フェアリーダンス

「いや、まさか勇者でもないただの人間に傷を負わされるとは思わなかったよ」


 敵将は涼しい顔をしてそう発した。


「私にも立場があってね。君のような強い者を無視はできないんだ」


 そう男は言うとエミルの広範囲スペルなんて目でもない豪炎を発動させた。

 当然周囲にいる魔族の集団は消し炭になり、俺らはというとエンブリオの「アトラクト」のおかげでなんとか耐え切った。

 大ダメージを受けつつも意識を保っているエンブリオにアルは何度も「ヒール」をかけていた。


「味方ごとかよ」


「味方、と言うべきかはさておき、これらはこの戦で死んでくれたほうが都合が良くてね」


「こっちとしてもありがてえ話だ」


 ほぼ強がりだ。

 雑魚相手にしてたほうがマシだ。

 逃げたい、逃げ出したい。

 しかしそうもいかない。

 どうやって「『ワープ』で逃げてきた俺をすぐに追ってきた?」という懸念が撤退という手段を実行できずにいた。

 アルも突然やってきた敵を前に「テレポート」をしないでくれた。

 相手の移動手段がわからない以上、迂闊な撤退がそのまま敵将を引き連れてしまう可能性があるからだ。


 エンブリオは「ヒール」のおかげで重症から立ち直ったが、戦えるほどのコンディションではない。

 アルはそもそも戦いには向いてない。

 俺は「オールエンチャント」の反動と「スキルブースト」を使い切っておりまともに戦えない。

 そもそも全力で戦っても手に切り傷1つ負わせるのが精一杯だった。


 残すはナタリアだ。

 当然、今は俺より弱いナタリアがあの男に勝てる見込みはない。

 ではどうする?

 ナタリアだけでも無事に逃げられるようにする?

 冗談じゃない。

 俺の恋人舐めるなよ。


「ナタリア! あの男、お前が倒せ!!」


「……任せて!」


 ナタリアだって相手の力量の違いを痛感している。

 しかし俺の激に応じてくれた。


「『マルチウェポン・アンロック』 ナタリア! 理想の剣を思い浮かべろ!」


 すると、ナタリアは一本の剣を引き出した。


「これって……」


 ほとんど身動きが取れないので、直接ではなく「マルチウェポン・アンロック」で無理矢理ナタリアに剣を託す。

 けど信じている。俺が作った、ナタリアの為の剣だ。選ばれないはずはない。


「見た目はお前の剣と同じだけど『英雄』を追加で付与した。今のお前は十分間だけなら、俺より強い」


 英雄の剣。

 ナタリアのために作った、ナタリアが『英雄』になるための剣だ。

 『神位:英雄』の持つ恩恵を付与した、ナタリアが一番手に馴染む剣を作っておいたのだ。


 『神位』の付与なんて出来るのか自信はなかったが、何度も何度も挑戦し結果として完成した。

 物が物なのでナタリアには直接渡さず、「マルチウェポン」に収納していた。


 今のナタリアは名実共に『英雄』だ。

 しかも俺と違って恩恵に頼るだけではなく、剣士としてきちんとした努力と成果がある。

 そんなナタリアが『英雄』の恩恵を得たら……?


「はっ!」


 ナタリアは英雄の剣を手にし動き全てがスキルになりつつも、自身で磨き上げた剣士のスキルを行使する。

 敵将は俺と戦った時のように無関心であったが、その態度はすぐに変わる。

「ソードダンス」を超えた高速の連撃に障壁があっという間に削られていく。


「……『クイック』『マルチアンブレイク』」


「無駄よ。今の私は、ナユタより強いんだから!!」


 ナタリアの攻撃は一振りにして数度の攻撃を繰り出していた。

 『英雄』の恩恵で他のスキルが発動しているのかもしれない。

 けれど、ではそれが何なのか考える余地もないぐらいの剣捌きだった。

 そしてそのあまりに早く、そして美しい剣撃にこう思わざる得なかった。


 まるで「妖精が踊っているかのようだった」と。


 『英雄』の恩恵と俺が付与した「フルエンチャント」による身体能力の強化、そしてナタリアが今まで積み重ねてきた剣技を全力で行使する。

 音も光も時も何もかも置き去りにする超高速の連撃は、オリジナルスキル『フェアリーダンス」とでも言うべきか。


 男は都度障壁を張りなおしているが、その異次元とも言える高速の攻撃に遅れを取っていた。

 障壁がすべて破れ、男が障壁を張りなおす前にナタリアの渾身の剣撃が男の右腕を切り裂いた。


「……面白い。まさか、たかが普通のエルフが私の腕を持っていくとは。この時代は実に面白い」


 そういうと男は瞬きをする間もなく姿を消した。


 勝ったのか……、いや命拾いしたというべきか。

 それもわからないまま、男とナタリアの戦いが終わりを告げた。

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