忘れている何か

 ふと、時々夢に見る。

 果たして自分は何者かと、自問自答する夢だ。

 鏡写しの自分に、何か問答をしている。

 そんな感じの夢。


「くっそ、頭痛てえ」


 目覚めた時には夢の内容なんかこれっぽちも覚えてない。

 ただ、何か「自分が何かを忘れている気がする」という、欠けた感情が心を支配する。




 料理屋の仕事を終え、俺はナタリアの家に上がりこんだ。

 特に理由はないけど、強いて言えば暇だから。

 暇だから、恋人に会いたい。ただそれだけ。


「ナタリアはさ。変な夢とか見たりしない? 悪夢でもいいや」


「唐突ね。悪夢はたまにはあるけど。昔の嫌な記憶とか、ありもしない気持ち悪い未来みたいなのはあるわ」


「こう、なんていうか、今の自分が自分じゃない、みたいな感覚になる感じ? そういうのは?」


「いえ、そういうのはないわね。……ナユタはそういう夢、見るの?」


「見る。結構定期的に。自分でも訳わかんねーけど、俺って誰だっけ?って夢。目覚めた時には覚えてないんだけど」


「大丈夫? よくわからないけど、そんな夢見たら辛くない?」


「辛い、超辛い。覚えてないからますます辛い」


「じゃあ、そういう夢を見たらキスしましょ?」


「え、なんで」


「嫌な思いをしたんでしょ? 辛いんでしょ? そういう時こそ甘えてよ」


「……。うん」


 辛い気持ちを紛らわせるだけ、ではない。

 単に切っ掛けだ。

 そもそもいつだってキスしたり抱きしめてあっている。

 だから辛い事があっても、それは幸せに繋がるってのをナタリアは示してくれた。

 純粋に嬉しい。

 この、なんとも言えない悪夢から救ってくれる。

 そういう存在が、最愛のナタリアだという事が幸せでならない。


「じゃあナユタはじっとしてて。私がリードしてあげるから」


「はいそれはアウト。お前、ちょっとだけ弱ってる俺の隙を付く気だろ」


「ちっ」


「露骨に舌打ちするな。……。いやまあ、うん。甘えさせてもらう身だし、節度さえ守ってくれればいいよ」


「ほんと! じゃあまずソファーに横になって?」


「え、ああ、うん」


 言われるがまま、ソファーにごろんと寝転がる。

 するとナタリアは俺に覆いかぶさり、まず頬を摺り寄せた。

 そのままナタリアは俺の頭を優しく撫で、ゆっくりと俺の頬に口付けをした。


「私はさ、ナユタの事、実は全然知らない。『人間』としてもだけど、『英雄』とか生まれ故郷とか」


 俺は人間で、そして神位『英雄』という存在。

 ナタリアは普通のエルフだ。


 きっと色々な所で認識の差異はあると思う。

 俺はこれらが障害になるとは思ってはないが、ナタリアは果たしてそう割り切っているのか。

 ……、お互い愛し合っているのに、実は何も折り合いが付いていない。


「でも、辛いとか悲しいとか寂しいとか。きっと嫌な夢見たらそう思うんだよね?」


「……わかんねえけど、多分」


「じゃあ私と一緒。そういう時こうして欲しい、それは誰に?って考えたら、私はナユタにいっぱい愛して欲しいって思う。だから、私は今できる事は、私が私に出来る限り、ナユタを愛する。性欲じゃなくて、愛情として」


 優しく唇を重ねあう。

 ただそれだけ。


「大丈夫よ。ナユタは私がいるから。だからナユタはずっとナユタのままでいられる」


 自分ではない何かの記憶、のようなものに不安を感じる事があっても、ナタリアは俺を俺として認識してくれる。

 そしてありのまま愛してくれる。

 ああ、なんて幸せな事なのだろうか。


「ありがとう。すげえ嬉しい。愛してる、ナタリア」


「私も愛してるわ。だから」


「てことで、はい終了。このまま雰囲気に流されると思うなオチが見えてんだよ!」


「ちっ」


 本日二度目の舌打ちをいただきました。


「まあ、でも。ほんとに嬉しいよ」


 覆いかぶさったナタリアを強引に抱きしめる。


「……重くない?」


「黙秘」


「嘘でもいいから軽いって言ってよ! ぽっちゃりとか色欲とか言われてる身にもなって!?」


「今後にこうご期待」


 まあ実の所すげえ軽いんだけど。

 あっ、でも抱きしめた時の柔らかい感じはそのままなんだよな。





 結局俺の夢がなんなのかわからないままだけど。

 けれど、こんな風にナタリアと肌を合わせられるなら、悪夢? を見るのもまんざらではないと思えた。

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