武術大会
朝、ポストを覗くと一通の手紙が投函されていた。
差出人はギルド本部名義で、それを証明する判子が銀のインクで捺印されていた。
何事かと、マルチウェポンからペーパーナイフを取り出し中身を取り出す。
内容をざっくり言うと、首都でギルド主催の武術大会があるので解説係りをやって欲しい、と言った内容だった。
受ける訳ねえだろ……。
「私のところにも来てたわ。面白そうだし行ってみようかなって思ってたのだけど」
「ワシにもじゃな。同じく折角の祭りじゃし、特等席で見るのもやぶさかではないと思っておった」
マジか、二人は乗り気らしい。
「僕のところには来てなかったね。まあ多分気を使ってもらったんだと思うけど」
俺らとは違い、完全に冒険者として引退しているアルと、エミル含めて実績がない他の奴には届いてなかったそうだ。
「まあ、首都の祭りに参加する事自体は俺もそうするつもりだったし、みんなで行くか」
「さり気に仕切ってるけど、ここから首都に行くのナユタの馬車でも数日かかる。完全にアルの『テレポート』頼みなのになんで偉そうなの」
「……。はい。そうっすね」
ド正論すぎてエミルの指摘に何一つ反論できなかった。
そして言えない。俺もテレポートが使えるぐらいには勇者のレベルが上がっている事は。
おいナタリア、疑いの目を向けるな。俺がテレポート使えるから自然と仕切ったって思ってるだろ。
その通りだよ。危うく口を滑らせるところだった。
……あれ、エミルもそれわかっててツッコミを入れた?
おい髭親父、何笑い堪えてるんだよ。
武術大会当日、アルのテレポートで首都、ダージリンへ移動する。
ここに来る時はキングダムクエスト関連以外になかったが、祭りという事もあってかかなりの活気がある。
あと広い、超広い。
まず道が広い。何百何千と群衆が集まっているのに移動には困らない。
いくつもの売店と屋台があるが、どこも賑わってはいるが長蛇の列が出来るほどではない。
……サザー街が祭りの時、人多すぎてろくに屋台を見て回れなかった記憶がある。
こういう所は流石、というべきか。
「んじゃあな。武術大会終わった頃にまたギルド本部に来ればいい?」
「えっ、ナユタも解説しに行くんじゃないの?」
「断った。つか俺が場を盛り上げるような解説出来ると思うか?」
「……、そっか。残念」
俺もだよ。
ああー、ナタリアが解説に乗り気なの予想外だったわー。
二人で普通に祭りを楽しもうと思ってたのになあ。
でもだからって俺に大会の解説は無理だわ。
スキルやスペル、クラスの知識は正直付け焼刃だし。
ほぼほぼ「マルチウェポン」と『英雄』、切り札に「勇者」で戦ってる身としてはまともな解説が出来る気がしない。
強いて言うと、戦闘中に的確な付与ができる付与師が居たら……いやいねえだろうなあ。
「じゃあ行こうか」
「おいしれっとくっついてくるな」
エミルが当たり前のように俺の腕に絡み付いていた。
……心なしか震えているようにも見えるが、一体どうして。
「ボク、人混みが苦手。ここまでの規模だと気を失いそう」
「ええー……じゃあなんで付いてきたんだよ」
「祭りは好き。いや人混みが必ずあると考えると微妙だけど。……お留守番は嫌だった」
「はいはい。迷子になられると困るから、ちゃんとしがみ付いとけよ」
アルはアル達で行動するだろうし、エミルは俺らのパーティメンバーだし。
俺と一緒に行動するのが、自然と言えば自然。
「なんか食いたいものあるか?」
「特に」
「見たいものは?」
「特に」
「……、俺はちょっと腹減ったからそこらで適当に肉の串焼きと、あとポップコーン買うつもりだ。付いてくるか?」
「うん」
「その後時間になったら武術大会の観戦に行くけど、興味あるか?」
「え? 実況しないって……」
「一般枠で普通に見る。一々解説なんかしたくない」
「そんなに解説するの、嫌なのか……」
顔バレしたくないので、入場時のチェック以外ではパーカーのフードを被って闘技場の観戦籍に座る。
一応エミルもなるべく顔割れされたくないので、そこらで買った可愛い系の被り物を付けさせた。
エミルは少し不満気だが、事情が事情なので受け入れてくれた。
「今のは弓術師の『ゼロモーション』ですね。弓術師は遠距離を得意としますが、近接攻撃ができないわけではないです。ただ、他の武器は『構える』『狙う』『攻撃する』というトリプルアクションに対し、さらに『矢をあてがう』というモーションが必要なので、苦手とされます。どちらかと言えばスペル系に近いんですよね」
「じゃが『ゼロモーション』はその工程を『既に終えたもの』とし、構えさえしておけば『矢が当たり前のように手元にあり』『狙いもつけられており』『あとは射るだけ』というわりとデタラメなスキルじゃな。レベルも恐らく80ぐらいはないと取得できぬし、使いこなすのも相当な鍛錬と実践が必要じゃなあ」
「弓術がメインなのに、闘技場での戦闘に参加するだけの実力はある、ということですね」
ほら、そういうマジな解説、俺が出来ると思う?
