愛し方

「遅い」


「……悪い」


 俺は夕食後、片づけを一通り済ませナタリアの家に訪れた。

 そんな拗ねられる程遅くなったつもりはないが……、まあ思うところはあるんだろう。

 ポンコツ三人組が来てから、俺とナタリアの二人きりの時間が激減している。

 多分、そんな所からの不満だろう。

 あと数日でアルは俺の家から、自分の家へと引っ越す。

 そのあと数日が耐えられないぐらい、ナタリアは寂しい思いをしてたんだろ。


「とりあず上がって」


「お、おう」


 怒りというか、密かな決意みたいなのをナタリアから感じ取り、ちょっとだけ冷や汗が出る。




「抱いて」


「抱っこか?」


「誤魔化さないで」


「冷静になれ。自分でできねえなら付与スキルで維持でも冷静になってもらうぞ」


「……なんでそんな風に拒むの? そんなに私は魅力がない?」


「そう言われてもなあ」


 色々理由はある。

 いやだからこそ全部きっちり話すべきか。


「その気持ち、ただの焼きもちだろ。あと寂しいとか、そういう感じの」


「そうよ? 悪い? 最近のナユタ、アルと一緒の時、私と一緒の時より楽しそうだもん」


「だから抱かれるって、それで誤魔化してどうすんだよ」


 と言いながら、俺はゆっくりとナタリアの体を抱きしめた。

 性的な意味ではなく、純粋な抱擁だ。


「寂しい気持ちを晴らすための間柄じゃねーだろ俺らは。ただ純粋にお互いが愛おしいから色々おっかなびっくりと、抱きしめあったりキスしたりしてきただろ」


「…………ごめんなさい」


「反省したならよし」


 俺はナタリアの頬に優しく唇を添えた。

 そしてナタリアを解き、まるで自分の家のようにリビングのソファーに座った。


「いつも通りでいいじゃん。焦る必要ねえよ。あのポンコツ三人組は、俺とナタリア、それとエミルみたいな間柄だ。そこに嫉妬とかしてもしゃーねーよ」


「なんでナユタはそんなに余裕なの? ただのチキンじゃなくて、今のは凄く大人っぽい」


「おいチキン言うな。あれからちょくちょく進展してんだろ。いやまあ、アル見てると、あれが本物なんだなって思ってさ。アルのロロイナへの愛情、ほんと、悔しいぐらいすげえぞ。好きな女と物心つくころから居て、ただただ保護者みたいな体を取り繕えてるんだぜ。ほんと笑えるぐらいすげえよ。」


 俺はたった二年前の初恋が実り、それから半年でその愛に溺れつつある。

 いやただの肉欲か。

 愛ってのはアルがロロイナ抱く慈しみの事を指すべきだ。


「何がすげえって、あいつさ。全然我慢なんてしてないんだぜ。今が一番幸福って顔してやがるんだ。ほんと、敵わねえ」


 俺はナタリアとの関係を少しずつでも深めたいという欲がある。

 言ってしまえば、それはただの性欲でしかない。

 快楽をもっとナタリアで味わいと言う下卑た思考だ。


 けどアルはそれがない。

 俺がナタリアに対して抱く欲よりも、とてつもなく大きな愛をロロイナに与え、何も求めない。


 アルが勇者? 冗談。ああいうのは聖人っていうんだ。


 大多数を救う勇者じゃなくて、ただ一人を守る聖人になったアルはとても輝いている。


 さて、俺は『英雄』から『ナタリアの恋人』になって、何か変わったか?

 何も変わらない、ただの十八歳の男でしかない。

 ナタリアの柔らかい体を求め、耳を噛んだ時の艶やかな反応を楽しみ、唇を重ね刺激を求めるただの発情した猿だ。


「よかったじゃない。アルっていう、『今は敵わない』って思うライバルが出来て。そういうのナユタは好きでしょ?」


「まあ、確かに違えねえが……」


「でもね、ライバルに勝つ方法が必ずしも相手と同じ事をするわけじゃないのよ?」


 ナタリアはいつもより真面目な顔をして言う。


「ある剣士が居ました。自身こそ最高の剣士だと自負してましたが、自分の剣より優れた剣の才能を持った人が現れました。剣士はその人をライバルだと思ってしまいました。けれどそのライバルの剣筋はまったく違っていました。ではその剣士が取った行動は? ライバルの真似をする?」


 きっと昔のナタリアと俺の事だろう。


「……いや、さらに自分の剣を磨き上げる」


「正解。さっきから敵わないとかなんだかんだ勝手に言うけど、恋は一人じゃできない、恋人は二人でなるもの。その正解は十人十色だと思うの」


 ナタリアは、ふうっと一息入れ先程から見せていた険しい雰囲気がほぐれた。


「なんだ。ナユタも嫉妬してただけじゃない。アルみたいに私を愛せないって考えてたんでしょ。もう馬鹿馬鹿しい。最近スキンシップ減ったのもそれじゃない。ただのモノマネとか、らしくない。ナユタはナユタらしく私を愛してよ。じゃないと不安になっちゃう」


 嫉妬、嫉妬か。正確には憧れか? こんな風にナタリアを愛せたらっていう願望は確かにあった。


「私はナユタが好きよ。愛してる。この気持ちと、ナユタへの愛し方は私だけのものよ」


「……俺は、ナタリアが好き、愛してる。俺も、俺ができるようにしかナタリアを愛せない」


 愛はそれぞれ、愛し方もそれぞれ、か。

 ふと、誰かの恋をみたことがない俺だから、それが手本だと思い込んでいただけかもしれないと気づいた。

 俺は俺だ。

 モノマネは出来ても、本心でそれを通すことはできないだろう。

 だから、俺は俺の望むまま、ナタリアを愛していこう。


「って事で、抱いて?」


「おいシリアスな雰囲気壊すな」


 生意気な口を塞ぎ、そのまま抱きしめあった。

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