井の中の蛙
「一応確認。今更決戦に反対する奴いねえよな」
三人は首を横に振る。
エミルは結局折れてくれた。
仮に反対意見を通しても、実際に本陣に乗り込むのはエミル以外だ。
ならばせめて役に立つと言ってくれた。
「改めて作戦内容。敵陣の廃墟っぽい城のような場所に乗り込むため、周囲の敵はエミルの広範囲魔法で一層する」
「今まで長時間戦闘とMP枯渇による行動不能を考慮して抑えてたけど、今日は全力を出す」
「MP回復ポーションが尽きて、エミルがダウンしたらアルは『テレポート』でエミルを村に運んで戻って来い」
「エミルさんの護衛しつつのヒーラーだからね。無理そうになったら即戻すよ。ただの往復なら一分はかからないけど、その一分で大きなダメージは受けないでね。事前に声はかけるから」
「アルは一時撤退したらなるべく守りを優先する。エミルの魔法に耐える連中が相手だ。ここはエンブリオの『鉄壁』に期待する」
「任せてもらおう。久しぶりに戦士らしい戦いができそうじゃ」
「アルと合流後、周囲の敵は一旦無視で敵陣に乗り込む。建物がどういう構造してるかわからないから、俺は『索敵』で周囲の警戒に集中する。敵布陣と、できれば将の位置まで把握したい。一分近くは俺は動けないと思ってくれ」
「エンブリオとアルの援護があれば私の剣でなんとかできるわ」
「最後、将の位置がわかったら俺はそのまま突っ込む」
ここが一番反感を買う所だ。
ナタリアとエミルが散々反対した、結局俺がなんとかすればいいという考えの戦い方だ。
「それまで盾のエンブリオ、近接アタッカーのナタリア、ヒーラーの僕って編成で凌げばいいんだね」
「了解。でも無理しないでね。敵将がどれだけ強いかわからないから、ダメだと思ったらすぐ逃げてね」
「あんな僻地で軍を率いる将がナユタより強いとは思えないが、楽観しすぎるのもよくないのう」
「ボクはナユタが無事に帰ってくれればそれでいい」
結局、代案もないしこの策が一番最適だとみんな合意してくれた。
なんだかんだで、『英雄』の俺が負けるはずない、と思い込んでいるだけだ。
俺の自惚れとエンブリオの懸念が、まさか当たってしまうとは思ってもいなかった。
万全の状態でアルの「テレポート」で敵陣付近に移動する。
周囲には目視だけで千はくだらない魔族がいた。
しかし臆することなく対峙する。
盾とアタッカーで注意をひきつけ、アルの護衛の元、エミルが強力な超広範囲スペルを発動させる。
当然俺たちも巻き込まれるが、エンブリオの戦士スキル「アトラクト」でダメージを肩代わりしてもらう。
いくら頑丈さが売りのエンブリオだが、そのダメージは凄まじく鎧で外傷は見えないが、露出している顔からいくつか血が流れていた。
軽装だが、俺とナタリアはそれなりに頑丈だ。
アルは後方なので受けるダメージは少ない。
強いて言えば自分のスペルで自分がダメージを受けているエミルが一番負担となっている。
エミルのスペルが終了したタイミングでアルがエンブリオに「スペルブースト」を併用した「ヒール」でエンブリオのダメージはほぼ完治した。
エミルはふらっとしていたが、携帯していたMPポーションを数本飲み、すぐさま二度目のスペルを発動する。
エンブリオには悪いが、俺たちのダメージはこのまま肩代わりしてもらおう。
エミルの二度目のスペルは今よりも遥か後方を中心に狙いをつけており、その余波でのダメージはわずかなものだった。
俺たちはエミルの二回のスペルでも倒れなかった魔族を屠る。
倒れないだけできちんとダメージは受けており、倒すのは難しい事ではなかった。
そして三度目のエミルのスペルが発動する。
中心は敵の本陣。
周囲の掃討ではなく、本陣へのダメージを優先したものだった。
「一時撤退する!!」
アルの叫が叫び、すぐさまエミルと共に姿を消した。
俺たちはエンブリオの傍に駆け寄り、無意味に攻撃を受けないよう努めた。
とはいえ、ほぼ致命傷の魔族しかおらず危険はなかった。
「エミルさんはロロイナたちに任せてきた!」
「よし、いくぞ!!」
俺たちは周囲に残った手負いの魔族を無視し、敵陣へと乗り込んだ。
見た目どおりの廃墟で、こんな所で生き物が住めるのか疑問な城? のような何かだった。
天井はとても高く、外から見ると三階か四階はあるのではと思っていたが、ただ一階あるだけのお粗末なものだった。
幸運、と言えばいいか。
この一階のどこかに敵将がいる。
そいつに仕掛けるため上らなくていいのは手間が省ける。
「『索敵』をする」
広めの空間だが、一階しかないのであれば索敵の範囲は狭くていい。
故に敵の布陣に加え、強弱の判断ができるようリソースを割く。
いくつか部屋があるが、それぞれ十から二十程度の小隊が五つほど確認できた。
そして、一人だけ独立して居座っている、桁違いの存在が居た。
これが敵将か。
