戦いは始まる前から勝敗が決まっている、訳がない
アルの『テレポート』でナナシー村に戻り、俺の家のリビングに<英雄>と元勇者組三人が集まった。
事のあらましを説明すると、ナタリアとエンブリオは素直に承諾してくれた。
「ボクの本格的なデビュー戦だね?」
「いやお前お留守番な」
「えっ、なんで!?」
「流石に無理。こういうのに参加したきゃもっと訓練しろ」
「……、わかった」
「てことで、俺、ナタリア、エンブリオの三人で」
「待って。僕も行くよ。前衛3人でこの大軍攻略は無理だ。だから僕が支援する」
勇者の支援って、それ役に立つのか?
「まず僕の『テレポート』でククリス村までは一瞬で移動できる。あと最悪の場合、撤退時にも『テレポート』で全員で遠くに離脱できる。なんならナナシー村にもね」
「確かにそれはありがたいのう。大軍相手は当然長期戦。撤退先が敵陣営前ではなく安全地帯なのは圧倒的に優位じゃ」
「あと後方支援だけど、バフに関してはナユタに任せたほうがいいと思うけど、純粋な回復の面は任せて欲しい」
「アルのセカンドクラスって彫金師でしょ? 勇者に回復スペルってあったかしら?」
ナタリアはちらっと俺を見る。いや勇者のクラスにそれはねえよ。一々疑惑の目を向けるの止めろ。
「最低限のスキルとスペルは自力で覚えた。勇者なら全てのスキル、スペルを取得できるらしい」
「えっ、マジで!?」
勇者クラスを持つ俺が一番最初に驚いた。
「凄く訓練が必要だけどね。クラスの恩恵がないから、ほんとモノマネ程度なんだけど」
それでもすげえわ。俺ですら『英雄』の恩恵のせいで、その可能性を考慮していなかった。
すげえな勇者。いつか俺も『英雄』に頼らないスキルやスペルを覚えてみるか。
「だから僕はLv1の『ヒール』が使える。けど、勇者のスキル『スペルブースト』で一時的にこの『ヒール』はレベル最大として扱われる」
変に上級クラスの回復スペルよりレベルマックスの『ヒール』のほうが効果は高い。
「『スペルブースト』の効果は自分の勇者のレベルにつき1秒使える。僕の勇者のレベルは68だから、最大68秒だね」
「……けどその1分ちょいしか使えないスキルでどうすんだよ」
「あくまで『スペルブースト』はスペルを発動する時だけにしか使わない。ヒール分の魔力を練って、発動すると同時に『スペルブースト』を起動し『ヒール』を発動させる。そのあと『スペルブースト』をオフにするんだ。発動から効果反映まで大体1秒だから、連発しても68回はスペルを使える。」
マジか、ブースト系スキルってオンオフできるのか。
やっぱアルは本物の勇者だわ。
そんな発想なかった。
まあ『スキルブースト』を使う場面は常に起動しなければならない状況なんで、あくまで参考程度に。
「この『スペルブースト』は10分に1秒リキャストする。なので実際、英雄三人と組んだ場合『スペルブースト』の効果時間より僕のMP切れが先になると思う。あと似たようなスキルで『スキルブースト』があるから自衛もできる。エンブリオは後衛の配慮はしなくていい」
「五分五分ぐらいかと思っておったが、光明が見えたの」
「ええ、回復が望めるなら多少強引にでも攻められるわ」
「うっし、あとは装備だな」
おやっさんに工房を借りて、ナタリアとエンブリオ、アルの武器を新調する。
ナタリアの剣は前に見せてもらったので、あれに近しいものを俺のもつクラスの全てを次ぎ込んだ剣を作り、渡した。
エンブリオは普段使っている斧を模倣し、あと『マルチウェポン・アンロック』の際に引き出した大斧に類似したものを作成し渡す。
アルの持つ市販の剣は仕方なく使っていたとの事で俺の『マルチウェポン』で引き出した剣をいくつか手に取らせ、一番手に馴染む剣をそのまま複製した。
「わかってると思うけど、国宝級の武器を普段身に付けるような馬鹿はしねえよな?」
「もちろん。無駄に目立つ意味がないよ」
「わしのスローライフを壊しかねんわ……」
「ナユタが私のために作ってくれたものだし、普段は大事にしまっておくわ」
「よろしい。んじゃ解散。俺は俺用の武器を幾つか作ってるから、出て行ってくれ」
「「「了解」」」
嘘だ。
これは俺のための武器じゃない。
万が一のための切り札を作る。
そして切り札は必ずしも、自分の為だけのものではない。
『オールエンチャント』
数々のフルエンチャント系スキルをすべて同時に発動する付与師のスキルだ。
これはあくまで同時に発動するだけなので、さらに他のフルエンチャント系スキルとは重複できない。
個別の付与は発動するけど。
何度も何度も失敗し、失敗作を錬金術で素材に還元し、失ったものを生成する。
そしてただひたすら剣を打ち、錬金術と付与のスキルを叩き込む。
失敗。また繰り返す。
何時間経っただろうか。まあ、どうでもいい。
「出来た……!!」
英雄の剣。これが今回の切り札だ。
俺はそれを『マルチウェポン』に収納した。
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