3章

勇者のお誘い

 今日も今日とて、昼まで料理屋で働きその後だらだらと読書したり皆と遊びに行ったりと平穏な日々が続いていた。

 魔王の件は気にならないとははっきりと言えないが、かといってどうしようもないので保留だ。


 こんな日々がずっと続けばいいのに。

 なんて思うと、どうしてか必ず厄介事に巻き込まれるんだよなあ。




「ということで、君達のような優秀な『英雄』がこんな田舎で燻ってちゃダメだと俺は思うんだ。だから勇者の俺に強力してくれないかな?」


 サツキ・リンドウと名乗る現勇者がわざわざ「こんな田舎」までご丁寧にパーティ勧誘をしに来たのだ。

 まあ相手が相手なので食堂に通し、テーブルに座らせ紅茶を出してやった。

 

「断る」


「同じく」


「私もナユタと同意見よ」


 三人して即答する。

 たった一年程度かもしれないが、既に俺達は今の暮らしを大事に思っている。

 ……少なくても俺たちは<英雄>というパーティで、エミルを置いて長旅をするつもりは一切ない。


「ここだけの話、魔王軍との戦いが更に激しいものとなっているんだ。国を、人を、世界を救うのが強き者の義務だとは思わないのかい?」


「いや、まったく」


 曇りない目で歯の浮くような事を言いやがる。

 それは強い者の義務ではない。勇者の義務だ。

 義務で自己を犠牲にして戦う理由は、強いかどうかは関係ない。


「そろそろ帰れ。このまま平行線のままの話を続けるぐらいなら、いいから勇者の義務に戻れ。俺達はこれから――」


「お待たせ……。ってお客さん?」


 勇者様にはさっさとお帰り願いたかったが粘られてしまい、元々お茶会の約束をしていたアル達三人が来てしまった。

 正直、この二人を接触させたくなかった。


 案の定、勇者様はアルの姿を見ると、わかりやすく侮辱の目を向けていた。

 こいつの変におりこうさんな考え方からすると、勇者を辞めたアルはそういう風に見えるだろう。


「おや、先輩じゃないですか。はじめまして、サツキ・リンドウです。あなたが不甲斐ないから、俺が異世界から召喚されちゃったんですよ。あ、でもこの世界は元の世界より生きやすいから、むしろお礼を言ったほうがいいですかね? 臆病者の元勇者さん」


「ナユタ、ストップ!」


 俺が動く前にアルが静止の言葉を投げた。


「そう。噂には聞いていたよ。確かに僕が勇者としての功績が芳しくないから、王都が異世界召喚の儀を行ったって。まさか実際に成功してたとは思って無かったよ」


 異世界召喚。なんか文献で見たな。詳しくは後でアルに聞くか。


「まあ僕はただ生まれつき勇者だっただけで、君みたいな異能力とかはなかったからね。最初からそうしてくれれば僕だって嫌々勇者なんかしなくて済んだのに」


「……勇者である事が、嫌々だと?」


「考え方は人それぞれだよ。折角だし先輩らしくアドバイスをしようか。『仲間集めは慎重に』そして『仲間は大切に』 そういう意味だと、この雰囲気から察するに『英雄』を誘おうとするのは間違ってはない。けど、『扱いきれないんじゃあ意味がない』」


「俺の『カリスマ』があれば問題ないですよ、先輩」


「それはただのスキルだ。そうじゃない。従うとか信頼されるとか、そういうんじゃない。なんだ、率直に言うと『まだ君じゃ英雄は早い』」


 普段のアルとは思えないほどの強きな発言だ。

 いやちょっと待て。

 アルって、弱かったか?