ちなみに、「ゼロモーション」は正確には弓を構える必要もない。
矢で攻撃さえすればいい。だから「ゼロモーション」
弓矢だけでなく、投擲攻撃にも適応されるのでスキルブースト時にはよくお世話になっている。
二人は知らないのか知った上で黙っているのか。
俺にはスキルを微妙に誤魔化して説明なんかできないんだよ。
近距離から中距離が得意射程のクラスが集まるかと思いきや、意外とスペル系の参加者も多かった。
そして何れも苦手なレンジでも戦え、自分のペースに持ち込む熟練者が多かった。
想像以上に見てて面白かった。
とはいえ、最終的に優勝者は王都騎士団の実力者となった。
冒険者よりも我々は強いぞ、というアピールだろうか。
「無駄がありませんね。単純にすべての行動が洗練されています。スキルに頼らない戦い方、というのでしょうか」
「スキルは確かに強力で、そして身につけてしまえば気軽に使用できる。じゃが剣をただ振るう。それがスキル以上であればこの結果は必然というべきじゃな」
「『英雄』の二人も大絶賛です! 優勝者ケイン様に盛大な拍手を!」
楽しめたけど、思うところも多々あった。
戦闘がスキルやスペルに依存しすぎている。
言い換えれば、スキル、スペルの発表会のような内容が多い。
そういう意味で王都騎士の戦い方はスタンダードで、王道だ。
「では優勝賞金を――」
「いや、不要だ。その資金は魔王軍との戦争の復興支援でも使ってくれればいい。その代わりに、私は『英雄』との一騎打ちを所望する」
はいでましたー。
そうなる可能性が結構あったので解説から逃げたというのもある。
ナタリアかエンブリオ、どっちが選ばれるか知らんが、がんばれ。
「そこのフードの少年。ナユタ君だよね?」
「……。めんどくせえ」
誤魔化しきれるとは思えないのでフードを取ると、周囲の観客がざわめいた。
視線が俺に注目しているうちに、エミルはその場を離れてくれた。
「いいよ。結構面白い戦い見れたし、ちょっとぐらい暴れてもいいなぐらいは思ってるし」
「ちょっと、ナユタは出てきちゃだめでしょ!?」
「中止、中止じゃ! ワシらならともかく――」
「はいそこ煩いでーす。別に俺だろうがお前らだろうが同じだから。同じだから、な?」
二人は俺を特別視している節がある。
が、同じ「英雄」でも俺が別格、特別扱いというのをこんな公の場で明言されると更に厄介だ。
「基本ルールはこの大会と同じでおっけ?」
「いきなりご指名しておいてなんだが、防具は付けて欲しいな」
「大丈夫大丈夫、勇者のパーティ抜けてから防具つけないで戦ってるから。ある意味いつも通り」
シャツにフードつきのパーカー。パンツはジーンズ。靴はスニーカー。
ただの私服だけど、ここに中途半端な防具を付けてもあまり意味がない。
エンチャントで肉体自体は強化できても防具には適応されないので、ただの重石にしかならない。
んで、俺のクラスは武器製作特化で防具を作ることは苦手だ。
「俺から提案。『マルチウェポン』は使わない。今用意した、この野太刀以外の武器を使用したら俺の反則負けで」
「ナユタ君の『マルチウェポン』については良く噂を聞くけれど、その君の十八番を使用しないというのは舐めているのかな?」
「単純にフェアじゃないだろ。あんたの武器壊したらあとは素手しかない。俺は武器を幾ら壊されてもいい。アンフェアだろ」
「……承知した。元より『英雄』と一戦交えられる事だけでも喜ばしい事だ」
「んじゃ、審判。合図よろしく」
「解説、ナタリア。解説しません」
「同じくエンブリオ。見たままがすべてじゃ。お察しください」
開始の合図と共に、俺は「加速」で一気に密着に等しい距離間合いを詰める。
俺は野太刀、相手は騎士剣と長物だ。俺が野太刀を鞘から引き抜く事も、相手が騎士剣を振り下ろすのも困難な状態だ。
俺はそのまま野太刀を抜刀する勢いで柄を思い切り胴にぶつける。
いくら防具を身にしていても、その衝撃を全て緩和する事は不可能だ。
体勢を少し崩れたのを確認し、足元を蹴り転ばせる。
そして引き抜いた刃を相手の首筋に添える。
「……降参だ」
しんと静まりきった闘技場内。
うーん、一番穏便にしたつもりなんだけど。
エンチャントもしてないし「加速」しか使ってないし。
「強い奴はスキルとかクラスとか武具とか全部関係ないんじゃよ……。はあ、だから『ナユタはいかん』のに」
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