この一ヶ月、意外と普通

 師匠に修行を付けてもらう以外は、わりと普通の生活をしていた。

 修行で疲れた体を実家の風呂で癒し、お袋の飯を食い、家族と仲間と取りとめのない話をして、そのまま眠気の限界前に布団にもぐる。


 朝は料理屋で慣れているのか、概ね朝日が昇りきらない内に目が覚める。

 軽く自室で体を解し、ランニングでもしようかとするとエンブリオとばったり会う。

 お互い適度に汗を流し、日によっては手合わせをする。

 親父とナタリアとエミルが目覚める頃には家に戻り、全員でお袋の作る朝食を食す。

 うーん、絶対に俺のほうが料理の腕は立つと思うのだが、なんだろ俺より美味いんだよな。

 人に食べてもらって喜んで貰える料理、というのはある意味究極の奥義なのかもしれない。

 料理を始めてまだ1年足らず、先は長い。




 エミルは勢いで付いてきたものの、この国、この村でやるべきことはない。

 この村が特殊とはいえ、ヒガシは男尊女卑が根強い国だ。

 エミルによってあまり良い環境ではない。

 なのでいつも通り、何かの研究に勤しんでいる。

 料理屋の仕事がないし<英雄>への干渉がない分、集中しやすいのだろう。

 不満も自慢もなく、飯や風呂と、あと申し訳程度の掃除以外は淡々と研究を進めていた。

 ……時々でいいから進捗聞かないと、とんでもねえ事実現してねえかって気持ちはなくはなかったが、まあ『賢者』だし、隠す方法さえ間違わなければいいか。




 エンブリオは普段どおりだ。

 体は訛らせず、日中は土草を親父と一緒に弄る。

 まさにスローライフの模範だ。

 食材を調理する身としては、育てる喜びはわからん。

 さっさと材料になれ、って思ってしまう部分があるので、ここらはギャザラーとクラフターの認識の差があると思う。




 一番の問題児、ナタリア。

 何が問題かって? 隙あらば発情してくるあいつが、ここに着てから一度もそういう事してこない。

 お互い、実質禁欲生活。

 ……いきなり爆発していつも以上に迫ってこない?

 俺も俺で、ナタリアに触れてないし、歯止め効かないんだけど?




「おはよう、ナユタ」


「おう、珍しいなこんな時間に。おはようナタリア」


 いつも俺がランニングを始める時間だが、ナタリアが居間でお茶を飲んでいた。

 服装は寝巻きのままというラフなままだが、寝ぼけているわけではなさそうだ。


「ナユタにお節介する必要もないかもけど、起きたあとちゃんと水分取ってる? あ、寝ている間に口の中、病原菌みたいの繁殖するらしいから歯磨きしたわよね?」


「お袋か!? 普段あんま気にしてなかったけど、ここ戻ってからは意識してる」


「そう、ならいいの。……じゃ、頑張ってね」


「おい遠慮は止めろ。お前がそんな事のためだけに早起きしねえだろ。いや嬉しいけど、その顔、本当の目的と違うだろ」


「……。違うけど、でもいいの。ごめん、忘れて?」


「止めろつってんだろ。なんだ? 勝手に勘違いしてすれ違う恋愛小説みたいば雰囲気? 止めろ?」


 俺はそのままナタリアにしがみ付くように抱きしめた。

 そしてそのままエルフにとっての性感帯、らしい耳を軽く噛む。


「んっ……」


「最近、全然こういう事してねえな。ナタリアの感触、ほんと好き」


「ちょっと、だってここ、ナユタの実家よ!? 周りの目もあるし、ナユタだって修行が目的で――」


 黙らせるように唇を奪った。

 そのまま舌でナタリアの唇を舐める。

 ナタリアは脱力し、口への力を弱めた。

 俺は自分の舌をナタリアの口内に這わせ、結構無理にナタリアの舌と絡ませた。


「――ッ!」


 ナタリアも恐る恐ると言った感じに、俺の舌に自身の舌を絡めてくれた。

 脳髄がとろけるほどの痺れる感触がたまらなく愛おしかった。


「愛してる。だから、遠慮は止めろ」


「もう、バカじゃないの……。こんな激しいキスが欲しいって思うほど、まだ私は平静のつもりなんだけど」


「じゃあ、俺が悪いな。ナタリアと何があっても、ずっと抱きしめあったりキスしたりしたいって思う」


「……、このまま妊娠報告をしましょ? ランニング代わりに私が借りてる部屋に来ない?」


「行かねえわ! つか、エルフって着床から出産までどのくらいかかるっけ」


「概ね十月ね。人間と同じよ。来年にはお孫さんができますよ!ってこの後宣言しましょ?」


「いやー、きついっす。クソ恥かしいわ! 家出したはずの実家で子作りとか恥かしすぎて死にたくなるわ!」


「まあけど『英雄』で寿命五百の人間との子が、果たして普通に産めるのか疑問よね」


「やめろ。お互い普通の『人間』と『エルフ』だから」


 修行で人間辞めはじめてるから、正直そのツッコミ笑えない。

 ……心の準備ってのは、こういうことか。

 まあでも、この力で『人間』辞めて、エルフ並の寿命になって、そのまま不老不死になってもいいかなって思う。

 ナタリアに見取られるより、ナタリアを見取りたい。

 ついでにエンブリオもな。

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