まったり生活する

 ギルドに討伐を報告したあと宿に戻り、ちゃっかりエミルが目が覚ましていたので三人を引きづりだして街を出た。


「『耐久』」



 エミルは流石に俺の馬車の速度に耐えられないと思い付与で保護してやる。


 お察しの通り、俺の馬車の速度は付与師のスキルだ。

 モンスターを轢き殺してから武器扱いになった点を踏まえ、武具に対する永続的付与を試した所まさかの効果が発動したのだ。


「その付与、私にしてくれないの?」


「ダイエットの一環と思って」


「結局グロッキーになって寝込んだらむしろ肥えるんだけど!?」


「うるせえ。英雄ならがんばれ」


「ううー。がんばる」


 意外と素直に納得するナタリアだった。もうちょっとわめくかと思ったのに。

 まあ、いいか。

 こっそりとナタリアにも『体力向上』を付与し、馬車をかっ飛ばした。


「おいデブエルフ候補。今朝食った飯リバースするなよ?」


「し、しない。したくない!!」




 それから一ヶ月。

 ナナシー村は激変した。

 いや村も村人も変わらないけれど、訪れる客が激変した。


 俺がお願いしたとおり、クエスト報酬によって村復興のためにいくつかの政策が行われた。

 悪いほうから挙げると、1つはこの村の建物や販売物、農業などなどの介入だ。

 これは大失敗だった。

 何故なら資源が足りてないだけで、ナナシー村の職人連中は国内トップクラスだったからだ。

サザー街程度の職人がこの村の職人のレベルの高さに手も足もでず泣きながら去っていった。


 次にギルドが齎したのは、単純な資源の提供。

 これは中々に効果的で、腕利きの職人がいい素材を用いて作った武具や道具、装飾品は飛ぶように売れ村の特産物の1つとなった。

 これで商人とのパイプが出来上がる。


 最後にギルドクエストの発行だ。

 未だに危険度が高いモンスターは村の周辺に生息している。

 それをクエスト報酬が目当て、かつ特産物もついでに拝んで、さらには英雄三人が住む村を観光しておこうという冒険者パーティが殺到した。

 女将の宿はほぼ毎日満席だ。

 宿が取れない冒険者も致し方ないと村のはずれでキャンプをしているぐらいだ。

 みるみるうちに村周辺のモンスターが狩られていき、むしろこの国で一番安全な村なのでは、なんて言われている。




「おいエミルまだへばるな! あと五人分で今日は終わりだ!!」


「無理。毎日これは鬼。ナユタ、1日の提供数を減らすべき。明らかにオーバーワーク」


 そんな村でまったり過ごしている、はずの俺だが、ある意味最高な激戦区にいた。

 というのも、村も復興したし念願の料理屋を開いたのだ。

 棟梁に頼んで1階のホールを食堂のように改装、さらにはテーブルや椅子も作成してもらい然るべき対価を支払う。


「別にあんちゃんだし、タダでいいんだけどなあ」


 とか技術の安売りをしてくる棟梁に強引ながら対価を受け取らせた。

 あとは棟梁のつてで腕のある職人を紹介してもらいホールのキッチンを本格的にし、調理器具を揃え、看板を立てた。


 料理屋<英雄>


 俺の誇るべきパーティ名をそのまま使わせて貰った。


エンブリオとナタリアからは


「この村に英雄が暮らしてるって噂が流れてるのに、その名前はどうかとわしは思う」

「ところでその<英雄>の私はナユタのご飯をいつでもおかわりできる権利あるの?」


 エンブリオの懸念はもっともだ。

 あとデブエルフ候補。その常に食いしん坊キャラどうにかならねえか、デブな発想悪化してんぞ。


「ま、ほら俺の家って露骨にでかいじゃん。当たり障りない食堂演じるより、堂々としてたほうがかえってマシかなって」


そうすればエンブリオとナタリアの家をわざわざ詮索するやからも多少は減るかもしれないし。


「あとエミル、お前はウェイトレスな。俺は料理で精一杯だからな」


「え、なんで?」


「俺の家に住む気満々なんだろ。追い出されてそこらの森でA級モンスターに出会いたくなきゃ大人しく働け」


「…………………………。わかった」


「てめえ、居候の分際でなんでそんなしかめっ面で悩んだんだよ、『沈黙』と『継続ダメージ』付与した往復ビンタすんぞ」


