第19手 斬撃がある世界

 まだ俺はここで…。仲間が傷付くのを…人が死ぬのを見なくちゃいけないのかよ。まさか、こんなことになるなんて正直思っていなかった。考えがやはり甘かったのだ。所詮、『る将』という気持ちが、どこかにあった。


「おい、たれぞー!顔色悪いぞ!まだ、あたしと名人が戦えるんだ!金太郎は戦力外だけどな。」


 どうしてかおりは、いつも俺より強いんだ。将棋でも、メンタルでも。


「おらぁ!次は、あたしがやる!ここから出せ!」


 香は戦う気だ。嫌だ。見るのが怖い。もう、前みたいに傷つかないでくれよ?


 香を取り囲む黒い炎が消えると、香は、倒れたリンの方へ向かって歩き出した。


「おい!リン、大丈夫か?あとは、あたしに任せろ!」


 意識朦朧のリンを、香がなんとか抱えて、盤から離れたところへ運ぶ。それから再び盤の元へと向かい、そして正座した。


「あたしの相手は誰だコラ?」


 香は、敵陣を睨みつける。


「もう、俺が終わらせよう。こちらも、戦力が欠けないに越したことはないからな。」


 まさか、兄貴自らが戦うのか!兄貴が盤の方へ歩んでくる。俺の心臓が、さらにバクバクと荒ぶって来た。香が殺される。それだけは嫌だ。兄貴は本当に強いんだ。絶対に殺されてしまう。逃げてくれ!香…。


「たれぞーの兄貴か!おめぇも、まさかヘタレってことはねぇだろうな!?」


「それは始まってからのお楽しみだ。楽しめる暇があればだが…。」


 兄貴の体から闇のオーラが溢れ出す。先手は兄貴の方だ。


「では、行くぞ…」


 兄貴は、47四十六Aを突き、かく道を開けた。この出だしはまさか。


「へぇ、初手に角道開けるって、案外、古臭い将棋するんだな。」


 そう言いながら、香は、飛車をCまで浮かせた。


「古臭いか。果たしてそうかな?」


 兄貴は、47四十七A桂馬けいまと跳ねる。


「は、おめぇ、随分、舐めた指し回しするじゃねぇか…」


 香も3四A歩と突き、角道を開ける。いけない…!


「これは、『新々々しんしんしん鬼殺し戦法』だ!香、伏せろ!」


 俺は叫ぶ。しかし…


「もう遅い…!」


 数百年前の将棋には、無かったとされる駒がある。それが、『斬馬ざんば』と呼ばれる駒だ。桂馬の真横、玉側に存在する。馬を一振りで斬り殺す程、駒の切れ味が鋭いことから、『斬馬』と名付けられた。慎重に扱わなければ、自らが指を切って痛い想いをしてしまう。それ故に、扱い難い駒とされる。物理攻撃系の駒の一つなのだ。


 通称、『ざん』。


 俺の兄貴は、斬を、指を切らずに上手く掴むことができるのだ。そして、それを飛ばし、敵陣の駒、あわよくば対局者まで切れ伏せようとする。切られた駒は、真っ二つとなり、使えなくなってしまう。


「さあ、飛車を捨てるか、お前が死ぬか!どっちだ!?」


 兄貴は斬を、香の飛車目掛けて飛ばした。


「飛車を斬られてたまるか!!」


 香は、盤上に身を乗り出し、飛車を守ることを選択した。自らの背中を盾にするつもりだ。


「バカ!避けろ!」


『へぼ将棋、命より飛車を可愛いがり』と言われる格言が、昔からあるが正にその通りじゃないか。飛車を守ってもお前が死んだらダメなんだ!


 兄貴は斬の使い方が上手い。香の薄っぺらい体なら、下手したら真っ二つだ。俺は、半分諦めかけていた。


 しかし、斬が香に直撃する寸前、盤上にブラックホールが現れ、それを吸い込んだ。


「えっ…?」


 俺は、突然のことに唖然とした。香も事態が飲み込めず、おろおろとしている。そんな中、兄貴の表情がどんどん焦りに変わって行くのが分かる。


「何故だ…何故、お前らがここに来れたっ!?毒島ぶすじま豊田とよた!」


 俺の背後に、ロリコン師匠と、金太郎の師匠が立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る