら自分の胸をエドに見せる妄想でも始めたかもしれない。

 マリーが夢見がちなのはリリーもよく知っている。


「近いうちにショッピングに行きましょ。いままでとは違った感じにファッションを変えちゃえば印象も変わるし、体型よりもそっちに目が行くはずよ」

「うっ、体型……? こんなんじゃ表で買い物いけないぞっ」


 油断をしたリリーが地雷を踏み、またもやいじけたマリーがカーペットに丸まってしまう。


(あー、もう。めんどくさ)


 その後、リリーがなんとかマリーをなだめすかし、久方ぶりに謁見の間に魔王が登場することとなる。

 これは小さくない朗報として魔王領をにぎやかすことになった。


 カーテン新設の件は『この度のことで君臣関係の距離感を考える』と発表したようだ。


 領民の中には『身近で親しみやすい魔王様』との距離が離れたことを嘆く者もいたが『公の場に姿を現した』ことを喜ぶ声が大きかった。

 スキャンダルより姿を見せなかったマリーの言葉としては説得力もあったらしい。


 そして、なかなか体重が減らない姉につき合わされる妹のスタイルがやや良くなったそうだ。



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