逆鱗に触れるなかれ

 俺は昔から戦いが好きだ。自分の命を引き換えにする刺激的な遊びだ。

 最近こそ好きなものの中に恋人というものが出来て、そっちのほうに夢中になりつつはある。

 だが、今でも時々この力を思う存分に振るいたいという衝動が胸中に宿る。


 とはいえ、闇雲に戦う気ない。

 特に売られたつまらない喧嘩は適当に流す。

 はいはいとスルーするか、適当にひっぱたいとくか、そんな感じ。


 この村では冒険者がよく腕試しに、とよく声をかけられるが丁重に断っている。

 だが今日に限って、物凄く面倒な男に絡まれた。


 それは料理屋の昼の部が終わり、片付けに勤しんでいる時のことだ。

 たまたまナタリアとエンブリオが暇をしていたため一緒に手伝ってくれており、普段よりも捗っていた。

 空いた時間で四人でどこかピクニックでも行こうか、なんて話をしていた矢先の事だった。


「ここに英雄って呼ばれてる冒険者がいるって聞いたんだけど、君かな?」


 180cm後半のやせぎすな男が店内に現れた。


「あー、今日はもう店終いなんで運が良ければまた明日」


 俺の料理屋は朝と昼、五十組限定にしている。先着順だと徹夜組が出来てしまい、致し方なく当日に応募者のグループからランダムで当落を決めさせてもらっている。


「料理なんて胃に入ればなんでも一緒さ。それより」


「うっせえいいから帰れ」


「怖い怖い。怖すぎてつい刀を抜いてしまいそうだよ。震えた手がそのまま君に切りかかってしまうかも」


「……おっさん、何者だ」


 自意識過剰かもしれないが、今の俺に喧嘩を本気で売る馬鹿はいないと思っていた。

 だがこのおっさんは何の根拠もない自信に満ちていた。


「私はつい最近、隣の国からやってきてね。ヒガシって国なんだけど」


「あー、あの頭足りてない戦闘狂の国か」


 ちなみに俺の好きなものの一つに読書がある。基本的にオールジャンル。

 一時期歴史の文献を読み漁ってた時期もあった。まあ神位の調査も踏まえてなんだが。

 そんでヒガシっていうあの国、領土が地図から見て東辺りにあるからってヒガシなんて名前を付けるほど、戦い以外に無頓着な民族だ。


 ちなみにこの国はブレンド連邦王国という。中小規模の国がまとまり、大国の一員となった歴史があった。

 国同士が混合して出来たからブレンド。もうちょい捻れや。


「自分の国ではもう相手がいなくて、風の噂にとても高名な冒険者がこの国にいると聞いてふらりと来てみたんだ。そうしたら、その噂の主は英雄とされていて、何処行ってもこのお話で持ち上がりでね。これは是非手合わせを願う他ないと思ってね」


「あっそ。よしエンブリオ。英雄の力見せてやれ」


「わしに振るな。噂の大体はおぬしのトンデモの所為だからの? 自分の尻ぐらい自分で拭け」


「えー、俺ほら博愛主義者だし、無駄な戦いは止めた方が良いって思うんだけど」


「「「どの口が言うか」」」


「ふむふむ、英雄殿がどうやらやる気を出してくれないらしい。私だって、英雄に挑むという強い覚悟でこの場にいるんだ。もう、誰が相手でも戦えればいいって気分でもあるんだ」


