第18手 覚醒すると震える世界

「俺の正体が気になるようだな?」


 このまま隠すつもりなのかと思っていたが、闇フード男の顔を覆っている黒いモヤが段々と晴れてきた。


「別に隠しておく必要も無かったんだがな…」


 フードも外し、露わになる正体。俺は胸が締め付けられた。やはり、お前だったか、クソ野郎め。


「何やってんだ!この、バカ兄貴が!」


 羽野はの 底歩そこふ。俺の正真正銘、血の繋がった兄貴だ。年齢は俺より3つ上。昔から将棋の天才であり、俺の目標でもあった。


 なのに、ある日、突然と姿を眩ませやがった。


「お前が訳のわからんことしている間に、俺らの親は死んだんだぞ!?じいちゃんもな!」


 俺ら兄弟は、祖父に将棋を学んだ。まだ小さかった俺らは、訳も分からないまま始めたが、その日を境に、俺らの眼中には将棋だけしか映らなかった。毎日、何十局とも対戦するが、負けるのはいつも俺。オーラを先に扱えるようになったのも兄貴だった。そして、段々と兄貴は、俺との将棋に興味を示さなくなった。


「バカ兄貴!お前、自分が何をしているのか分かっているのか!?」


 俺は怒りで頭が一杯になった。今すぐブン殴ってやりたい。バカ兄貴のせいで、こんな悲惨な状況になっているんだ。


「ゴプッ…!」


 大木に張り付けにされていたランが、再び吐血した。自らの腹部を押し潰している将棋盤に、ドス黒い血がドロッとかかる。


「ラン!嫌だ…!死なないで!しっかりして!」


 リンが泣き叫ぶ。


「リ…リン…ごめ…ん…ね…私…」


 辛うじて意識があったランだが、言葉の途中で、突然ガクッと体の力が抜けたようだった。


「あ、やっと死んだかな♩」


 響乃ひびきのは、能力を解除したようで、巨大な将棋盤と共に、ランが地面へと落下した。目の前に広がる光景は何なんだ。夢であってくれと、本気で願っていた。


「次は、誰が私と将棋してくれるのかな♩」


 無力だ、俺はいつも。頭の中が真っ白になる。もう終わりなのか。あのバカ兄貴達の前に為すすべは無いのか。悔しいが諦めかけていた。


 だがその時、突然、俺の右側から突風が吹いて来た。


「え…♩」


「馬鹿な。自力で闇の炎を消しただと?」


 兄貴も驚いている様子だ…何があった?俺は虚ろな目で、突風が吹き荒れる方を見る。


「ラン…コイツは殺すから…」


 先程の突風を巻き起こした犯人は、リンだった。その体の周りを激しい炎が纏っている。とんでもないオーラだ。体から溢れてしまっているオーラが突風となって流れているようだ。それに、よく見ると


天音あまね リン五段…それは、まさか『震え』!」


 四五六しごむ名人も気づいたようだ。『震え』は、俺も噂で聞いたことがある。昔存在したとされる将棋の神は、、駒を持つ手が震えていたらしい。まさか、それと同じ現象が、リンにも起きたというのか?


「今の彼女のオーラは、僕を上回るよ…!」


 リンが、名人よりを上回っただと?


 リンは、ゆっくりと歩き始めた。響乃に向かって。


「あれ♩このお姉ちゃんにも…私の能力が効かない♩」


 そして、リンは地面に落ちた飛車を、震える手でなんとか拾いあげた。


「死んでしまえ…お前なんか…」


 リンは、飛車に炎を纏わせる。


「え♩お姉ちゃん、そんなの当たったら死んじゃうよ♩」


「よくも…ランを…!」


 リンは、目から大粒の涙を零し、飛車を思い切り投げつけた。あんなの避けることは不可能だ。飛車に纏った強力な炎は、一瞬にして響乃を丸焦げにした。その死体は、恐怖からか天を仰ぎ、まるで魂が抜かれたような表情をしていた。


「ラン…仇は…とったよ…」


 リンは、気を失ってしまったようで、その場でバタンと倒れてしまった。


「おい、リン!大丈夫か!?」


 かおりが叫ぶ。


「恐らく、天音 リン五段の肉体でさえ、『震え』には耐えられなかったんだ!」


 四五六しごむ名人が言う。四五六名人、なんだか凄く興奮気味の表情だ。こんな状況でありながら、リンが起こした奇跡、『震え』に刺激されたのだろうか。


「バカ兄貴!こんな状況でもまだ続けるのか!?お前の仲間もさっきから死んでるんだぞ!」


「たれぞー、だからお前は弱いんだ。ここにいる者全員、最初から死ぬ覚悟だった。死に恐怖する者は、棋士としての資格などない。」


 くそ、まだ犠牲者が増えてしまうのかよ…!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る