 当時はロロイナとセレンを守りながら指揮を取っていた。

 実際に戦ったのは前の魔王軍との戦いだが、後方支援に徹していたとは言えほぼ無傷、的確なサポートだった。

 スペルブーストのオンオフのタイミング、魔力を練る速度、色々振り返ると、アルは冒険者としてみればかなり上位に位置していてもおかしくはない。


「納得できないって顔だね。それじゃあこうしよう。不甲斐ない逃げ出した元勇者の僕と軽く勝負しよう。僕が勝ったら『英雄』は諦めてね。僕より劣るなら、『英雄』は絶対に扱えない」


「……勇者としての経験は先輩のほうが上でしょうけど、わかってます? 俺は異世界から来たんですよ?」


「うん、良いよ。好きなだけ君の能力を使ってくれて構わない」




 なんだかんだでアルと勇者が戦い、その勝敗で俺らが勇者と共にするかを決める事となった。

 俺達三人は特に問題ないと考えている。

 『あのアルが自分から戦いを挑む』時点で、信頼をしている。


「剣を握るのは久しぶりだなあ。あ、ちょっと錆びてるや」


 なんてアルは気楽そうにしている。

 一方勇者はその余裕の態度が気に入らないのか、少しイライラしているように見える。

 ……もしかして、今までわざと煽ってたんじゃないか?


「あー、んじゃアル対勇者の模擬戦を開始する。多少の怪我ぐらいはエミルが治すから死なない程度に。あと降伏も認める。気絶も戦闘不能とする。部位欠損も敗北とする治せないからな」


「甘くみないでほしい。今では――んぐっ」


 エミルの迂闊な発言をナタリアが手で遮った。

 実際に人では試した事ないけど、動物の手足ぐらいならオリジナルスペルで治せる事が最近わかったんだよなあ。

 賢者すげえ。

 しかしそんな事を勇者が知れば、勧誘の標的にされるだろうしバレるのは避けたい。


「はじめ」


 先に動いたのはアルだった。

 しかも、どういう原理か一瞬で勇者の背後を取った。

 勇者の反応も中々よく、また剣筋自体は特別優れてはないアルなのでしっかりと受けられてしまった。

 

「流石本物の勇者だ。初見で防がれちゃった」

 

 とはいえ、何をされたかわからない勇者はちょっとした動揺を見せている。

 飄々としているアルの態度もあってか、いまいち攻めっ気がない。

  

「来ないの? じゃあありがたく……!」


 アルの姿が消えた。

 遠目に見ても俺らはそう見えた。

 

「こっちこっち!」


 声のするほうを見ると、勇者の遥か上空にアルの姿があった。

 このまま落下の勢いで剣を突き刺すつもりだろう。


「ちっ! 『スペルブースト』『龍駆』!」


 たまらず勇者はスキルを行使する。

 勇者のレベルがいくつかは知らないが、短い間しか使えない切り札を使わされた。

 そして対空スキルの『龍駆』で迎撃の態勢を取る。


「はい、僕の勝ちでいいよね」


 見ていて、本当に何が起きたかわからない。

 気づくとアルは再び勇者の背後を取り首筋に剣を宛がっていた。


「僕にも勝てないんじゃ、『英雄』を従わせる事なんかできるわけないよね。強くなって、ナユタ達にも認められるぐらいになってからまたおいで」


 そうアルが宣言すると、勇者は剣を捨て両手を挙げた。

 そしてとぼとぼとその場を立ち去った。




「ちょっと! 何今の! 全然わかんないんだけど!」


「ナユタ、どういうことじゃアレ!?」


「俺だってわからねえよ!」


「あれはね『ワープ』の応用だよ。座標固定って長距離だと色々な情報が必要だけど、近接接近戦程度の距離だと最低限で済むんだ。だから『相手の背後』とか『上空』とかでも移動できるんだ。まあ慣れは必要だけど」


 ぎゃあぎゃあと三人で騒いでいると、アルがそそくさと話に入ってきた。

 それ結構やばい戦法じゃね?


「あと勇者のスキルで『サイレント』ってのを前の魔王軍の時にレベルが上がって覚えてたんだ。スキルやスペルを口にしなくても発動できるっていうスキルなんだけど」


 初見殺しすぎる。

 

「なあ、アル。お前さ、普通に強いだろ」


「さて、どうだろ?」

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