戦は突然に
ブレンド王国は、いやその周囲を含む国々は魔王率いる大国家と戦争中だ。
その事実を僕も含めて実感は薄い。
僕が生まれる前から戦争をしているし、各国の国境付近で軽い小競り合いが時々行われる程度だからだ。
勇者だった頃の僕でさえ、実際に魔王軍と戦う事は稀で、なんなら辞めた後のほうが大規模で強力な軍勢と戦った程度だ。
もはや国の問題で、そこに住む人間にとっては魔物やかつての戦災への復興のほうが重要な問題だ。
ナユタが実家に帰りナナシー村が少し静かになりはじめたある日、とある噂を耳にした。
「どうやら魔王が本腰を入れて攻めてくるらしい」
そんなデマ、普段から流れているので信憑性がないように思えたが、数日経ってもその噂が消えず、むしろ具体性を帯びてきた。
そして、この村の象徴とでも言える<英雄>の不在だけでは説明が付かないほど、冒険者や観光客がぱったりと訪れなくなった。
僕はワープで王都へ向かった。
勇者を辞めた今でも場内へは顔パスで入れてしまう。
大丈夫かな、この国。
国王にいきなり会うのは難しいだろうし、国防団の敷地で顔見知りを探した。
「なんだ、元勇者様もお呼ばれされてたの?」
以前、ナユタたちの勧誘するためにナナシー村に訪れた現勇者、確か名前はハヅキといったか、彼と偶然であった。
「いいや。ただ最近、変な噂を良く耳にするからもし出来るなら真偽を聞こうかなって」
勇者を辞めた自分にそんな権利はないかもしれないが、取れる行動は取っておきたい。
けれど、現勇者が「呼ばれた」ということは、間違いなく本当の話なのだろう。
「おお、ハヅキ殿。待っておったぞ。……っ!? それにアル殿! まさか勇者のお二人が手を貸していただけると!?」
かつてキングダムクエストを受けた際、国防の長として助言や助力をくれたザイグさんと出会った。
「いやいや、元勇者様はたまたまここにいるだけですよ。『例の総力戦の噂が本当かどうか知りたい』だそうですよ。元とはいえ勇者なのに、この非常時に暢気ですね」
「いや、我々がなるべく情報を流さないようにしているのだ。普通の生活を送っているはずのアル殿の耳に入るという事は、むしろ最早隠しきれないという事実であろう」
「あの、そういうのは僕が帰った後にしてくれません? なんとなく事情はわかりましたけど、大した助力もできないし、出来る事と言えば『先の話を聞かなかったことにする』ぐらいですけど」
「もう手を打たねばならぬだろう。既にギルドを介し一部の冒険者にも召集をかけておる。あとは国民に『最大限不安を与えず、事実と今後』を説明する時だ」
「……あの、僕が言うのもなんですけど立ち話は止めません?」
「であるな。公言を決めたとはいえ、まだ機密の話だ。会議室へ案内しよう」
「ちょっと待ってくださいよ。こいつ……元勇者がなんで」
「元とはいえ、アル殿は数々のキングダムクエストを成功してきた実績がある。逆にハヅキ様は今回が初のキングダムクエストとなる。実績を考慮すれば、アル殿がこの場を去らず『話だけでも聞いてくれる事』がどれだけ我が国にとって幸運だと思う?」
「それは……。けど英雄が凄かっただけで……」
「その英雄を率いてきたのがアル殿だ。不服なら今回のキングダムクエストで実力を示すのだな」
どうやら現勇者の待遇はあまり良くないらしい。
実績が、とザイクは言うが僕が特に実績がない時でも親身に接してくれていたのに。
「アル殿が戦線を離脱してからいくらか時間が経っているので現状確認からはいる。と言っても情勢はあまり変わらず、我が国を含めて国境沿いにまで進軍してくる魔王軍をそれぞれ堰き止めるのが普段我々の戦い方だ。攻めず、ただ守る。幸い相手の進行はさほど頻度もなくまた強力ではない。時々勇者殿にも参加してもらう必要があるが数ヶ月に一度程度だ」
「他の国は? というか未だに勇者はこの国しか守らなくて周囲から不評買ってるの?」
「我々としてはそうするつもりだ。だがな」
僕は察した。
なるほど、勇者はブレンド王国にとって切り札と同時に政治的な交渉道具でもある。
他国が本当に自力でなんとも出来ない場合は、勇者を借りる必要がある。
もちろんそれは政治的にブレンド王国に貸し、ないしはそれなりの対価を払う必要がある。
であれば可能な限り自国の戦力で対応し、戦後において不利にならないよう努める必要がある。
ブレンド王国としても、他国の軍事力を可能な限り減らしたいという思惑もある。
「今は魔王という世界の脅威に立ち向かう時です。そんな国が、とか言っている場合じゃないでしょう」
ブレンド王国から見たら数ヶ月に一回でも、他国も含めればそれなりに魔王軍と戦う機会があっただろう。
それを退けているのであれば、現勇者の実力は確かなものなのだろう。
「話を戻そう。ここ数ヶ月、他国への侵攻がぴたっと止んだのだ。しかし我が国への進行は、徐々に頻度が増している」
「……大体どのくらい?」
「今は、月に一度。そして、いつのも増して数が多い」
とんとんと僕はテーブルを指で叩く。
ああ、嫌だ嫌だ。臆病な僕だから、この先の展開を最悪の状況でしか考えられない。
「それって、ブレンド王国一点集中ってことだよね。何年何十年も定期的に軍を送ってくるような物量に困って無さそうなところが、今は月一、場合によってはもっと頻度が増えるんだよね」
「杞憂であればいいのだが、その程度は現時点で想定しておかねば対応に遅れる」
「国境付近の村や町は?」
「今月以内、いや今週にでも避難勧告を出す。受け入れ先は既に確保しておるのであとは住民の納得をもらえるかどうかだな」
「意地になってる連中なんて放っておけばいい。命が惜しくない奴のために命を張る必要はないよ」
「あとは他国にどれだけの援助がもらえるか、なんだが正直期待できぬ」
ザイクはチラっと現勇者に目をやり頭を抱えた。
交渉の切り札である勇者が、勝手に他国に力を貸している時点で交渉材料にはならない。
これを起に他国へも勇者を派遣する、とでも言えれば多少はマシな交渉もできただろうに、今は無手で「ただ助けて」と言うしかない。
滅びたらそれで終わりなので、資源やら領土の譲渡も視野に入れなければ他国からの協力を得るのは難しいか。
「一ヶ月、いや二ヵ月。僕が前線でなんとかする」
そういうとザイクも現勇者も驚いた顔をした。
「勘違いしないで欲しい。前線を維持するだけで、解決策なんてない。ハヅキ君はなるべく守りではなく攻めに努めて欲しい。勝手なお願いだけど、攻撃は苦手なんでね」
現状を維持するには相手の進行頻度が増える前に、まず守りを「どれだけ少数で現状維持できるか」が重要だ。
その上で攻め手の筆頭である現勇者をどれだけ好き勝手暴れさせられるか。
その為にはまず僕が防衛の要となればいい。
「……あんた、勇者辞めたんだろ? なんで」
なんで逃げ出したのに。
そう言いたいんだろう。
「本当に守りたいものが出来たから、かな。君にもいつかわかるよ」
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