英雄と勇者

 昼の五十組が全員退店し、一通り片づけが終わったので外の空気を吸いにいった。

そしたらなんと懐かしい三人の顔があった。


「あれ、勇者じゃん。久しぶり!」


「な、ナユタ!? なんでここに!?」


「なんでって言われても、俺この村に住んでるし。つか俺の家ここだし」


「……ナユタならまだ冒険者を続けてると思ったよ」


「引退気味だけど気まぐれに続けてるよ。勇者はなんでこんなところに? 観光?」


「僕はもう勇者じゃないんだ。だから静かに暮らそうと思って、世界一平和って噂のここにきたんだ」


 ん? なんか喋り方違くない?

 一人称も僕だし。


「なんか雰囲気変わったな。昔は俺様系な感じしてたのに」


「あれは演技だよ。本来はこんな感じ。臆病で凡人で不幸なの」


 自嘲気味の笑いが自虐的すぎて痛々しい。


「エンブリオとナタリアもこの村に住んでるぞ。せっかくだし、久しぶりに集まる?」


「あの二人のも!? この村ほんっと色々おかしくない?」




 あえて呼びつけなくても、夕飯の時に二人はうちにくるんで取りあえず勇者とロロイナとセレンを自宅に招いた。


「……ボクというものが居ながら二人も女を連れ込むとか非常識。あとそのチビっ子もナユタの射程範囲?」


 エミルは三人を見た瞬間、とてつもなく失礼な事を言い出した。


「チビッ子って僕のことか!? 君に言われたくはないね。この間測ったら163cmあったからね!!」


 とはいえ、ロロイナとセレンとさほど変わりない身長なんでお察し。


「初対面の客人に失礼なこと言ってんじゃねーぞポンコツ。あと俺に同性愛の気はねえ!!」


 エミルに『フルエンチャント』と『状態異常:沈黙』を重ねて付与し、ビンタした。

 エミルは継続ダメージで悶えているが、沈黙のせいで唸り声すらあげられない。


「……ところで、その子はナユタの奥さん?」


「しばくぞ。なんでこんなちんちくりんと結婚しなきゃならねえ。俺の恋人はナタリアだ」


「いやむしろそっちのほうが驚きだけど!?」


「ま、あれから半年経ってるんだ。色々あんだよ、色々」





 夕飯時になり、エンブリオとナタリアが俺の家に訪れ、驚きの顔をしていた。

 それを狙ってあえて呼ばなかったんだけど。


 三人は美味しい美味しいと食べてくれるので俺の機嫌は良かった。

 エンブリオとナタリアはこの状況を飲み込めず、エミルは俺とこの三人の関係性がはっきりしないため不機嫌だった。


「改めて、僕たちは勇者辞めてきたんで、この村で静かに過ごす事にしたんだ。近所付き合いもあるかと思うんでよろしく」


「「…………」」


「ほらロロイナとセレンも」


「……よろしく」


 相変わらずロロイナは無口だなあ。


「……勇者様をわざと危険な目に合わせた敵にする挨拶などあいたっ」


 勇者のチョップがセレンの脳天に直撃した。


「僕はもう勇者じゃないからちゃんとアルフォード、もしくはアルと呼びなさい。あとナユタを威圧しない。殺されるよ?」


「いやそこまでしねえよ。ま、イラってしたら『フルエンチャント』と『激痛』と『継続ダメージ』と『麻痺』と『毒』と『付与効果時間延長』と『体力継続回復』を付与してひっぱたくけど」


 そう発すると、ナタリアとエミルがひっと小さく悲鳴を上げた。

 継続ダメージと毒で戦闘不能になられたら困るので回復の付与もいれてやる。

 つまり気絶もできない生き地獄だろう。


「そもそも勇者って辞められるの?」


「クラスとしては勇者のままだけど、活動的な意味ではちゃんとギルド本部に許可を貰ったよ」


「よく許可を得られたのう」


「僕以外の勇者が最近現れて、各地で戦果をあげてるらしいから、その為だと思う。僕みたいな凡人が変に勇者の活動してると、返って混乱するでしょ? けどラッキーだよ、二人目の勇者が現れるなんて。そんな事ってありえるのかな?」


 三人は黙ってくれている。俺も一応勇者のクラスを持っている事を。

 神位が同じ時代に二人いるし、実質三人目の勇者が居ても、まあ驚きはしない。


「さて、美味しいご飯をありがとう。僕たちは一旦どこかの街で宿を探すよ。ナユタの家の向かいに家を建ててもらってるんだけど、あと一ヵ月かかるらしくてね。」


「えっ、今から? 確かにこの村の宿は取れないけど、どうやって3人で移動するの?」


 ナタリアは驚きつつ、きっと勇者のスキルを使おうとしてるのだろうと探りを入れている。


「最近覚えた『テレポート』で街か村、もしくは強く記憶した場所なら好きなところに移動できるんだよ。もちろん僕だけじゃなく、複数人同時にね」


「……差し支えなければ、勇者のクラスのレベルを聞いても?」


「え? 辞める時に一応ギルドカード更新したけど、Lv60後半だったかな」


「なるほど、ありがとう」


 あ、こいつ俺が実は『テレポート』使えるのに隠してるって思ったな?

 今度抱き枕の刑にしてやる。


「なんなら俺の家に住むか? 空き部屋が丁度三つあるし」


「……いいのかい?」


「代わりに俺の料理屋の手伝いはしてもらう。もちろん家賃分差し引いた給料もだす」


「ははは、それぐらいお安い御用さ。あと給料はいらないよ。だって、わかるでしょ」


「そりゃそうか」


 俺たちの懐が暖かいんだから、勇者たちの懐も同じかそれ以上だ。


「一ヶ月間よろしく、ナユタ。あとエミルさん」

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