人との繋がり
俺は普段どおり、いつものメンツに夕食を振舞った。
片づけを終え、リビングのソファーに持たれかかれ、読みかけの小説を片手で読む。
テーブルにはナタリアが煎れてくれたハーブティがある。
疲労回復効果と集中力を一時的にちょっとだけ上げ、カフェインのように目を冴えるようない、むしろ安眠の効果のあるようハーブを調合してくれた。
こういう所は是非見習いたい。
ナタリアは料理こそ俺以下だが、薬草の知識と実際に効果のある調合は飛びぬけている。
そんな紅茶が入ったカップを小説を手にしていない手で取りたい、のだが。
「おいナタリア、あんましがみ付くな」
俺とナタリアが恋人になってから、ナタリアは驚くほどに甘えてきた。
今でもソファーの隣に座り、ずっと俺の腕にしがみ付いてる。
「……迷惑、かな?」
「お前、そういうのに俺が弱いの知っててやってんだろ。ただ紅茶が飲みたいんだよ」
「小説を手放すのと、私を振りほどくの、どっちを選ぶの?」
「……」
俺は今読んでるページを覚え、小説を置いた。
悔しいがこれも惚れた弱みとして我慢しよう。
いやこれ我慢か? 恋人にこうやって甘えられるの、むしろ嬉しいし。
「ところで、最近特訓……って程でもないか、普通にダイエットかな。成果が結構出てると思うの」
「だろうな。元々食が細かったお前が急に普通以上の食事取って、しかも運動量が減ったから体が一気にエネルギーを蓄積しはじめただけだろうし」
摂取カロリーと消費カロリーが明らかに釣り合ってなかった勇者パーティ時代から激変して健啖家、ちょっと運動不足な生活になれば体重の増加は当然とも言える。
「体が今の生活リズムに慣れて、加えて俺の太りづらい料理とお前のダイエットが結果に結びついたってところだ」
「ありがとう。食事を私のために色々工夫してるの前々から気づいてたし」
「料理屋で出す料理はそういう栄養バランスよりともかく美味いものって作ってるから、まあメリハリだわ」
「ねえ。ナユタはやっぱ昔みたいに細い私が好き? あの時、ぽっちゃりでもいいって言ってくれたけど、こうやって食事まで考えてくれるって事は……」
「俺はどんな体型のナタリアでも好きだ。でもお前は昔の体型に戻りたいんだろ。だからただ応援してるだけ。結果が伴わなくてもいいし、お前が望む体型になったらそれは喜ばしい。それだけ」
「そういう所、ほんと好き」
しがみ付いていた体を更に強く押し付けてきた。
ナタリアの甘く暖かくて落ち着いて、それ以上に心が高ぶる匂いに頭がくらくらする。
「ねえ、今の私の体型ってポジティブに言うと『マシュマロ体型』っていうらしいの。私はこのまま昔のように細身を目指すけど、今の私の体型を、せめて1回ぐらい抱きしめてみない?」
「………………。まだ正面からは無理、後ろからでいい?」
「うん、おいで」
ナタリアは俺の腕から離れ、ソファーに座りながら俺に背中を見せた。
「おりゃ!」
ナタリアの両脇を掴み抱き上げた、そのまま俺の膝の上に座らせる。
俺からすりゃ、ナタリアの体重なんか大剣より軽い。
ごめんちょっと言い過ぎた。付与師のスキルで筋力をあげたから出来る芸当だ。
身長170cm以上のエルフを子供のように抱き上げるなんて芸当ができるほど人間辞めたつもりはない。
ナタリアは力を抜き、俺の寄りかかる。
俺はナタリアの腰にゆっくりと手を回した。
驚くほどに心地のよい柔らかさだった。
ただの脂肪じゃない。多分、女性特有の柔らかさだ。
『英雄』と呼ばれ、様々な武器を使え、色んなスキルっぽいのを使える俺だが、ナタリアほど洗練された剣士を男女問わず俺は知らない。
そんな彼女が、まるで筋肉を感じさせない優しい体付きをしているなんて、神秘でしかない。
思わずぎゅっと強く抱きしめる。
身長は俺よりナタリアのほうがちょっとだけ高いから、肩に顔を預ける事になる。
……あれ? ナタリアの座高低すぎじゃね。脚長いにも程があるだろ。
「んっ……」
「痛かったか?」
俺の付与はまだ継続中だった。うかつに力を込めすぎたか!?
