二章

勇者、辞めます

「僕は今日を持って勇者を辞めます」


 『ワープ』でギルド本部に赴き、淡々と告げた。


「勇者アルフォード。して理由は?」


「僕より強い勇者が最近現れたと聞きました。勇者が2人も居るとお互い不都合と考えたからです」


 嘘だ。単に辞めたいだけ。

 僕に勇者は無理だ。


 ナユタたちを「あえて解雇」した後は、地獄そのものだった。

 僕は勇者という恩恵以外何もない凡人だ。

 さらに僕の幼馴染で一緒に冒険者となった魔法師ロロイナと、何故か分からないけれど冒険者登録したその日に知り合い、そして気に入られてしまった回復師セレンは揃いも揃って凡人以下のポンコツだった。

 だからパーティメンバーに戦いを任せるしかない。

 仲間というよりはただ勇者の知名度と、報酬の均等分配というルールで傭兵を雇っていたにすぎない。




 こんな臆病で自分が大事で、別に世界を守りたいなんてこれっぽちも考えていない人間が勇者なんかやるべきじゃない。


 他にちゃんとした勇者が居るという噂を聞いて、僕は辞める事を決心した。

 それに僕は今日で二十歳だ。成人を迎えるし、今の生活に区切りを付けるという意味では丁度いい。

 ロロイナは来月、セレンは再来月だったか。いずれにせよ辞め時なんだ。


 五年間、強気で我侭な勇者っぽい演技を続けてたけど、それも止めだ。

 一人称「俺」なんて五年も続けてたけど違和感しかない。




 ナユタには悪い事をした。

 単に強いからって理由だけで誘って、後の戦いを押し付ける形になってしまった。

 いや多分それ自体は彼自身さほど気にはしていなっただろう。

 一年も満たない間柄だが、彼は明らかにバトルジャンキーだ。

 気に入らないのはきっと僕が臆病で、受けるクエストが彼の実力に見合わないからだろう。


 ナユタを誘ったときに「へえ、面白そうじゃん」って言いながら、悪魔にも似た無邪気な笑顔は今でも脳裏に焼きついている。

 けれど結果的に無駄な十ヶ月を彼から奪ってしまった。


 彼もパーティを抜けたがっていたのだろう。

 わざと手を抜いて、僕から解雇宣言を促すようにしていた。

 別に僕だって抜けたいと言ってくれれば承諾したが、彼は彼で義理堅く、きっと勇者パーティってう国を守る存在から、身勝手に抜けると言えなかったのだろう。


 だからナユタには辛く当たり、最終的に「抜けろ」と告げた。

 エンブリオは元々ナユタとコンビだったから一緒に離れると思っていた。

 ナタリアも、二人が抜けたら今までナユタとエンブリオが担っていた負担を全て自分で受けると理解すれば、共に抜けるのも想定済みだった。


 英雄なんて呼ばれる三人が、僕みたいな弱い勇者のお守りをしてたら勿体無い。


 もしナユタなら、またエンブリオと共にきっと好き勝手に暴れまわって、僕なんかじゃ受ける気すら起きない高難易度のクエストをクリアし、結果としてこの国の平和をもたらしてくれるはず。


