ナユタとナタリア

「今日、お風呂借りていい? たまにはあの大きな浴槽でゆっくりしたいなあって」


「ん、別にいいよ」


ナタリアのお願いに俺は了承する。


「ありがとう」


 そのままナタリアは部屋を出た。

 風呂に向かったんだろうな。

 俺は手にしている小説を読み進めた。




 俺が小説を読み終える頃、気づけば日付を跨ぐかどうかの時間だった。

 そういえばナタリア、風呂の後に顔出さなかったな。

 礼節を重んじるナタリアが挨拶もなく帰るのは珍しい。

 まあ、俺が読書に集中してたから、俺が気づかず生返事だけしたか、もしくは気を使ってもらっただけだろう。




 俺は俺でまだ風呂に入っていない。

 寝る前に湯船に浸かって、今日の料理屋での疲れを癒す。

 はあ、生き返る。

 なんて思っているとき、不意に誰かが脱衣所に侵入してきた。


「おいエミル! 流石にそこまでしねえと思ったけど、俺が風呂入ってるのにどさくさに紛れて入り込むな!!」


「えっ!? ナユタ!? 私よ、ナタリア!!」


 …………え、なんでナタリアが?


「さっきまで特訓してて、その汗流そうと思って。ほら、普段なら自分の家のシャワーだけど、ナユタの家のお風呂に入れると思ったら結構集中しちゃって」


 なるほど? 風呂借りてもいいかって、すぐ使うって意味じゃなくて、その特訓とやらのあとに俺の風呂を使うって意味か?

 そんなの察せられるか!!


「わかった。一旦出てくれ。すぐ風呂から上がる」


「……特訓がんばったんだよ? 汗で気持ち悪いから、このままナユタと一緒に入っていい?」


 いやその理由はおかしい。

 けど、変に意識して拒否するのも、返って恥ずかしいというか。


「好きにしろ」




 ぽっちゃりエルフは本当にバスタオルを巻き、浴室に入ってきた。

 ぽっちゃりだのデブだの言っているが、あくまで昔のナタリアからすれば、であって。

 手足は細く長いし、脂肪でくびれこそないが全体的にほっそりとしている。


「エミルってなんだかんだ言って公爵の娘よね。とっても良いシャンプーとボディーソープ使ってる。わっ、トリートメントとコンディショナーなんて中々手に入らない一級品じゃない。それとも『観察眼』で選んだのかしら」


「いや選んだのは俺だけど」


 エミルを家に住まわせる際、無一文だったあいつに財布を預け必要なものを用意させた。

 そしたらなんと、枕と歯ブラシしか買ってこなかったのだ。

 曰く、「ナユタが普通に生活できているのだから、同じものを使えばいい」とのこと。

 二十二歳児。女としてそれはどうなんだ。

 そもそも着替えどうすんだよ。

 なので、男ながら女が普通に暮らすのに必要そうなのを片っ端から買えそろえたのだ。


「ナユタって、なんて言ったらいいのかしら。……チート?」


「今そのチートって言葉が出てくる意味がわからん」


「いえ私も当然女としての自覚はあるわ? けれど、こういった生活品の選びからして女子力が高いというか。そもそも料理も上手だし」


 そのくせバトルジャンキーだし、と笑っていた。


 俺はナタリアの体を見ないよう横を向いていた。

 一通り身を清めたのか、マジで浴槽に入りやがった。


 …………年頃の男だし? 俺はナタリアの事好きだし?

 バスタオル越しでもいいから、もうちょっとナタリアの体を見たいと魔が刺しても仕方ないし?

 ちらっと湯船に入っているナタリアを見た。


「お前ばっかじゃねえの!? なんでバスタオル巻いてねーんだよ!!」


 ナタリアは当たり前のように全身の素肌をさらしていた。

 即俺は体をナタリアの反対方向に向けた。


「いえ、タオルを巻いたままで湯船に浸かるのはマナー違反だし……」


「公共の場じゃねーんだからそこは気にする必要なくね!? てかむしろ男と一緒なのにそっちのほうが破廉恥じゃない!?」


「んー? ナユタは私のぽっちゃりしてる体でドキドキしてるかしら?」


「するに決まってんだろ。親族以外の女の裸とか初めて見るわ! いやまだ全部直視したわけじゃないから見たとは言えない!!」


「……別にナユタになら見られてもいいよ。ナユタ相手なら、嫌じゃない」


「どうした大丈夫かその特訓とやらの疲労と風呂でのぼせて頭おかしくなった!?」


「そうね、そうかも。けどそれは特訓でもお風呂の所為だけではないわ」


 ナタリアはすっと俺の傍に近づき、恐らく背中を預けてきた。

 湯の温度とは違う、ナタリアの体温を感じる。


「私ね。ナユタの事好きなの。好きな人に自分を見て欲しいって思うのって、普通の事じゃない?」


 今はぽっちゃりだけどね、なんて苦笑しながら。


「確かにちょっと勇気は必要だった。こんなだらしない体見られて呆れられたらって思うと不安だった」


 背中越しの感触が変わる。

 ナタリアの背中じゃない。きっと多分、ナタリアが俺の背に抱きついている。

 控えめだけだけど柔らかな感触が俺の背中に押し付けられている。


「けどこうやって可愛らしくドキドキしてくれて、本当に嬉しかった」


 ナタリアの細腕が俺の腰に手を回し、一層強く抱きしめてくる。


「がんばって前みたいな細身に戻すから、そうしたらご褒美に私の恋人になってくれる?」


「別にそんなの、がんばんなくていい。お前が昔みたいに細くても今みたいにちょっと肉付き良くても、恰幅良くても、ナタリアはナタリアだ」


「それって……」


「前に初恋の話し云々でエンブリオに煽られた時、どさくさに俺がナタリアを好きって言っちゃったけど、あんなん無効だ。改めて言わせろ」


 ナタリアの抱擁をゆっくり解き、きちんとナタリアと向き合う。

 もちろん首から下は目に入らないよう、ナタリアの顔を見つめる。


「俺は、ナタリアが好きだ。今から俺の恋人になってくれ。きっと俺のほうが先に死ぬけど、それでもいいなら、ずっと一緒にいてくれ」


「はい、よろこんで」


 俺たちはお互い人生で初めての口づけをした。

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