不明瞭な戦い

 やれるだけの事はやった。

 俺たちができる限りの戦法を持ってして、相手の軍の七割程度は削った。


 けれど、敵軍に何も動きがない。


 これほどの損害があれば撤退が普通。

 もしくは玉砕覚悟ならば一気に攻めてくると考えるべきか。

 しかし、何も無いんだ。


 今日の戦の後、俺の家のリビングで今後についてを話し合った。


「この状況、どう考えるよ」


「わしらにとっては願ってもない展開じゃの。だが……」


「上手く行きすぎているわ。こんなの戦いじゃなくて、まるで無手の相手を虐殺しているようなものだわ」


「……その考え、外れてないかも。魔王軍はさ、前から時々『明らかに無駄に攻めている』って感じた事があるよ」


「敵布陣も不可解。あれはまるでボクたちに『この隊を消してください』と言わんばかりの配置。それぞれが敵襲に備えてフォローできる体勢できるはずもない状況だった」


「あー、なんだ。お前らの考え全部同意なんだよ」


 俺は口に手を当てて、幾つかの推論を立てる。

 希望的、楽観的、悲観的、絶望的、いくつかの考えを元に俺は現状の最適と思う考えを皆に伝えた。


「連中、『負けたがってる』か『勝利条件が負け』って考えるのが妥当じゃね」


 負けたがっているは簡単。

 このまま俺たちに戦力を削りきられ、ゼロにしてしまう事。

 むしろ敵軍が戦力、という人口を削りたがっているという考えだ。

 当然そこには敵軍の将も含まれる。

 内政で邪魔な家臣を前線に送り込み、そのまま名誉の死という名の処刑を行うのも珍しくはない。


 逆に後者の、「勝利条件が負け」という推論。

 これは逆に何を持って相手の勝利と考えているのかが見えない。

 例えば、侵攻作戦ではなくあの場で何かしらの事を行っていて、大軍はあくまで囮という可能性。

 同じく大軍という囮でもう一方の現勇者への援軍を逸らす作戦か。

 はたまたまったく予想できない何かのためか。


「結局相手が何してえか全然わからん。なら、もう拠点制圧、つまり将を討ち取るのが最善だと思ってる」


「異議なし。いつ敵陣に援軍が来るかわからぬ以上、戦力が減っている今だからこそ攻め入る必要がある」


「僕も賛成だね。『テレポート』での進攻も悪くないって思ってたけど、2週間近くでかなり疲弊してる。ダメ元で攻めるメリットは大きいと思うよ。最悪『テレポート』で逃げればいいんだし」


 エンブリオとアルは俺の提案に賛同してくれた。


「……申し訳ないけれど、私は反対だわ」


 ナタリアが声を沈んで手を上げた。


「ボクも反対だ。ナユタの考えには根本的な間違いがある」


 続いてエミルも手を上げた。


「ナユタの推論は全て楽観的すぎるわ。敵将を討ち取ればいい? 逆じゃない? 敵将が『私たちなんて目もくれていない』という可能性が外れてる。いつでも私たちを始末できるから今までずっと動きがないんじゃないの?」


「そうしたら逃げればいい」


「じゃあ聞くけど、ナユタが今頭に入れている『攻略方法』を口にしてくれる」


「……まず拠点周囲の魔族を屠る」


「はい質問。それは誰がどうやるの? 敵将を前にして今までのように消耗戦をするの?」


 エミルが鋭い質問をする。


「そもそも、その決戦にボクは頭数にいるの?」


「それは……」


 エミルは置いていくつもりだった。

 確かに凄く頼もしい戦力だが、あくまで広範囲攻撃のできる遠距離アタッカーとしてだ。

 今回は単体撃破とした行動になる。

 エミルという、最悪お荷物になる奴を連れて行くつもりはなかった。


「アルがボクを連れてテレポートで往復すれば、その周辺占拠はなんとかなる。けど、その後は?」


「…………」


 ナタリアとエミルの視線が痛い。

 なまじ考えを読まれているからだろうか。


「『拠点に入ったら、配置されてる敵軍はエンブリオを中心にナタリアとアルで迎撃しろ』」

「『その隙に俺は敵将を『索敵』で見つけて、討ち取りに行く』」


 なんだこいつら、完璧に俺の考え読んでやがる。


「そのしかめっ面。わかりやすいわねえ。恋人なめるな」

「伊達に同じ家に住んでると思わない事」


「という事で、この案はナユタが敵将の強弱問わず、一人で対峙する事前提の案なので却下よ」

「自分の力だけで何もかも思い通りになると思うのは、そろそろ治したほうがいい」


 ナタリアとエミルの糾弾を受け、俺はさらに苦い顔をしてしまう。

 言ってる事は正しいとは思う。だが、はいそうですかってならないのが現状なんだよ。


「……んじゃ、俺らをいつでも殺れるって奴らをこのまま放置すんのかよ。はっきり言うぞ。今の俺たちのパーティは間違いなく世界トップクラスだ。俺らで止められねえんじゃ、それこそ『今の勇者様』に泣きつくしかねえ。そもそもその勇者様が本当に俺たちより強いかわかんねえし」