 ナタリアはどうだろう。またソロとして自分の剣の才能を磨いていくのか。

 それともこれを切欠にナユタとパーティを組むかもしれない。

 いずれにせよ、僕のパーティにいるよりはるかに平和のためになる。




 英雄三人が抜けてからは、勇者のふりをして活動していた。

 傭兵を雇って、適度にそれらしいクエストや街や村を脅かす脅威に立ち向かった。

 けれど魔王討伐に直接関わる事はなにもしていなかった。


 しかしここに来て均等分配のルールが返って足を引っ張り始めた。

 勇者の僕は、むしろリーダーだが取り分が公平なので成果がなくても咎めはなかった。

 しかし、戦えないロロイナとまともに回復師として活躍できないセレンにヘイトが集まってしまった。

 これは不公平だと。ちゃんと戦っている自分らに正当な報酬を分配しろと。


 僕たちは英雄三人が居た1年で数々のキングダムクエストをクリアしているので、実際のところギルドで受けるクエストの報酬なんかなくても一生不自由ない金銭がある。

 だから僕とロロイナとセレンは報酬は貰わない、だから好きに割り振ってくれと投げた。


 それがますます悪化した。

 その戦果を決めるべき僕がその立場を放棄したので、あとは傭兵たちがやれ自分のほうがと醜く争ってしまったのだ。


 その結果、抜ける傭兵も出てくる。そのたびに新しく雇う。

 その繰り返し。それが半年も続けば、自分の責務から逃げ出したくなって当然だ。


 崩壊一歩手前で、新しい勇者の噂を耳にしたのは、不幸に不幸を重ね続けた僕の人生に幸運が舞い降りたとしか言えなかった。




 勇者を辞めたら、どこか静かな村でロロイナと平穏に過ごそう。

 一生遊んでも尽きない金銭があるけど、二人で小さな店を開くのもいい。

 僕は彫金師に興味があったし、ロロイナは昔からお菓子作りが得意だった。


 勇者の噂と同じくタイミングで、とある村が質素ながら賑わっておりとても安全だと持て囃されていた。

 その村でもし空いている土地があったら購入し、二人の家兼店として構えよう。


 普通の人間として、遅くなったけどお互いちゃんと恋人になって、いずれ結婚して子供も授かって、当たり障りのない、静かだけど幸せな家族を作ろう。

 キ、キスとかも近いうちにできるかな!?


 ともかく苦労しかない二十年だったけど、これを機に静かに暮らそう。




 噂の村はナナシー村らしい。

 まだ英雄三人がパーティにいた時に、魔獣増殖の陣の被害にあっていた村だ。


 陣だけ破壊しても、根本的な解決にはならないのは理解していた。

 何故なら既に陣から出没したモンスターはそのまま居座り続けるからだ。

 けれど本当に村を救おうとしたら、いったいどれ程の時間を割かなければならないのだろうか。


 あくまであの時の僕は勇者として振るわなければならなかった。

 本心としては最後まで手助けをしてあげたがったが、村より国、いや世界を優先しなければならない立場だった。




 セレンが「勇者様が引退するなら私も引退します!! というか一緒に付いていきます!!」というので、結局ポンコツ三人でこのナナシー村に訪れた。


 村長に移住したい旨を説明した。

 正直受け入れてもらえる可能性は低い。

 かつて中途半端に手を差し伸べ、そのまま去っていった最低の勇者が、その責務を放りだしてきたという最低な人間が僕だ。


 しかし意外とあっさりと受け入れてくれた。

 かつ、空いているとはいえかなりの広さがある土地を格安で提供してくれて、更に村の腕利きの職人まで手配してくれた。


 何故、と聞くと「当然、あの時勇者様が陣を壊してくれなければ村は壊滅しておりました。勇者をお辞めになったと仰りますが、この村にとって今でも貴方様は勇者なのですよ」と。

 違う、陣の破壊を提案したのは確かに僕だが、それを成し遂げたのは英雄三人だ。

 報酬をちらつかせ雇っていた傭兵じゃ到底不可能な芸当だ。

 だが、その好意に甘えよう。

 マイナスな考えで意固地になっていても仕方ない。

 僕とロロイナと、ついでにセレンが静かに不自由なく過ごせればそれでいい。

 去り際村長が「これも縁、ですかのう」と意味深な事を呟いていたが意味はわからなかった。




 村長の従者と紹介された職人と共に、その土地を下見した。


 向かい側にはどうやら凄い豪邸、いや食堂? があった。

 どうやらその食堂は大賑わいしていた。


「勇者様はどんな家を御所望で?」


「勇者はやめてよ、もう僕は辞めたんだ。アルフォードでいい」


「んじゃアルフォードさんよ、改めてどんな家にしたい?」


「何階建てまでなら作れる?」


「この土地の大きさなら二階が限度だな。けど時間をくれれば地下に一階ぐらいは作ってやるぜ」


 えっ、なにそれ凄い。


「じゃあ、地下は今後店を出す際の工房にしたい。一階はいつか出店する際の売り場にするつもりだから私生活に使うような部屋はいらないよ。二階にはリビングと三人分の個室、あと生活に必要な施設が欲しい」


「承った。ところで、便所なんだが今ならついでに水洗にできるぜ」


「是非!」


 この村の職人怖い。王族ですら一部しか導入されていない最新技術を作れるの?

 そりゃ噂にもなるか。




 家の手配でも出来たし、後は完成までの寝床なんだけど、この村に一つしかない宿は既に満席らしい。

 というかそもそも常に予約で一杯だそうで。


 『テレポート』でどこか適当な街に移動し、家の完成まで宿を取ろうかと思った際に、不意に声をかけかれた。


「あれ、勇者じゃん。久しぶり!」


 何故か目の前に英雄ナユタが居た。

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