第6手 困ったらオーラで解決する世界

 あの対局は俺の中で忘れられないものとなった。


 あれから数ヶ月が経ち、春が訪れる。


 将棋界は学校みたいなものだ。即ち、新年度は4月から始まる。俺は晴れてC級1組に昇格した。それと共に、俺は規定により、羽野はの 垂歩たれふ五段へと昇段した。


 だが、何か頭の中のモヤモヤがずっと消えないでいる。


 俺が憧れていた将棋とはどんどんかけ離れていく現実。昔訪れたという将棋ブームは、単なる伝説ではないのか。万人の視線を盤上に惹きつける将棋って、一体どうすればいいんだ。


 人が傷つくのが将棋なのだろうか?


 いや、それは違う筈だ。今の将棋界は間違っている。俺は何としても将棋界を変えたい。


 100年ちょっと前、将棋界には後に神として語り継がれている者がいた。


 通算獲得タイトル104期。


 それはなんと今でも塗り替えられていない大記録だ。昔、将棋ブームが訪れた際、一時は24大タイトルが存在したらしい。


 タイトルの数は増えたのにも関わらず、通算獲得タイトル100期に到達した者は、神以外には現れなかった。


 俺にはなんとなくその理由が分かるんだ。


 ああ、昔の棋士が今の将棋界を見てどう思うだろうか。


「死ねぇ!」


「ぐあ!」


 俺の後頭部に重たい衝撃が走る。


 そうだ。


 俺は…。今は…この時間は、楽しまないと。


「今日の主役がよぉ! 何で死んだ目をしてんだよ? ホントにぶっ殺すぞ!?」


 今日は、俺のC級1組への昇級祝い。そして、俺の頭をど突いたのは死に損ないのかおりだ。まあ、絶対死んでほしくはないヤツなんだが。取り敢えず治療の甲斐があって、このように元通りなわけだ。


「いやー、豊田とよたちゃんすまんねー。私ら門下までお邪魔しちゃってー。」


 タダ飯にもありつけて、内心物凄く喜んでそうな師匠。


「お前はかおりちゃんのことばかり可愛がって、羽野はのくんには何もしないだろ? だから私ら門下が盛大に祝ってやるんだ。嫌だよな、こんな師匠で、なぁ、羽野くん?」


「えっ…いやぁ…うん、まあ嫌ですね。」


 ずっこける師匠。


「お前は破門だぁ! 豊田ちゃんのせいで傷ついたよ僕は!」


 豊田とよた さき九段。30代にして現在最強と言われる女性プロ棋士。歴史上初の女性名人となった記録を持ち、現在は師匠と同じくA級所属。その上、美人でスタイルも良いのに何故か俺の師匠とは縁が深い。


「たれぞーの師匠ってなんか半分オカマみたいだよな!?」


「うん…まあな。」


 こいつは俺のライバル。いや、正確に言うと、こいつが勝手に俺をライバル認定して火花を散らして来るのだが。


 中山なかやま 金太郎きんたろう五段。年齢は俺より少し上で19歳。面倒なことにこいつも俺と同じC級1組だ。


 背が小さく、大きな瞳と、ツンツンの髪の毛。子どもっぽさが抜けてない。中身は俺より子どもだ。


 まあ、こんな感じで新たな一年をスタートしたのだが。不安も確かにある。だけど、定跡にとらわれない俺は、誰にも負けないオーラがある。


 名人になり、そして、この将棋界を変えると言う気持ちに揺るぎはない。そう、モヤモヤする気持ちも全部俺の光属性で吹き飛ばしてやるんだ。


「そう言えば、毒島ぶすじま。ちょっと聞きたいことがあるから後で時間いいか?」


「……。いいよ、豊田ちゃん。」



 ————————————

《100年後の将棋について、その6》


 現在の将棋4大タイトル


 名人戦

 伝統ある棋戦。A級の10名が一年間かけてリーグ戦で戦い、名人への挑戦権を得る。


 犬王戦けんおうせん

 レトリバー組、コーギー組、ダックス組、チワワ組の4つの階級に分かれており、それぞれの組の優勝者が挑戦者決定の本戦トーナメントへと進むことができる。犬王戦は優勝賞金金額が最も高く、価値のあるタイトルとも言える。


 猫王戦にゃんおうせん

 ニャンニャン動画主催のタイトル。段位ごとにトーナメントがあり、それぞれ2位までが本戦トーナメントへと進める。ちなみにニャンニャン動画は視聴者のリアルタイムでのコメントが横から流れて来ることで有名。


 鶏王戦けいおうせん

 一次予選、二次予選を勝ち抜いて来た者が本戦へと進出できる。優勝者には卵1年分が贈呈される。


 タイトル戦の数は、将棋ブームの衰退と共に現在では4つにまで減ってしまった。



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