幕間その1

禁断の恋?

 デブエルフ候補ことナタリアは、ちょっとした悩みを抱えている。


 恋ってなんだろ。


 ナユタにぽっちゃりだのデブだの言われているので、今現在の容姿には自信はない。

 一応程度にダイエットをしているが、その効果はまるでない。

 というのもナユタのご飯を際限なく食しているからだ。


 美味しいものは仕方ない。

 なんて甘えを抱きつつ、自堕落な生き方を選んでしまう。


 寿命千年とされているエルフが二十歳の時点でこんな生活をしているわけで、救いようがない。

 一番救えない要素が、エルフの寿命千年生きる為の財産がナタリアの懐にある事だ。

 働かず食べるナユタの飯は美味い。


 そもそも恋ってなんだろ。

 

 再びシンプルな疑問を抱く。


 好き、愛、そんな感情は生物に対して思った事はない。

 強いて言えば幼い頃に出会った剣が初恋なのかもしれない。


 次に恋心に近しい存在は、名も知らぬ英雄だ。実際はナユタのことだが。


 更に言えば、勇者パーティで得体の知れぬほどの強さを誇るナユタに対し尊敬と信頼と憧れを抱いた。


 <英雄>結成時にナユタの過去をちょっとだけ知った。

 その時、今まで英雄ナユタに抱いていた感情に加え年上故の保護欲も追加された。


(……あれ? 私の恋の相手ってナユタ?)


 その実感がかえってナタリアは恋愛感情の正体を惑わせた。


 ナタリアはエンブリオに軽く相談してみた。もしかすると恋の相手がナユタなのを伏せて。

 ナユタは精神的に子供だし下手すれば意中の相手だし、エミルもまともな回答は得られないと思って消去法で。


「重症じゃのう。まあ、そんな風に悩むなら頭空っぽにして、外見だけでも選り好みしてみればよい」


(私が好む外見……………、えっ、どうしよ!?)


 色々考えてみても、結論としてはナユタになってしまった。

 あの、真っ白な髪、真っ赤な眼。エルフよりも美形……いや童顔ゆえ美少年というべきか。


 もしエルフのナタリアが伴侶を選ぶとすれば、当然同じエルフになる。

 エルフが伴侶を選ぶ際、いくつかのの問題点はあるが、最大の壁は寿命だ。


 だから、エルフは人間に恋が出来ない。

 エルフの寿命は千年、人間はよくて百年。

 結局、エルフはエルフとつがいになる。

 外見だけですら、選ぶならナユタが一番の候補だがその恋は抱いてはいけない。


 ああ、間違いなくナユタが好きだと自覚した瞬間だった。

 禁断の恋だ。けれどもし叶うなら、ナユタと共に百年生きよう。

 そして残りの九百年を、ナユタと過ごした幸せな記憶に包まれた余生を過ごし、息を引き取りたい。

 そんな考えが恋、いや愛なのだと実感した。




「ナユタ。結婚式はいつにする?」


「え? デバフの『沈黙』と『継続ダメージ』と『フルエンチャント』した俺のローキックくらいたいの?」


 エミルは結構しつこくナユタに結婚アプローチをしている。

 ナユタは本気で嫌そうにしているから、そろそろやめてあげて欲しいと思う。


「そもそもな、俺とお前で寿命が違うの。お前は今はまだ普通に百年生きられたらラッキーな人間、俺は最低でも五百年は寿命あるの。簡単にくたばる奴と結婚するメリットはねえ」


「えっ、なにそれチート?」


「知るか。神様にでも聞いてみろ」


 ナユタは昔、ある鑑定士に冗談半分で「俺いつまで生きられる?」と聞いたことがあった。

 その際の返答が「……五百歳は確実かと」なんて返された事があったのだ。

面白かったんで金貨十枚ぐらい渡した記憶がおぼろげにあった。


「ていうか『鑑定眼』で俺の寿命見ればいいだろ」


「『鑑定眼』は確定したものしか認識できない。そして個人の未来を束縛する事に繋がる場合も鑑定できない」


「簡単に説明してくれ」


「ボクの『鑑定眼』は精度が高すぎて『あなたはあと何年後のこの日にこういう理由で死にます』みたいな『未来視』のようになってしまう場合、不発になる。きっとナユタの寿命を見た人はボクの『鑑定眼』よりもっと劣る能力だと思う」


「そいつが俺に嘘の寿命言った可能性、あると思う?」


「ない。それで金銭を得ようとしているならそんな荒唐無稽な発言する理由がない」


「だよな。だから、お前はさっさと家に戻って行き遅れになる前に全うな人間と結婚しとけ」


「ボクはナユタみたいな完璧な人間じゃないと結婚しない」


「じゃあ独身のまま勝手に老けてくたばれ」




(ナユタ、五百歳まで生きてくれるの……!?)


