引越しパーティと誕生日プレゼント
ついにアルの家が完成した。
明日からアルたち三人は向かいの家に住むことになる。
たった一ヶ月だが、五人で毎日騒いでいた生活は中々楽しかった。
ちょっと名残惜しいが、まあ改めてアルがアル自身のための人生再スタートとなるんだ。
その門出を祝ってやらねえとな。
今日ばかりはナタリアとエンブリオはうちでの夕飯を遠慮してもらった。
あくまでこの一時的な五人という家族で祝いたかった。
俺が渾身を込めて作ったご馳走を囲いつつ、普段どおり取りとめのない会話をしていた。
「いいかアル。せっかく料理覚えたんだ。ロロイナとセレンの飯ぐらいなんとかしろよ?」
「もちろん。そのつもりで覚えたからね」
「ボクが言うのもなんだけど、ロロイナとセレンも覚えるって発想がないのが不思議」
「……わ、私にそんな器用なこと、無理」
「その代わり私は掃除と洗濯を覚えました! ええ、アルに尽くすためです!!」
「へえ意外。エミルみたくただの寄生虫かと思ってたわ」
「うるせーです、この野蛮人! 私だってそろそろ成人する女ですよ。家事ぐらいできます!!」
「だってよエミル」
「いやボクだって一通りできるしやっている。けど、自分で掃除したあと『あ、ここまだ汚れてる』ってナユタがナチュラルにボクの自尊心を傷つけつつ細かい所まで掃除するから気づかないだけ」
「お、おう。すまね」
「まあ洗濯はボクの担当だけど」
「いやまあ、流石に任せざる得ないだろ」
一応の気遣い。女性の下着を男に洗濯されるの、嫌かなって。
「ところでナユタ。明日家具とか色々生活品を買いに行こうと思うんだけどアドバイスが欲しいな」
「家具は棟梁に聞いてみ。もしかすると既に他の職人を巻き込んで用意してるかもしれねえ」
俺の時がそうだったから。
この村の職人は家を建てると内装や設置する家具、そしてそのレイアウトまでがっつり設計している節がある。
ありがたいんだけど、もはや「俺たちの考えた最強の家」を実現しているだけな気がする。
「生活品は村の中央にいくつか店がある。どこも一級品だから、いくつか周って気に入ったのを買うといい」
「なるほど、ありがと。あともう1個相談があってさ」
アルは俺の横に移動し、耳打ちをした。
「(明日、ロロイナの誕生日なんだよ。プレゼントってどうしたらいいかな?)」
「(そういう話、俺に聞いてどうすんの? ロロイナの趣味は知らないし、女が喜ぶ物もわからねえよ)」
「(ナタリアにはプレゼントした事ないの?)」
「(そういや、一回もそういうのないな)」
機会がなかったし。
「(アルは今までどうしてたんだ?)」
「(勇者生活してたここ五年はそんな余裕なかったよ。それまでは子供でも買える雑貨をあげてたよ)」
「(なるほどねえ。もう二十歳だし、そうもいかんか。格好つかないと)」
「(そうそう。無難にアクセサリーをって思ったけど、ロロイナってそういうの毛嫌いしてるし)」
ロロイナねえ。黒髪を無造作にただ伸ばしているだけのぼさぼさヘアー。目元も隠れてている。
無口で口下手で前髪の所為で表情はあまり見えないけど、口元はいつも動かない無表情。
エミルも口下手無表情だが、ロロイナの場合加えてどこか暗いんだよな。
なんていうか、自分に自身がないというか。
「(セカンドクラスが彫金師なのに、好きな女がアクセサリー嫌いとか、不憫すぎるだろ)」
「(まあ、仕方ないよね。ごめん、やっぱ自分で考えるよ)」
ははは、とちょっと寂しそうな顔を浮かべ、アルは去ろうとした。
「ちょっと待て。案ならない事はない。だが覚悟がいるぞ」
「……? それってどういう事?」
「それはな」
俺の案を聞くと、アルはまずは驚きの顔を浮かべた。
だがしばらく考え、うんと頷いた。
「それが今、僕がロロイナの為にできる一番のことなんだね」
どうしてこうなった?