 おっさんはちょっとだけ口角を上げ、下卑た笑みを浮かべる


「別に私はそこのエルフが相手でもいいんだよ? そして今からでも」


 ナタリアは向けられた敵意に警戒した。

 油断した。まさかこんなところで敵と遭遇すると誰も思っていなく、俺以外の三人とも手元には武器はない。

 おっさんが本気なら無防備なナタリアに躊躇いなく斬りかかれるということだ。

 こいつがどれだけの手練れだが知らんが、ナタリアなら初動ぐらいは無手でも凌げる。

 可能な限り早く『フルエンチャント』と『マルチウェポン・アンロック』を展開し、ナタリアの援護をすればこんな見知らぬおっさんぐらい訳はない。

 だが――


「別に女をいたぶる趣味はないんだけどね。腕の一本や、その顔に傷の一つや二つぐらい付ければ英雄殿も本気になってくれるのかな?」


「てめえ俺の女になに気持ち悪りい目で見てんだ。それとなんだ? 傷つける? 死にたいならそう言えよ」


 個人的に、言動が暴力的な自覚はある。だが度を越えた怒りを抱く事はあまりない。

 姉貴にプリン食われた時ぐらいか。


 ――こいつに生き地獄を与えてやる。


 俺の怒りでナタリアとエンブリオが震えている中、エミルが俺の服を軽く引っ張った。

 視線を向けると、感情乏しいエミルが今まで見せた事ない満面の笑顔で


「殺さない程度にね?」


 伊達に一つ屋根の下で暮らしてない。

 わかってるじゃないか。


 つまり殺さない程度に、徹底的にやれという事だ。




 村の空き地におっさんを連れ出した。

 俺が戦う気なのを察して、至極満足そうだった。

 不安がって一応三人も一緒に来てくれた。

 何が不安かって? 俺が犯罪者以外の人間を殺す事だろ。


 さてナタリアやエンブリオが恐怖するほどの俺の怒りに、一切動揺がないこいつは何者なのか。

 見た感じ、どうも強そうには見えない。


 ヒガシの一般的な考え方に「男尊女卑」が根強いのは知っていた。

 単純に男より身体能力の劣る女は下、という稚拙で短絡的な発想だ。


 英雄三人のうちの一人であるナタリアを、ただの女としか見ていない時点で下の下だ。

 せめて脅しに使うならエミルだろう。

 まあそれでもキレてたけど。


「私はいつでも準備ができているけど……。英雄殿の武具はいずこ? 無手なのは拳闘士だからかもしれないけれど、まさかそんな普段着で手合わせすると?」


「は? てめえに防具なんかいるか。いいから来いよ、これが俺の普段の戦闘スタイルだから手は抜いてねえ」


「ならいい。さて、その首貰う!!」


 腰に携えていた刀に手を添え、俺との距離を詰める。

 そしてゆっくりとした動作で刀を抜刀し斬り付けてきた。


「『マルチウェポン』『果物ナイフ』」


 あくびが出るその攻撃を果物ナイフで受ける。


「ほう……! 何も無い所から得物が! 曲芸の一種か?」


「何関心してんだ。果物ナイフでも防げる程度の雑魚かよ。一々手間かけるな、全力でこい」


「それは英雄殿が本気を出してくれないとねえ。英雄殿は慢心して私にちゃんと向き合っていない。そんな相手をうっかり殺してもつまらないからね」


 恐らく俺を含む<英雄>の全員が思った。

 

 お前が言うな。


「英雄殿は見たところ女に甘いらしいからね。ここは更に一つ『英雄殿があっさり死んだら、エルフは犯して銀髪の子は闇奴隷に売ろう』なんて言ったら?」


 殺そ。死なない程度に殺そ。その無駄にでかい自信を殺そう。そのご自慢の武士の腕も殺そう。健常な人間としての生活を殺そう。男として殺そう。


「くっちゃべってねえでさっさと来い。ただチャンスは一回だけだ。お前の攻撃のあと、地獄を見せてやる。せいぜい後悔無い様にな」


「ふふふ、もう正直英雄殿が本気を出してくれなくても、この女たちで十分に欲も懐も満たされそうだからねえ。だからこそ本気を出させてもらうよ」


 おっさんは俺との距離を先程にまで戻した。


「『フルエンチャント』『ピーキーアタッカー』」


 おっさんは付与師の『フルエンチャント』と聞き覚えのないスキルを口にした。


「私のセカンドクラスは回復師、サードクラスは付与師! 『フルエンチャント』で様々な付与をかけ、そして回復師の『ピーキーアタッカー』は今現在の攻撃に関係ないあらゆるバフを攻撃バフに変換している!!」