盗み聞いたわけではない。

ナユタとエミルの不毛なやりとりは日常茶飯事で、たまたま夕飯をねだりに来たナタリアが、その会話を耳にしても仕方ない。


「おう、ナユタ。今日の飯はなんじゃ」


「最近ちゃんとした肉が流通するようになったから牛のステーキがメインだ。肉は下準備だけすれば焼くだけの手軽さなんでソースを拘ってみた。スープとサラダはいつも通り。これじゃつまらないからパンは初めて自分で焼いてみた。パンに関しては売り物として成り立つかの試食を頼むわ」


「だとさ。出てこいナタリア」


 エンブリオに呼ばれ、ナタリアは驚きつつも顔を出す。

 自分がナユタに恋しているという実感と、先の寿命の話を聞いてしまいナタリアの顔は真っ赤だった。


「どうしたぽっちゃりエルフ。具合悪いのか? もしマジで病気なら付与スキルしてやるからちゃんと飯食えよ? 病気になって『食欲がない』とか言う奴に限ってすぐくたばるんだ。飯さえちゃんと食ってきっちり寝ときゃ軽い病気は治る」


 滅茶苦茶な理屈をナユタは発言し、それっぽい付与をナタリアに施す。

「ほーれ、いつもみたく美味そうに飯食えや」

 と憎まれ口を叩きつつだ。


「いただきます」


 ナタリアの食欲はある。ナユタのご飯は美味しいから。

 けれど、今はナユタを直視できないのであった。


「先程の話、懐かしいのう。わしは二千年と言われてしもうたなあ。ドワーフの平均寿命は三千年じゃというのに。早死にもいい所じゃ」


「一応俺はまだ普通の人間のつもりなんで千年単位で話すんな。感覚麻痺るわ。あっ、そうだ、エミル。エンブリオと結婚したら? エンブリオの時間感覚なら寿命の差異とか誤差じゃね?」


「「いやそういう問題では」」


エンブリオとエミルが同時に反論する。


「そもそもボクのどこが不満? ボクは美少女、父とナユタと、もしかするとウェイトレスの仕事の際偶然男性に触れてしまった可能性があるけれど純真無垢な処女で公爵の娘のどこが不満?」


「んー、存在そのもの?」


「日々ナユタの暴力と暴言に耐えてきたけれど、全否定は心が折れる。ボクのオリジナルスペルでも回復できない」


「いや、俺にだって好みはあるから。お前はその好みに一切該当しない」


「えっ、ボクの心を本気で砕く気満々なの? それどんな付与スキル?」


「付き合い長いが、そもそもナユタは恋とかしたことあるか? 常々独身ドワーフだの煽るが、恋の一つもないとは言わせぬぞ」


「そりゃ俺だって男だし。今年で十八歳だし。初恋ぐらいあるぞ?」


(ナユタの初恋相手? いやそもそもナユタが恋!? あのバトルジャンキーが!!?)


「して、それは誰か聞いてもよいのかの?」


「ナタリア」


空気が凍った。


「女に無縁だった俺が勇者のパーティに入った時、ナタリアみたいな美人がいたら目を奪われるだろ。しかも剣はお強いお強い。美人で強い女に惚れないわけないじゃん?」


 エンブリオは、ナユタがナタリアを特別視していることは理解していた。

 その感情が仲間意識か、恋心かまでは察することはできなかったのだが。

 そしてナタリアがナユタに対し少なからず好意を抱いていることも知っていた。


 先日の恋の相談を受けた故、カンフル剤として投じてみた質問の返答が、魔王も滅ぼす程の爆発的な『英雄』の発言だった。


「と、ところであくまで、初恋、なんじゃろ?」


「よくわかんね。ナタリアより俺好みの奴が居たらさくっと恋の対象変わるのかもなー」


 それはつまり、ナユタは今でもナタリアに恋をしているという宣言でしかない。


「……、ねえ、こんな太っちゃった私でも、そう思ってくれるの?」


「確かに美人だなんだって外見だけ褒めてたけど、中身含めて好きだからな。俺の料理で太ってくれるなら本望だ」


「そう思ってくれるなら、エミルみたいに私と結婚して!って言ったらどうする!?」


「うーん。俺もたかが五百歳しか生きられねえからなあ。エルフと結婚ってどうなんだろ」


 ナタリアのジャブに見せかけたストレートな質問に対し、ナユタは見事なカウンター発言をする。


「ナユタが本気で結婚を考えてる!? えっ、嘘、ボクの今後の扱いどうなるの!?」


「いやだからお前は論外だって。ま、俺とナタリアの関係は寿命的にあと百年ぐらい保留でも問題ないんじゃね?」


「「「いやその理屈はおかしい」」」

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