修羅場っぽい何か

(これはいったいどういうこと?)


 ナタリアは今、戦いに身を投じる投じるよりも緊張を抱いていた。


「ナタリアの部屋、清潔感に欠ける」


 何故か急にエミルがナタリアの家に押しかけ、各部屋をじっくりと観察していたのだ。


「いえ、毎日ちゃんと掃除しているし十分綺麗な部屋を保っていると思うのだけれど」


「ほらここ、埃が」


 部屋の隅の本棚に指をなぞり、指先に集まった埃を見せ付けた。


「姑か」


「ナユタの家、毎日来てるのにわからない? あの豪邸とナタリアの家の清潔度を比べると月とスッポン。清潔とはなんたるか、掃除とはなんたるかをちゃんと理解してから発言するように」


 ふむ、とナユタの家の内部を思い出す。


(……あれ? ちょっとおかしくない?)


 ナユタの部屋は、まさに豪邸だ。

 一階は食堂となっているホール、二階はリビングと浴室、三階は個室が五部屋もある。

 エミルに指摘されてふと気づく。

 あの豪邸、いつも綺麗じゃない?

 一階の食堂は定休日週2日以外は毎日満員御礼だ。

 けれど閉店後の夕方に訪れても、いつも埃ひとつない。

 食堂故に衛生さを心がけているのかもしれない。


 しかしそれが二階や、ましてや三階の空き部屋含めて常に見事だというのは、あまりにおかしい。


(誰が掃除しているの? まさかエミル?)


 家事は不得意とは思っていないが、その差は歴然。

 これでは女として劣ってしまう?

 なんて思った途端に


「毎日ナユタが掃除している」


 ナタリアの心を読んだように事実を伝えた。


「……チート?」


「ナユタの功績をとりあえずその一まとめにするような単語で表現するな」


「いえ、でも」


「ナユタは前に言っていた。『流石に万能じゃねーからな。掃除は自力だ』って」


「……」


(料理と言い凝り性なのよね、それで努力もちゃんとして、大体成果が出る。なんでもかんでも努力で完璧に出来るんだから、インチキにも程があるわ)


「ていっ」


 エミルはナタリアの頬を叩く。

 150cmも満たないエミルが170cm越えのナタリアの頬を叩くのはちょっとだけ滑稽な状況だった。



「今、何もしようとしないで、諦めようとしてた? ここは普通『ナユタより掃除を上手になって、ナユタの家の掃除は自分任されよう』って、そうならないの?」


「いえ、けど……」


「頑張ってもナユタより劣るから、何もしない? 甘えるな。甘えるのはボクの『観察眼』が届かないところでの逢引だけにしろ。まず行動して? そして少しでもナユタの負担を減らして?」


 お願いだから、と。

 エミルは涙目に訴える。


「周りはいつだって『ナユタだから当然』『ナユタだからしかたない』って、そんな事ばかり。でもね、ナタリアはそんな『ナユタの恋人』だから。そんな風に、ナユタの頑張りを簡単に受け入れるな!」





 できる事はきちんと卒なくこなし、できない事は全力で取り組むナユタを日々同じ家に住んでいたエミルは毎日ちゃんと見てきた。

 掃除だって、実はエミルが居候をはじめた時はそれは酷いものだった。

 自分の部屋以外の4部屋は埃まみれ。ホールも申し訳程度。強いて言えば2階のリビングは来客の可能性を考えてなのか、不快を与えない程度の手入れしかされていなかった。


 ナユタはエミルを部屋に案内しようとした時「悪い、俺あんま掃除したことなくて」と申し訳なさそうにしていた。

 あの頃はまだナユタはただの唯我独尊の俺様主義だと思っていたので「気にいらなきゃ出て行け、じゃなきゃお前が掃除しろ」と罵られるのかと思っていた。

 しかし実際はナユタはエミルを2階のリビングに招きコーヒーを煎れた後、エミル用の部屋をずっと掃除していた。

「ま、こんなもん?」

 なんて二時間以上もかけて掃除をしてくれた結果、まあ人が住むにはなんとか、という程度には綺麗になっていた。


 エミルは元は、いや勝手に家出をしてきただけで未だ貴族の身だ。

 街の安宿にも匹敵する汚い部屋に、ちょっとだけ苦い顔をした。


(あっ、だめ。ボクはナユタの好意に甘えているただの冒険者。普通は喜んで受け入れるべきだった)


 しかしナユタは「そうだよなー。せっかく棟梁に良い家経ててもらったんだ。維持ぐらい自分でできなきゃなあ」と苦笑いをしていた。

 そこからナユタのお掃除努力譚が始まった。




 ナタリアはエミルを落ち着かせるため、ソファーに座らせ心を休ませるハーブティを煎れた。


「……おいしい」


「ありがとう」


「この紅茶を煎れるのに、ナタリアはまったく努力をしなかった? それとも『エルフ』だからハーブの扱いは出来て当然?」


「…………。はい、私が全面的に悪かったわ。そうよね。ナユタだってごく普通に努力してるし、その結果は『ナユタだから』じゃなくて『凄く努力したから』よね」


「それだけは、ボクだけじゃなくてナタリアも忘れないであげてほしい。ナユタはあれでまだ十八歳のただの少年。万能の神ではない」


「わかった、肝に銘ずるわ」


「それにね、ナタリア。ただ甘えてくるだけの女なんて、男はすぐ飽きるよ? もしくは相手が常に依存してくるから、他の女に手を出してもいいだろって簡単に他の女に手を出す、そんな獣だよ? 今現在、料理も掃除も負けてるナタリアに女としての魅力はあるの? 体以外で?」


「ごめん、いきなりで申し訳ないけど『あのナユタが?』」


「うん、言ってて思った。『ナユタならそれはないな』って」


 ナユタが浮気? いや考えられない。

 結局のところ、ナユタはあらゆる事に一生懸命になれるだけなのだ。

 料理だって掃除だって、それこそ『英雄』故のバトルジャンキーさも、そこに集約されている。


 だから恋人を愛する。恋人を幸せにする。

 そこに一生懸命なナユタが浮気なんてありえない。


 なんて2人で笑いあってた。

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