 自慢げに説明してくれるが、俺を含めた<英雄>の反応は薄い。

 それ俺の下位互換じゃん。

『フルエンチャント』で様々な、と表現している時点でそれは偽者だ。

 あれは全てを付与するスキルだから。

 『ピーキーアタッカー』は見た事も聞いた事もないので実は凄いのかもしれんが、攻撃バフを盛ったおっさんはやっぱりただの三下にしか見えない。


「そして今から英雄殿へはクラス武士の上位スキル『修羅』という抜刀術だ。これは音速にすら近い」


 だから苦しまなく殺してあげるよ、と。

 音すら越えられないのに、なんなんだこの自信。


「それじゃ」


「『フルエンチャント』『フルエンチャント・エクステンド』『アドバンス・フルエンチャント』『エンハンス』」


 いくよ、という言葉を遮り俺は渾身の付与スキルを行使する。


『フルエンチャント・エクステンド』は全ての付与効果を1.5倍で付与する。

『アドバンス・フルエンチャント』は全ての付与効果を2倍で付与する。

『エンハンス』は全ての付与効果を3倍で付与する。


 全て別の付与スキルなので重複で効果が乗る。


「『修羅』!!!」


 音すら超えられない温い斬撃を俺は片手で受け止め、そのまま汚い刀を砕いた。


「……え?」


「『マルチウェポン』『大太刀』『スキルブースト』『斬光』」


 付与師のスキルのおかげで大太刀も片手で軽く扱える。ナタリアたちの前だが惜し気もなく『奥の手』を使い、武士において最高峰のスキルを持って、おっさんの右腕を斬った。


 あまりに綺麗に切ったので、肘から下こそ吹き飛んだものの、血は吹き出ない。


「おい満足か? これが武士の抜刀術で最高峰のスキルだ。『修羅』で満足してるお前には勿体無いスキルだ」


「………!?!?」


 沈黙のデバフがかかってるおっさんは、これ以上はやめてくれと泣きながら訴えてきた

 麻痺で身動きは取れないし、毒と継続ダメージでどんどん体力を蝕まれているだろう。


「エミルから殺さない程度にってお願いされているからな。まあ、殺さねえよ? その、なんだ、根性見せろ」


 俺はエンブリオから多数の回復ポーションを受け取った。

 万が一過度のダメージを与えた際、このおっさんに対してのせめてもの情けで用意されてたものだ。


 だが今では『気絶寸前になっても体力を回復されてしまう拷問器具』だ。


「はいこれ、状態異常を全部回復するポーション。ほらこれで喋られるだろ」


「い、命だけは!!」


「だから、エミルからそう言われてるから殺しはしない。ただ死んだほうがマシって思ってもらうだけだ」


「……何が英雄だ、ただの外道ではないか!! ちくしょう……右腕がなくなってしまった……!!」


「は? てめえナタリアたちに対してさっき何て言ったか覚えてるか? それともそれすら思い出せないぐらい鳥頭なのか? 右腕ぐらいで済むと思ってるの?」


 俺は果物ナイフを再度取り出し、おっさんの左脚の腱を斬る。これで一生まともに歩けなくなるだろう。

 再びデバフがかかり一通り悶えてもらったあとポーションをかける。


「おっさん、一応聞いてやる、右と左どっちがいい? 即答えないなら両方だけど」


 何が、とは言わない。


「ひ、左!!」


「じゃ右目な」


 そのまま果物ナイフでおっさんの右目を潰す。

 デバフ地獄に再度陥れる。

 気絶する前にポーションをかけた。


「じゃあ次、もう一度右と左、どっちがいい?」


「右!」


「気が変わった、両方な」


 おっさんの睾丸を思い切り蹴りつけ潰す。

 途端におっさんは気絶した。


「さすがに気絶しちゃったか。ま、致死量じゃないし、ポーションぶっ掛けておけば死にはしないだろ」




「「「引くわー」」」


 ナユタのスキル行使に色々突っ込みどころ満載だったか、それすらも忘れるほどの残虐的行為に三人は震えた。

 実は魔王より怒らせてはいけないのでは?

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