世界は過酷だが、身の周りはちょっとだけ優しい

「リザリー! 奥の部屋用意しろ!!」


 俺は大声でリザリーを呼ぶ。


「既にご用意しております。ナユタ様とアルフォード様、どうぞ」


 さすが。伊達に受付の長を務めてない。


「ナユタ!? なんでここに!?」


「たまたま。ナナシーで買えないものは時々街で買ってるんだよ。ついでにギルドに寄っただけ」


 本当は『ワープ』の座標がこの街だとギルドしか認識できないだけだ。

 そして移動してきた途端アルと受付嬢がぎゃーぎゃー騒いでいるのを耳にしただけだ。





「先程は失礼しました。先の者は厳重に処罰します。どうかご容赦を」


「いいから本題を言え」


「……、よろしいのですか?」


「何が」


「このクエストはナユタ様にもアルフォード様にも、まったく無縁の話です」


「それを決めるのは俺らだ」


「……。ククリス村は元より魔王の領土との境目でした。しかし共にただ領土が隣り合っているだけで、今まで被害は一切ありませんでした。なので、ギルドも、国も、ここから侵攻される可能性を無意識に捨てておりました。ですが最近、魔王軍に動きがございましてどうやら拠点の設置及び大軍の移動、そして大量の物資が運ばれていることが判明しました」


「どちらが本命かはわからないけど、別の大軍で勇者とまったく関係ないところに誘導し、手薄なククリス村から攻めてくるってこと?」


「可能性の範疇ですが、楽観視できません。攻め入ると考え対策を練っております。しかし現勇者と対峙している軍もかなりの大軍、かつ錬度がありまして、決着まで最悪あと一ヶ月以上はかかると想定しております」


「その間にさくっともう片面の軍勢が手薄な所から着実に進攻ってか。まあ、二面作戦にしては上出来だわな」


「ですので破格の報酬を元にキングダムクエストが発行され、各地のギルドに配布されたのが一昨日でした」


 キングダムクエスト。

 国が発行する、クエストの中でも最高峰のクエストだ。

 もちろん難易度は高い。

 通常のクエストのランクSが、ギルドクエストC相当。ギルドクエストSがキングダムクエストC相当だ。


「今回の難易度は?」


「Aとはされてますが、正直申し上げまして、Sはくだらないかと」


「国内でのクエスト受注者は?」


「まだ発行されたばかりですが、今のところ0人です」


 美味しいクエストならすぐ誰かが受領する。

 しかし誰も手をつけないってことは、幾ら待っても誰も手を上げないだろう。


「わかった。俺だけで決められねえから、一旦戻って仲間と相談してみるわ」


「……正気ですか?」


「やれねえ奴に無理矢理やらせて無駄死にさせるぐらいなら、出来そうな奴が何とかするのが一番だろ」


「これはあくまで個人的な意見で、ギルドの意向ではありません。ですが言わせてください」


 すっ、とリザリーは深呼吸をし


「なんであなたはそんな無茶ばっかりするんですか!? お強いのは存じてますが、だからってわざわざ死にに行くような事しなくてもいいじゃないですか!? 今はもう恋人もいるのでしょ? なんで平和に暮らそうとしないんですか!!」


 涙ながらに訴えるリザリーを他所に俺は淡々と答える。


「別に俺がやる必要はねえかもしれない。けどいずれ誰かがやるんだ。それが俺ってだけだよ。それにこのまま魔王が攻めてきたら、それこそ俺の平和な暮らしがなくなる。だからさっさと傷が膿む前に消毒するだけだ」


「……わかりました。けど約束してください。失敗してもいいから、死なないでください」


「誰が好き好んで死ぬかよ。じゃ、一旦預かる」




「ナユタはそれでいいの?」


「何が」


「それは本来、勇者が挑むべき戦いだ。英雄って呼ばれてても、ナユタが――」


「うっせえ」


 俺はアルの肩を叩いた。


「実際受けるかはナタリアとエンブリオ次第だけどな。けど俺が受けてなきゃ、お前が受けてただろ?」


「そりゃ、元はだけど勇者だしね」


「それこそ、それでいいのか? 勇者やっと辞められたのに、そんな捨てたはずの義務感で死にに行くのか?」


「それは……、勇者ってクラスだから、そういう運命なんだよ」


「お前帰ったらロロイナに謝罪な。ごめんなさい、とかいう口だけのじゃなくて、抱きしめたり撫でたりそういうの。あと勇気があればキスぐらいしてやれ」


「ちょっ、それ何の意味が!?」


「お前が死んだらロロイナどうすんだよ。お前と婚約して、最近結構明るくなってきたのに下手すると後追い自殺するぞ。わかるか? 人を愛して、相手も自分を愛してくれるならお前の命は一人のものじゃねえんだよ。だから、ちゃんと謝れ。大事にしてるって行動で現せ。あと絶対に生涯添い遂げるんだって改めて誓え。そのための婚約だろうが」




 ――ありがとう。

 僕は感謝する。

 世界は腐っているかもしれない。

 自分に対し余りに厳しいかもしれない。




 けれど、僕の周りは、ちょっとだけ優しい。

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