「だ、大丈夫。ボクは天才。なんでも出来る。ボクほどの美少女なら、ボク目当ての客で毎日満員御礼」


「てことで、よろしくな」


 そんな感じで軽い気持ちで開店した料理屋だが、まさに即日満員御礼。

 料理人は俺、ウェイトレスはエミルという二人だけでは到底捌ききれない程の来客だった。


 何が困るかって、食堂だってギチギチに詰めて二十人程度が限度のホールだから、多少待ってもらえればそれで捌くことはできるはずったんだ。


 しかし味はもちろん、英雄の家を見てみたい、みたいなミーハーな層もかなり多くてな。

 客側のほうで、勝手に「可能な限り早く食して回転率を上げる」とかいう暗黙のルールを作りやがった結果、もはやホールは戦場だった。


 頼む、普通に味わって食ってくれ。飯時ぐらいゆっくりしてくれ。




「開店して一週間でこれでしょ? 今後ずっと増え続けるわよ」


「エミルの言うとおり、提供を限定すべきじゃな」


 そもそも金銭を得る為にこの料理屋をやってるわけではない。

 あくまで趣味だ。客が減ってもなんらデメリットはない。

 厨房である意味戦ってる俺は、まあそこそこ楽しんでるけどエミルが本気で辛そうなんで制限すべきか。

 エミルが倒れたら、俺が注文受けて料理してそれを運ぶの? 毎日?

 モンスター狩ってるほうが楽じゃん。燃えるけど。


「まあ、朝と昼にそれぞれ50組なら、わりと余裕があるかな」


「ん、それならボクも余裕」


 夜も営業すると、俺らの晩飯の時間が不定期になる可能性があるので営業しないようにする。

 じゃないとデブエルフ候補が「ナユタのご飯まだー、ねえまだなのーお腹空いたー」って幼児化してしまう。

 いやこれ 一回だけど本当に幼児化したので、わりとマジでちゃんと晩飯を提供してる。

 満腹だけど、太らない飯を提供してやってるので、デブ化の進行はストップしつつある。

 ……ダイエットしてるって言いながら、俺の善意の晩飯食っておいて食い足りないと夜食食ってたら『フルエンチャント』でアイアンクローしてやる。


「ひっ、なに!? なんか悪寒が!!?」


「ところでナユタ。ボクがナユタと最初に会った時の頃、覚えてる?」


「ん? ボクは『賢者』でーすってアホ言ってた話?」


「その前。『父以外に男性と触れたこともない処女』と伝えた」


 芸人のようにエンブリオとナタリアは租借していた料理を吹き出し咳き込んだ。


「その後、ナユタに触れられた。人生で2度目。さらにもう1回触れた」


「…………、え、何の話?」


「付与までしてボクの事殴った。つまり親族以外ではじめてボクに触れた男性がナユタ。だから責任取って結婚して?」


「え、嫌だけど。冒険者の癖にそんな細かいこと気にするなら、家に帰ったら?」


 エミルは悔しそうにするが、何も言い返してこなかった。

 そもそもウェイトレスの仕事している以上、不意でも手が触れるとか、その程度の男との接触はあるだろう。

 冒険者じゃなくても、そんな潔癖なこと言うなら俺の家から追い出してちゃんとしたウェイトレスを雇うわ。




「ところで、<英雄>のリーダーの俺から提案がある」


 前に作ったギルドもどき用のポストはちょっとした村の象徴としてホールの片隅に置かれている。

 今でこそ正式なギルドからギルドクエストが出されモンスター退治を冒険者に一任されているが、しかし時折村の住民からひっそりと依頼を受ける事がある。


 今回の依頼は「すきなこのために、おはなをつみにいきたいけれど、もんすたーががこわい。たすけて」


 子供の字で書かれた1枚の依頼書を見せる。


「「「問題ない」」」


「よしエンブリオはエミルの盾になれ。万が一に備えて俺もフォローする。エミルは実戦経験のためにガンガンスペルを使え。自分がどの程度までなら万全に戦えるか理解しろ。ナタリア、お前が主力だ。『剣姫』の実力、期待してるぞ」


 毎日料理屋で働いて、結局冒険者として活動しててどこがまったりかって?


 俺からすれば、今が一番まったりと、それでいて刺激的で、最高に楽しい生活を謳歌してんだよ。

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