真っ白な日記

 私は昔から日記を付ける事が趣味の一つだ。

 主に修行の際の振り返りとして。

 アルのパーティに入ってからは実戦ばかりで日記を付ける事もなく、それからずっとその習慣はなくなっていた。

 

 ナユタが私たちに修行を付けてくれるということで一冊のノートを購入した。

 さて、明日からどんな日々になるのだろうか――




「この二ヵ月、記憶がないんだけれど!? 日記も真っ白なんだけれど!?」


「ちなみに昨日の晩飯、何食った?」


「豚の生姜焼きと……ってそうじゃなくて!」


「じゃあ一昨日、どんな修行した?」


「なんかと戦った、なんかした」


「先月は?」


「なんかと戦った、なんかした」


「まあ毎日同じ事繰り返してるから、記憶が曖昧なだけだって」


 朝起きて、しっかりとご飯を食べて修行して、ご飯を食べて明日に疲労を残さないよう眠る。

 その繰り返し、ただその繰り返し。


「ナタリアは攻撃特化だから、まだマシじゃよ。ワシなんてトータルのダメージ量なんて何千、何万回死んだかわからんぞ」


「ボクもスペルの多用による気絶、カウントするのも億劫になったので千を越えてからは気にしない事にした。多分、開始一週間ぐらいで千を越えてた」


「……地獄かしら」


「地獄のほうがまだ温いじゃろ。ここまでやって、例の『霊力に影響されたモンスター』を相手にできるようになったわけじゃ。この世のほうが辛いわ」


「とはいえ、ボクらの地力が著しく伸びたのは事実。『絶対に倒せない』相手を『なんとか出来る』ようになるのに二ヵ月という歳月はかなり短い」


「その過程が全然記憶にないのってどうなのかしら!? 本当に私強くなってる?」


「じゃ、久しぶりに『俺と手合わせ』しようか」


 そうナユタがいうと「英雄の剣」を私に渡す。

 

「こいよ。俺に武器を使わせたら合格。俺から攻撃を引き出せば皆伝。俺に攻撃を当てられたら……、なんでも言う事聞いてやるよ」


「さて、今回のナタリアはナユタに合格をもらえるのかのう」


「へ? 私、そんな稽古してたの?」


「……このエルフ、本当にボケたの? 周一で稽古してもらってるでしょ」


 どうしよ、全然記憶にない。

 本当、ただ剣を振って戦って、戦って戦った程度の記憶しかない。

 ナユタのスパルタ修行、怖い。


 とはいえ、渡された「英雄の剣」を手にする。

 

「はっ!」


 私の間合いまで詰めまず一振り、当然避けられる。

 そのまま――、以前ならそんなこといくら『英雄』の恩恵があっても出来るはずがない、強引に体を捻り剣筋を変える。

 しかしナユタは微動だにせずその剣を「掴もうとする」

 受けるには武器を出す必要があるので、先のルールでいうとそれだけで合格となる。

 それすら必要ないほどに、ナユタと私には差があるということかしら。

 ……辛いけれど、事実だ。

 剣を掴まれる前に移動スキルの何かを使い一旦距離を置く。

 未知のスキルを使う感覚は掴みづらい。

 これが『英雄』なのね。


「体に馴染まない行動だから、見切りやすいし威力も落ちる。小細工はやめろと教えたはずだぞ」


「悪かったわね。本当に、全然最近の記憶にないのよね……」


 『英雄』に頼る付け焼刃の行動では圧倒的な格上には通用しない。

 そう、ナユタは語りかけるようだった。

 なら、私に出来る事は……ただ剣を打ち込むのみ。

 ソードダンスを越えた、ナユタが名付けてくれた「フェアリーダンス」で……!


「浅い」


 フェアリーダンスの一撃目を素手で掴まれた。


「数打てばあたるみたいな感覚で連撃系スキルを使うな。安い」


 あ、なんか思い出してきた。

 こうやってずっと、私の誇りでもある剣をずっと否定されてきたんだ。


「……」


「誰であれ、自分の大事なものを貶されて怒らない奴はいない。やっと、お前は怒ったな?」


 ナユタ相手だから、手が届かなくても仕方がない。

 そんな身勝手な諦めがあったのだろう。

 だから、忘れる。悔しさを、不甲斐なさを、怒りを。


「殺す気でいくわよ」


「エンブリオもエミルも、一ヶ月ぐらいで決心してくれたんだけどな。惚れた弱みってやつか? まあ鬼になりきれない俺も同類だけどよ」


 考えろ。

 『英雄』に頼ることは決して悪い事ではないはず。

 今自分にある全てを使わなければ、目の前の化け物を相手にできない。

 連撃系スキルは元から得意分野だが、逆に一撃が重たい攻撃は苦手だ。

 そこを『英雄』で埋めればいい。

 最高速で最強の攻撃を繰り出せば、ナユタだって無手では凌げないはずよ。




「ま、やっと合格」


 私の全てを注ぎ込んで、それでも左手で捌ききられてしまった。

 しかし手は止めない。いつか、いつかきっと隙が――。

 ナユタがつまらなそうにし、集中が途切れる瞬間を見逃さずフェアリーダンスを繰り出す分身を囮に背後にスキルで一瞬で移動する。

 それをナユタが右手のナイフで防いだ。


「一番の得意技を囮にするのはいい発想だ。けどそこから背後狙いは安直だ。つっても俺も得物がないと対応しきれないから、まあ合格って感じで」


 こんの、化け物め!

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