「やっぱりロロイナは髪の痛みが激しい。」
アルとセレンは今日から住む家のための生活品を買いに行っている。
私はというと、人見知りで人ごみが苦手だからと、ナユタさんの家でお留守番となった。
そして何故かエミルさんに強引に姿見の前に座らされ髪を弄られていた。
「いつもうちのお風呂に入っているのに、おかしい。普段どうしているの」
「ど、どうしてるって。普通に洗って……」
「その普通と思っている行為が普通でない可能性があるから聞いてる。具体的に」
「シャンプーを借りて、ごしごし洗ってる」
「コンディショナーは? この長さじゃトリートメントも最低週に一回は必要だけど?」
「そ、そんな贅沢品、私には勿体無い」
「はあ、やっぱり」
ボクにもそんな時期あったなあ、なんてエミルさんは苦笑していた。
そして私の髪を一房手に取り匂いを嗅いだ。
「黒い容器のシャンプー使ってたね? それ、男性用」
「桃色のほうは、その、高そうで」
「これは重症。一応聞くけど、ロロイナはアルの事どう思ってる?」
「愛してる」
「即答なのはちょっと驚き。ともかく、ならちゃんと綺麗になる努力をしよ?」
「でもアルは」
「こんな自分でも愛してくれますって考えは捨てて。それは信頼でも甘えでもなくただの依存」
エミルさんの言葉は常に棘がある。
そして正論だからこそ、胸の奥底をつつく。
「逆に考えよ? 綺麗になれば、アルに褒めてもらえるよ? 愛してる人に褒められたら、どう思う?」
「……嬉しい」
「そう。だから女は綺麗になる努力をする。他の誰でもない自分のため。そしてそれで愛してくれている人が喜ぶなら、それは行動に移すべき」
「わ、わかった。明日からがんばる!」
「違う。今から頑張るの」
「へ?」
「大丈夫。事、髪の手入れだけはこの村で一番だと自負している。ナタリアの髪もボクが切っているから」
元々そのつもりだったのか、エミルさんはハサミと櫛と髪留めが既に用意していた。
今気づいたが床には汚れても言いようにビニールが敷かれていた。
エミルさんは手馴れた手つきで毛先を切って整え、梳きバサミで容赦なく私の髪を削いでいく。
そして前髪を、これまた容赦なく短く整えられた。
これでは、私の瞳がみんなに見られてしまう。
私は黒髪で黒目。産まれ故郷では忌み子として扱われていた。
だから隠す為に前髪を伸ばしていたのに……。
「完璧。ボクは天才」
そんな私の気持ちを知らないエミルさんは満足げにしていた。
けど、目元が見える自分の顔を見たくなかった。
「見込みどおり、ロロイナは光る原石。まさに黒曜石。ほら、鏡の自分を見て?」
エミルさんに促され、渋々と鏡の自分を見る。
「これが、私……?」
十数年ぶりに見る自分の顔に驚いた。
やや頬がこけているが、目元も垂れ目気味だが整っている。
まつげも長いし、まぶたは二重。
自惚れかもしれないけれど、セレンに負けないぐらいの綺麗な顔つきをしていた。
「すぐに自信を持つのは難しい。けど、自信は努力の結果付くもの。今はボクが後押しをしただけだけど、今後は自力でね?」
「は、はい! ありがとうございます!!」
「じゃあ、浴室に行こうか。一回の手入れでどこまでできるかわからないけど、その髪の痛みをなんとかしよう」
そしてそろそろ日が落ちると言う頃、アルとセレンが大量の荷物を持って家に帰ってきた。
「ロロイナ、おまたせ……。っ!?」
アルは私を見て、顔を真っ赤にした。
これは、アルが今の私を見て照れているってこと?
嬉しい。
これが綺麗になるってことなのか。
ありがとうエミルさん。
私はこれからも、エミルさんの教えを胸に頑張っていこうと思う。
「ナユタの奴、ほんと面倒見がいいよなあ」
アルはぼそっと呟いた。
アルたちはとりあえず二階のリビングに荷物を置いた。
セレンは「暑いですー汗で気持ち悪いのでお風呂貰いますー」と勝手に浴室に向かった。
アルだって同じだろう。そこは家主に譲ろうよ。
「ん? 僕はさほど疲れてないし、汗も全然かいてないから大丈夫だよ」
アルは私の心が見えてるのでは? ってぐらい察しがいい。
話さなくて済むから楽、とほんの少し前はそう思ってたけど、けど今は違う。
ちゃんと話がしたい。口下手だし、よくつっかかえるし、会話の間がもたないけど。
けれど、好きな人と話がしたい。
「どう? エミルさんに色々教えてもらったの。髪も切ってもらって、あとは整え方も教えてもらった。簡単だけど化粧の仕方も教えてもらったんだ」
「……綺麗だよ」
「あ、ありがと」
「……」
「……」
「ねえ、ちょっとベランダに行こうか」
もう既に日が落ち、夜中だった。
今夜は三日月が綺麗に夜空を照らしていた。
「今日が何の日か覚えてる?」
引越し……とは関係ないと思う。
なんだろ。思い当たる節がない。
「ロロイナの誕生日。二十歳の誕生日、おめでとう。これでロロイナも立派な成人だね」
そういえばそうか。
勇者としての生活が長くて、そんなどうでもいい日、すっかり忘れてた。
「はい、これ。僕からのプレゼント」
アルは私の左手を取ると、薬指に銀の指輪をはめた。
「これって……」
「婚約指輪。僕が作ったんだ」
今日という日は、色々激動的だった。
エミルさんに自分がそこそこ美人だということ、それと綺麗になるための方法を教えてもらった。
そして今、私は愛する人から最高の贈り物をもらった。
あまりに色々ありすぎて、私は気を失った。
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