このまま敵将に乗り込んでもいいが、五つの小隊が一気に攻めてきた場合、俺を欠いた三人が耐えうるのだろうか。
と、躊躇している間に一小隊がこちらに向かってきた。
「敵将確認。あと五つの小隊がいる。軽く見積もって合計百以上。うち小隊一つがこちらに向かっている」
「そう。ならここは任せて作戦通りにいきましょ」
「いやけど」
「屋内なら百いようが二百いようが、攻撃できるのは一部だけじゃ。わしとナタリアが居れば十分対峙できるわい。傷を負ってもアルの援護がある。耐えるだけなら問題はない」
「その間にナユタが敵の将を討ち取ってくれれば、さっさと逃げて終わり、でしょ?」
「……任せた」
俺は「加速」を複数重ね、敵と遭遇しないうちに敵将と思われる奴がいるところに駆け出した。
失敗した。
失敗した失敗した失敗した――
広めの部屋には青い髪と、褐色とまでは言わないが浅黒い肌をした男がそこにいた。
そいつは退屈そうに椅子に座って本を読んでいた。
廃墟のような建物には不釣合いの綺麗な椅子と、傍には小さなテーブルが置いてあり高級そうなティーポットとカップが置いてあった。
その男は俺の乱入に気づくと、ちらっと目を向けた後、すぐに本を読み返した。
あ、これダメだ。
強いなんて話すらできない。化け物だ。魔族に化け物、なんて表現するのもおかしいが。
少なくても俺なんかでは手も足も出ない。
だからこそ、闘争本能と防衛本能が同時に機能し、俺は『マルチウェポン』で大鎌を取り出し飛び込んでしまった。
付近に添えられたテーブルごと薙いだが、男にはダメージを与えられなかった。
事前に展開されていた障壁に防がれてしまったからだ。
手応えはその男の障壁を二十枚程度破った程度か。
それでも男は俺に興味すら抱かず本を読み続けていた。
「『オールエンチャント』『スキルブースト』」
俺に対し興味がないなら逃げればいい、けれどその判断ができず震えるように自身の最大のスキルを発動する。
こいつ一人で、世界が滅ぶ。
そう思ってしまうぐらいに危険な存在だった。
逃げるのは全部出し切って諦めがつくまでだ。
マルチウェポンで弓を引き出す。
「『ブレイクイージス』!」
弓のスキルで相手の障壁を破る事に特化したスキルを使う。弓よりかは矢そのものが障壁破壊の効果を持たせるスキルだ。
何十本の矢が何十、いや何百も展開されている相手の障壁を黙々と破っていく。
その間に大斧と野太刀を引き出し「二刀流」と「ソードダンス」を発動させ、矢と一緒に敵の障壁を破壊し続けた。
障壁の張り方は二種類ある。
メジャーなのは一つの障壁に全能力をくべて展開するものだ。
数字に例えると100というダメージまで耐える障壁を展開できるならば、1つに100耐える障壁を作るという事だ。
対し、一部の障壁使いは1つの障壁に拘らず、先の例でいうと耐久1という障壁を100枚展開するという考え方がある。
結果としては同じだけの防御力をも持つ障壁になるが、後者は勝手が違う。
仮に50の攻撃があったとして、前者は単純に防ぐが後者は50枚の障壁を破かれる。
そう考えると前者のほうが優れているように思えるが、相手の攻撃がどの程度かということは細かく測れない。
防いだが、それが1なのか99なのか前者ではわからないのだ。
後者は何枚破られたから、相手の攻撃はこの程度のもの、というのがわかる。
そして削られた障壁はただ作り直せばいい。
前者は都度最大の障壁を作る必要があるが、後者は減った分だけ足せばいい。
効率面から見ても技術的な面でも、複数展開するほうが理にかなっているのだ。
何百と浅黒い男の障壁を削るが、まるで突破できる気がしない。
そもそも、一枚一枚が厚い障壁をここまで展開できる奴に一矢報いようというのが間違いなのだ。
「スキルブースト」が切れる頃にやっと全ての障壁を破く。
そのまま矢が偶然その男の左手に触れ軽い切り傷を負わせた。
初めてその男は俺を真っ直ぐ見、少し驚いたような表情を見せた。
「『ワープ』ナタリア!」
「ワープ」ははっきりと意識すればどこでも移動できる勇者のスキルだ。
それは場所でなくても、強い思いがあれば人を対象に取っても発動できる。
「撤退、撤退だ!」
「え、ナユタ!?」
敵の集団と対峙している途中、突然現れて申し訳ないが、ここは逃げるしかない。
ここらの雑魚魔族を減らしても、あの男がいる限り何も解決しない。
俺でも倒せないからどうしようもない?
いやきっと作戦とか誰かに頼るとかすればなんとかなる、かもしれない。
だが、今の俺たちが立ち向かっても意味がない。
ギルドに報告し、勇者だの騎士団だのに任せるしか、俺たちが生きる術はない。
「何千年ぶりに私に傷を負わせてくれたのに、このまま立ち去るなんて悲しい事言わないで欲しいな」
あ、終わった。
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