「いえ、そのくすぐったいというか、ナユタの吐息が耳にかかったからつい」
「じゃあ、このままでも?」
「うん。それとせっかくだし私のお腹、つまんでみない?」
「いいのか? 自虐も過ぎると怒るぞ?」
「そんなんじゃないよ、こういうお肉を落とすのが今の目標だから。今触ってもらえないと、一生ナユタに詰まんで貰えないから」
万が一、またぽっちゃりしても、このお肉気に入ってもらえたらね、なんて軽口を叩きながら。
「じゃ、お言葉に甘えて」
恐る恐る、ナタリアの脇腹を優しくつまむ。
指先に心地の良い感触が伝わる。
先程ナタリアはマシュマロ体型なんて言っていたが、確かにそう表現するに相応しいほどふわふわとしていた。
ほんの少し、この感触を手放すのは惜しいと思い、明日からの夕飯はちょっとカロリー多めにするか悩む程度だ。
「遠慮なんてしなくていいのよ? ナユタらしくない」
おっかなびっくりで触れているのがバレたのか、ナタリアは優しく促してくれた。
俺は躊躇わず、ナタリアのお腹を撫で回した。
所々でナタリアは艶のある声をあげるので、加えて俺はナタリアの耳を甘がみした。
「ちょ、それはまだダメ! エルフにとって耳は性感帯だから!?」
知るか、と片手はきっちり腰に手を回し抱きしめ、片手はお腹周りを撫で回しつつ、ナタリアの耳を舐めた。
「んんっ! もう、私っ……!!」
「エミルがミた」
「「!?」」
「おいそこのデブ……デブ? ぽっちゃりエルフ。なに人の家で発情してる」
いやお前の家じゃねーし。
とは言えエミルとは同居状態だし、ここはリビングで<英雄>の共有スペースにしている。
むしろこんなところでじゃれ合ってる俺らに非がある。
せめて俺の自室でやれよと。
「これはその……。恋仲の私とナユタがどこでどうしてようが私たちの勝手じゃない!?」
「キレたいのはボクなのに、逆ギレとか困る。ねえ、こんな場面に出くわしたボクの気持ちわかる?」
「はい、ごめんなさい」
あっさりナタリアが謝罪した。
「まあ、いいけど。せめてナユタの部屋か、もしくはナタリアの家でするべき」
「「はい仰るとおりで」」
「はあ。ボクはこのまま自室に帰って自棄酒するけど、今更ナユタの部屋で続き、なんてやめて? やるならナタリアの家に行って欲しい」
「大丈夫だ。このままナタリアを送って行って、そのままちゃんと戻ってくる。送り狼なんて事はしない」
好きという気持ちは、十七歳の時になんとなくナタリアを見て抱く事はできた。
だからといって何か行動を起こすつもりはなかった。
しかし恋仲になった途端、この気持ちの愛おしさを理解できた。
だからだ、エミルが俺に向けてきた好意はそれほど尊重するべき感情だったのだ。
その感情を俺は普段から軽口で流していたが、逆の立場だったらどうだろう。
好きな人に振り向いてほしいと、そして愛して欲しいとアプローチをかけて、返ってくる言動がただの暴力。
そして意中の相手は別の誰かと相思相愛になって、過度なスキンシップを自分の目に入る場所でされたなら――
安易に謝罪の言葉はしない。
これで俺に愛想尽かせて家を出て行くなら、それはそれで言いと思う。
もちろん俺ができる事全てを持って影ながら支えるつもりでもある。
けれどエミルは俺とナタリアが恋人になったと明かしても、不満げではあったが受けれ居てくれた。
そして今も同居人として俺の料理屋のウェイトレスを続けてくれている。
「ボクは諦めていない。貴族は一夫多妻制、ナユタがボクと結婚すれば実質貴族、更にナタリアとも結婚できる。全て解決」
なんて冗談なのか本気なのかわからないことを、目を腫らしながら言ってくれた。
「エミル、明日の晩飯、デザート何が食いたい?」
「そこのエルフが一気に太るほどの甘ったるいチョコレートケーキ」
「お前もそれを食うなら一緒に太るぞ」
「太っててもナユタに愛してもらえるのは、そこのぽっちゃりエルフで証明されてる」
じゃあ、ボクは部屋に戻るから。どうせ明日は定休日だし、二日酔いになっても問題ない、とぼやきながら。
「……じゃあ、送っていくよ」
「ううん、大丈夫。これでも英雄の1人よ。ほら、剣だって常に持ってるし」
「そっか、なら1人で帰れるな」
「……、こんな状況だけど、本当にデリカシーがないことだけど、お願いがあるの」
「ダメ」
「はは、だよね」
「だからこれで我慢しろ」
ナタリアと二人きりの後の別れ際は毎回キスをしていた。
しかしこの状況でキスを求め合うのは、あまりに<英雄>の仲間であるエミルに対し配慮が足りていない。
だから俺は軽く、ナタリアの額に口付けした。
「また明日な。いつもよりダイエットがんばれ。エミルの要望に応えて滅茶苦茶カロリーのあるケーキ用意してるから」
「ふふ、覚悟しておくわ」
恋って難しい。
いや俺個人が想うだけならここまで悩まなかっただろう。
恋だけじゃない、きっと人と人との繋がりがいろんな風に広がるとこうやって衝突したりするんだ。
俺はまだ十八のガキだが、十二で自立し冒険者として六年目だ。
それにしては俺は人との繋がりを理解できずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます