奥の手

 特別な準備はいらない。

 準備運動は今朝の日課トレーニングとエミルとの模擬戦で十分体が温まっている。


 クエスト詳細に記入されている位置と、『探知』である程度の目的地点を割り出す。

 フィルターをモンスターにのみ絞り、余っているリソースで『探知』の範囲を広げた。


 今まで気にしてはいなかったが、言われてみるとジャイアントワーウルフが寝床としているだろうと思われる場所に近づく程、モンスターの反応が多くなっていた。


 ある程度向かうべき方向を決めたので、俺はそのまま広域の『探知』を展開しつつ外に出る。

 そして目的地に向け『加速』を使い駆け抜けた。

 道中のモンスターは無視する。時間が惜しい。

 『加速』に『加速』、また更に『加速』を重ねる。

 俺自身に『頑丈』を付与し、続け様に『加速』する。


 『探知』にあからさまにモンスターが密集している箇所が引っかかった。

 これが本命か? まあ行けばわかるか。

 迷わず『加速』を行使し、音を超えた。




「当たりっぽいな」


 モンスターの密集箇所はクエスト情報の通り洞窟の内部だった。


 洞窟周囲にもいくつか反応はあるが、洞窟内の数に比べればないにも等しい。

 気づかれる前に音速を維持し洞窟へ突入する。


 洞窟内のモンスターは薙刀で斬り捨てつつ進行した。

 内部に入れば入るほどモンスターとの接触回数が増えてきた。

 そろそろ『加速』を斬らないとモンスターを見逃す危険ある。

 無意味に見逃し、ジャイアントワーウルフとの対峙の最中に手間を取られてしまうのは避けたい。

 すっと『加速』を解除し、改めて1回目の『加速』を使用する。


 『索敵』は既に通常の範囲まで絞っている。その代わり厳密にモンスターの数がわかるようにフィルタリングしている。

 そろそろ本命のお出ましってところだ。




 たどり着いた先には今まで狭かった通路から、途端に広い空間だった。

 『索敵』と自身の目視とあわせて、ざっと100から200程度のモンスターと、他のワーウルフより一回りでかいワーウルフが退屈そうに居座っていた。


 ジャイアント、なんていうからもうちょいでかいのを想像していたが、まあそれでも10mぐらいはあるか。

 この体躯で普通のワーウルフより俊敏となれば、確かに脅威だ。


 なので最初から出し惜しみをせず『奥の手』を使わせてもらう。

 というのも周囲のモンスターが邪魔というのもあり、持久戦は避けたかった。

 最悪、取り巻きを出来る限り排除したら一旦『加速』で離脱、『ワープ』で帰還し、体力と『奥の手』のリキャストが戻り次第再チャレンジでもいい。

 この場所をきっちりと認識すれば『ワープ』で一瞬でここに移動できるし。




「『マルチウェポン』『大剣』『大太刀』」


 二本の武器を取り出す。共に俺の身長の倍はある大物だ。

 普通ならば両手で持てれば、と言ったところか。

 俺の『英雄』の恩恵でなんとか両手で扱えるが、今の俺ではこの2本を同時には扱えない。


「『スキルブースト』」


 俺の奥の手を発動する。

 そして俺は大剣を右手にと野太刀を左手に持つ。


 後は淡々と、俺に向かってくる取り巻きモンスターを叩き斬る。

 『二刀流』と『ソードダンス』の効果で毎秒何十発と攻撃を繰り出す。

 さらに『大剣』は一撃毎にスキル『激流』の効果で衝撃波が走り、周囲のモンスターを巻き込んでいく。

 大太刀も一振り毎にスキル『雷斬』で真空刃を発生させ複数のモンスターを一気に切断していく。


 およそ二十秒で大体の取り巻きが駆除でき、ようやくお目当てに攻撃ができそうな状態になった。

 しかし、逆に言えば二十秒も使ってしまった。


 大剣と大太刀は俺の強引な攻撃に耐え切れず、切れ味が格段に落ちていた。

 よって俺は迷わずジャイアントワーウルフに両手の得物を全力で投げつけた。


 しかし奴は片手でそれを難なく弾いた。

 なるほど、強いな。


 時間が惜しい。接近するまでのコンマ何秒でもいいから攻撃を与え続けたい。

 『投げられる奴なんでも』

 雑に思念し『マルチウェポン』で投槍や短剣などひたすらに引き出し投げ続けた。

 なんなら弓用の矢も投げたし、鎌も投げていた。


 ジャンアントワーウルフはそれらを叩き落とすが、しかしそれに集中しなければならない状況にまで追い込んだ。

 苛立ちからか、グルルっと呻き声を上げ明らかに何かをしようとしていた。


 事前情報による雷撃か?

 これが単体攻撃や、一点を集中した範囲攻撃ならば『加速』と幾つかの付与で避けつつ防御は可能だ。

 しかしもし俺が予想していた最悪のケース、自身を中心とした広範囲の攻撃だった場合、俺に回避や防御する手段がない。

 死なないにしても痛手は追う。

一時撤退し再挑戦というプランにも影響が出てしまう。


 『スキルブースト』の残り十秒あるかないか。


 一か八か、これでしとめる。


『太刀』


 そして今まで雑だった攻撃ではなく、ただそれを左腰に携える。

 普段であれば抜身で手元に引き出すが、今回はあえて鞘に収めている。


「『フルエンチャント』」


 付与師の俺が付与できる全ての付与を自身にかける。


「『残光』」


 影どころか光すら置き去りにする抜刀術、クラス武士の頂点スキル『残光』はジャイアントワーウルフのクビを斬った。


 あまりに綺麗に切れているため、致命傷の傷からは血すら出ていない。

 未だにグーッと唸りつつ俺を睨んでいる為、自分が絶命したことすら気づいていないのだろう。


 『スキルブースト』残り五秒弱。大斧を取り出し改めてその首筋を薙いだ。

 ジャイアントワーウルフの首は吹き飛び、鮮血が噴出す。


 辛うじて『スキルブースト』が継続しているうちに『ロングランス』でジャイアントワーウルフの心臓を穿ち、大鎌でその死骸を滅多切りする。


 ついでというか、その大鎌を振るうたびにスキル『鎌風』が発動し、あえて無視していた残りの取り巻きモンスターも余すことなく倒しきった。


 俺が維持できる『スキルブースト』の継続時間ぴったり四十七秒を使用し、討伐対象のジャイアントワーウルフの討伐に成功した。


「ひっさしぶりに本気で戦った! ははっ、たまんねえ!!」


 所々体が痛む。

 いくら『英雄』の俺だって、その枠を超えた動きを続ければ身体に影響もある。

 時間が惜しいので、あえて食らったダメージもある。

 自分で発した『スキル』で自分がダメージを受けてしまったのもある。

 正直に言えば辛勝。ボロボロだ。


 ほんとはこのまま達成感に酔いつぶれて、このまま寝転んでもいいんだがそうもいかない。


 結果を報告するまでがクエストだ。討伐した証としてジャイアントワーウルフの頭を手にし『ワープ』を使った。


「目的地、サザー街のギルド」

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