戦の終わり

 浅黒い肌、そして青い髪の男は薄暗い廊下を歩き、彼の主の下へ向かっていた。


「おや、ハーヴェイ将軍ではないですか。今は戦地を任せていたはずですが、何故ここへ?」


「我々の軍は全滅した。そして私も見ての通り手負いだ。つまり、貴様の作戦は失敗したということだ」


 ハーヴェイと呼ばれた青髪の男は不快そうに初老の男を睨みつけた。


「おやおや、我が国最強と名高いハーヴェイ将軍も数万も生きれば衰えが出始めたのですかね」


「否定はしないでおくが、私の実力に疑問を抱くなら貴様の命を持って証明してやってもよいぞ」


「それは怖い怖い。さて、私の予想よりも早すぎる決着ですが、まああの数を減らしてもらえたのは行幸。次の作戦でも考えますかのう」


「……あまり調子に乗るなよ」


「滅相もない。我が軍の指揮権は魔王様直々に与えられたもの。誠心誠意勤めさせていただいております」


 初老の男はそういうと、ハーヴェイの横を通り過ぎていった。


「愚物が。主に遊ばれている事に気づかないとは」




「我が主。ハーヴェイでございます。どうか謁見の許可を」


 ハーヴェイは魔王の私室の前に足を運んだ。

 片膝を立て、頭を垂れながら彼の主、魔王に声をかけた。


「おお、ハーヴェイ! 久しいな!! そんな畏まらなくても良い。さあ、入りたまえ」


 ウェーブのかかった長い金髪、そして同じく金色の瞳を持つ少女がすぐに現れた。

 浅黒い肌のハーヴェイとは違い肌は透き通るように白い。


 ハーヴェイは少女に促されソファーに座る。

 そして少女は鼻歌交じりに紅茶を煎れはじめた。


「我が主、何度も言いますがそういった事は従者に任せるべきでは」


「何度も言い返すが、これは余の趣味じゃ。あと誰が淹れたかわからぬものを口にするほど無警戒ではない」


 ハーヴェイは魔王に出された紅茶を手に取り一口つける。

 少女の淹れる紅茶は別格だった。

 一ヶ月以上も寂れた廃墟で自分の淹れた不味い紅茶を飲みつつ読書をするだけの日々を思い出し、退屈と不便さに少しだけ憤りを感じる。


「して、今は前線に立たされていると、誰だったかのう……オル、オル……」


「オルコットです」


「ああ、確かそんな名前じゃったの。それで今日は何用で戻ってきたのじゃ?」


「我が主へのご報告です。我が部隊は勇者ではない『四人から五人程度の少数部隊』に全滅させられました」


「なんと。力量はともかく、それなりに多くの魔族を送り込んだと聞いていたのじゃが……」


「強かったですよ。私もほら」


ハーヴェイは肘から下を失った右手と、軽症だが傷を負わされた左手を見せる。


「ハーヴェイに手傷を……。ふむ、確かにそれだけの力があれば大軍とはいえただの有象無象ぐらい軽く潰せるか」


「私も驚きましたよ。戦う気はありませんでしたが、興味半分で反撃しようかと思ってしまう程に」


「自重するのじゃぞ。ハーヴェイから見ても良き玩具であろう? 簡単に壊すような事は控えよ。興が冷める」


「わかっております」


 ハーヴェイはナユタやナタリアと対峙した際、一切攻撃を行わなかった。

 あの二人は攻撃に特化しているが、防御のほうはまるで雑だった。

 ほんの少しでも手を出してしまえばあっさり殺してしまう。


「ところでいつまで負傷したままにしておるのじゃ」


「失礼。私が傷を負ったと言っても誰も信じて貰えないので、そのままにしておきました。すぐ治します」


 ハーヴェイは左手を右肘に添えると、すぐに失った手が復元した。

 同時に左手の傷も癒えている。


「ところでハーヴェイ。いつになったらその『我が主』を止めてくれるのじゃ?」


「では『魔王様』にしましょうか」


「いけずじゃのう。二人きりの時ぐらい『ガーネット』と呼ぶようお願いしておるのに」


「たかが一人の臣下でしかない私には恐れ多いのです」


「我が国でもっとも強く、そして長年に渡り守護してきた『魔神』が謙遜しすぎじゃぞ。余も当然じゃが、余の父も、祖父も大変世話になったと聞く」


「臣下として当然です」


 魔王、ガーネットはハーヴェイに淡い恋心を抱いている。

 信頼から来るものか、憧れからくるものか、それとも何も理由がない心の奥底から抱く感情なのかはわからない。

 だがハーヴェイはそれを受け入れてはいけない。

 魔王とたかが臣下が特別な間柄になってはいけない。


「ところで我が主。いつまでオルコットの傀儡ごっこをしているつもりですか?」


「あの愚物が失態に失態を重ね責任を取らせる為に首を刎ねるまでじゃな」


「いつになることやら……」


「まああれはあれで理に叶っておる。我が国の情勢として、領土と人口に対し物資が足りなさ過ぎる。元より枯れた土地が多いから、賄うのは難しい。なら戦争と銘打って口減らししてしまえ、運が良ければ豊かな土地が手に入る。リスクが一切ないのなら止める必要はない」


「もし敵が我が城まで到達してしまったら?」


「ハーヴェイがおるじゃろ。余の敗北は戦争に負ける事でも領土を失う事でもない。魔王たる余とそれを護衛するハーヴェイが死ぬことじゃ。勝てなくても負けなければそれでよい。ただでかいだけの城なんてくれてやってもいい」


「私とて無敵ではありませんよ。手は出していないとは言え、勇者ではない普通の人間とエルフに手傷を負わされております。それに私と同格の『霊狐』が気まぐれで参戦する可能性もあります」


 ハーヴェイははるか昔を思い出す。

 ガーネットの祖父が魔王だった時代、とにかく手当たり次第攻め入り領土を奪っていた。

 その際に出会ったのが白い髪に狐の耳を持つ、人ならざる「霊狐」だった。


 たまたま彼が守護する領土に踏み入れてしまい、百年近く戦い合った。

 相手は一人、魔王軍は多数の精鋭部隊を持って挑み、そして返り討ちにあった。

 そんな事を百年も続けていれば当然疲弊し、結果として魔王軍は戦争そのものを中断せざる得なかった。

 当然ハーヴェイも直接「霊狐」と戦ったが、全力を持ってしてもお互い決着が付かなかった。


 ふと、ハーヴェイは左手に傷を付けた青年を思い浮かべる。

 見た目もだが、雰囲気が「霊狐」にそっくりだった。

 だから興味を抱き、わざわざ追いかけるような事までしたのだ。


「まあ、生物はいずれ朽ちるものじゃ。それが天寿を全うするか、はたまた自らの行いで死に至るか、不運な事故かはさておき。その『霊狐』が余の命を狙うのであれば、それが余の運命というわけじゃ」


「あの化け狐が我が主に手をかけようとしても、全力でお守りします。命に代えても」


「うむ、期待しておるぞ」


 ハーヴェイの負傷による帰還、そして口減らしの成功を持ってしてククリス村への進攻は始まる前に失敗に終わった。


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