「ナユタさ、いつも言ってたでしょ、世界を救うのは勇者の役目だって」

「ナユタは勇者じゃない。英雄かもしれないけど、だからって勇者の真似をする必要がない」


 ナタリアとエミル、対する俺の意見をぶつけ合いがひたすら続いた。

 中盤からほぼ感情論。

 俺はあくまで最善手を取るという意固地な意見と、俺がほぼ捨て身になっているという指摘からくる不毛な論争だ。


 互いに意見を出し尽くした後、しばらくの沈黙が続く。

 そしてエンブリオが一声上げた。


「そもそも、未だ相手が攻める気配がないのだから、ペースを落としつつでも現状維持でよいのでは?」


「三人の意見は正反対のようで、結局相手の軍が脅威って認識は変わらないよね。前提条件、放置はしない。でも誰が対処するかは今は決めない。これは僕の意見として聞いて欲しい」


 アルも言葉を続ける。


「本陣決戦とするか、それとも他の手を考えるか、別に今決めなくてもよかろう。今のところ優位なのはわしらじゃ。どちらにせよ休息は必要だろうに。せめて明日一日ぐらい休日としてはどうかね?」


「……反対意見」


「「「「なし」」」」




「ねえナユタ。この後、一緒に行きたい所があるんだけど」


「……いいよ、付き合ってやる」


 日が落ちるまでナタリアとは罵倒にも近しい会話をしていたけど、結果として保留という和解に至り普段の距離感が戻りつつある。

 少しぎくしゃくしているが、先の謝罪も含めて俺はナタリアのお願いを叶えた。


 手を握られ、ナタリアに連れられたのはこの村の麦畑だった。

 ホタルの光と月夜に照らされているその光景はちょっとした幻想的光景だった。


「綺麗でしょ。この麦畑、私たちがここに来てからずっと綺麗なままなの」


 ナタリアは手を強く握ってきた。


「半年くらい前は廃墟同然の村だったけど、この光景は綺麗だった。そしてナユタががんばってこの村はとっても豊かになったけど、この景色は変わらない」


 片手は俺の手を握りつつ、片方の手を俺の腕に絡ませた。


「厳しい事を言うけれど、ナユタに関係なく平和な所はいくらでもある。そしてナユタが頑張っても変わらないものもある。ねえ、勇者で『英雄』だけど、ナユタはそんなに頑張る必要ないと思うの」


「……。別に、ただの我侭というか、なんていうか」


 俺は今回の件でいつも以上に張り切った理由を振り返る。

 切っ掛けは簡単だ。

 アルに少しでも手助けしてやりたいと思った。

 ほんと単純な理由。

 二つほど歳は離れているが、アルがナナシー村に来てから数ヶ月だが、友人と呼べる程に近しい関係となった。

 そのアルが元勇者、という肩書きで魔王軍と退治するという選択をするのを止めたかった。

 元勇者ではなく、<英雄>としてならばきっとなんとかなる。なんて楽観的な考えだ。


 エンブリオは恩人、ナタリアは恋人、エミルは世話のかかる同居人。

 そういう意味では友人、親友と呼べるアルのために何かしたいと思うのは自然だと思う。


 だが実際、敵陣に挑んでわかった事がある。

 これはこのまま放置はできない。


 『英雄』や勇者としてではないが、このままではこの国は滅ぶと思い最善の手を打たなければならないと思ったのだ。


 偶然クエストとして状況を理解し、先手を打てたのは幸いだった。

 攻められてからでは取り返しが付かない程の戦力が相手方には用意されていた。

 アルが一緒に戦ってくれて『テレポート』での不意打ち作戦で敵軍を削りに削れたが、あれらが一斉に攻めてきたら対処のしようがなかった。


 だからだ。

 俺は、何にも縛られずまったりとナタリアと幸せに過ごしたい。

 その障害になる魔王の大軍は見過ごせなかった。


「俺が土地ごと家を買った時『永住するつもりなの』って言ったの覚えてるか?」


「え? ああ、確かに言ったわね」


「俺はこのまま、この村で平穏無事に過ごすのが目的なの。その邪魔する奴は俺が出来る限りでなんとかしようって思ってる」


「それは……」


「平穏のために危険な事するっておかしいかもしれねえけどさ。でも俺は俺の幸せのを誰かに委ねるつもりはない」


 力も『マルチウェポン』や神位『英雄』、クラス勇者。あとはクラスによる自分で作った武器と付与スキルが俺にはある。

 だから、誰かに委ねない。

 俺の平穏、幸福は俺の手で掴み取る。


「俺は俺の為に戦う。俺がナタリアと幸せに生きていく為に、何がなんでもだ」


 俺はナタリアの頬に口付けをする。


「必ず勝つとか、守るとか、そんな事は言わねえ。けど、俺は絶対にナタリアを幸せにする」


「……それ、プロポーズだと思っていいのかしら?」


「こんなセンスねえプロポーズあってたまるか。もっと普通にするから、もうちょい待ってろ」


「ふふっ。うん、待ってるわ」


 俺とナタリアは自然と唇を重ねた

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