第4手 プロ棋士が属性を持つ世界

「この馬鹿野郎が! ブチ殺すぞ!」


 対局後、姉弟子あねでしかおりに殴られ、踏みつけられる俺。実はこの時間が唯一、将棋で負けた傷を癒してくれる。


 そう、俺には決して人に言えないへきがある。


「プロが振り飛車びしゃを採用する!? その発想は、何百年も遅れてるんだよ、タコが! その上、たった四手で負けるとか何事だよ! お前なんか破門じゃ! なあ、師匠!?」


 今日は毒島ぶすじま家にて一門全員が集まっての研究会の日であった。一門と言っても、弟子は俺と香だけだが。


「いやー、別に気にしてないよー。ボクは特に弟子に愛着持ってないからさー。」


 ニヤニヤしながら師匠は笑っている。


「ふざけんな! あたしには愛着持て、おっさん!」


 俺を踏みつけてくれたまま、かおりはいつものようにヒートアップする。


「でも、『たれぞーシステム』が完成したらボクは嬉しいなー。きっとボクにも注目集まるだろうしねー。」


 そうだ。『たれぞーシステム』を俺は絶対完成させるんだ。俺が新しい時代を築き上げる。そしたら、師匠が注目されるかどうかは別として、俺は間違いなく注目される。


 そして、今の将棋界を変えるんだ。AIに支配された将棋ではなく、己の力、即ちオーラ力で勝つ将棋を確立させる。


「だけど、『たれぞーシステム』は振り飛車にこだわる必要なんかないと思うよー。たれぞーは、せっかく貴重な光属性なんだし、浮き飛車からの急戦きゅうせんで何かアイデアを出した方がいいと思うんだけどー?」


 そう、師匠の言いたいことは分かる。


 俺の光属性は、プロ棋士の中でも僅か数人しか持たない、貴重で強力な属性なのだ。俺が今倒すべき、あの四五六しごむ名人だって光属性だ。一つの手番てばんで二手指せる。それはかなり驚異的な物だ。


 だからこそ。この長所を生かして昔の戦法を蘇らせたいのだ。振り飛車は死んではいない。


 なんとか俺の力で…。


「あー、たれぞーにイライラしてストレスが溜まって来た! ちょっと属性値も上げたいし走って来るわ!」


 かおりは最後に俺の頭を力強く踏みつけてくれて、外へと飛び出した。


「あとね、たれぞー。これだけは言っておくけど、本当に序盤が下手だと今の将棋界じゃ生き残れないからね? オーラ力が強いだけじゃほんとにほんとに駄目だからね? 来年度、C級1組に上がるけど、ここからは別次元だと思いなよ? よし、可愛いかおりもいなくなったことだし、今日の研究会はお終いー!」


「おい、何もしてないじゃねぇか! それにさっきは弟子に愛着無いとか言ってたくせに!」


「弟子としては愛着無いけど、一人の女性としてはストライクゾーンだからねー。」


 俺は師匠がロリコンだという事実を初めて知った。何故、弟子を持たないで有名だったこの師匠が香を弟子にしたのかがはっきりわかった。


 ちなみに俺はどのような経緯で弟子になれたかと言うと、コンビニでお金が無くて困ってた所を助けたからだ。ドラマチックではないがプロ棋士になりたい俺からしたら、この巡り合わせでも幸運だったと言える。


「あっ! しまったー! かおりに忠告しないといけないことがあったんだー!」


 うろたえる師匠。


「あ? 俺があとで伝えておこうか?」


「本当? じゃあ必ず伝えてね? かおりの命に関わるから…。」


 俺は耳を疑った。命に関わるとは一体どういうことだ。確かに未だに対局で失神する棋士や、大怪我をする棋士が続出するのは事実だが。


「明日の香の順位戦の相手は、あの『鬼の雷蔵らいぞう』なんだよー。」


『鬼の雷蔵らいぞう』は、プロ棋士、いや、日本中の国民が知っている名前だ。


 何故か。


 それは、彼は唯一対戦相手を対局中に殺した棋士なのだ。


 当時、まさか将棋で死人が出るとは思ってはいなかった。そして、その頃は相手を殺しては駄目だという明確なルールが無かった。その為、将棋界も世間も荒れはしたが、なんと警察沙汰にもならず、5年間の出場機会を奪われるだけで雷蔵は許されたのだった。


 そう、雷蔵らいぞうは今年から将棋界に復帰したことは知っている。B級2組。香と同じクラスだ。だが、今は人を殺すどころか、怪我をさせたと言う噂も聞いたことがない。


「でも今は反省して大人しくなったんだろ?」


 俺は師匠が心配し過ぎなのではないかと思った。


「いや、今年の雷蔵の対戦相手は皆、雷蔵に怯み、オーラを使わずして負けているんだよ。つまり、今年に入ってまだ誰も雷蔵を本気にさせてないんだ。」


 そうか、つまり雷蔵はどの対局も圧勝していると言うことだから、相手を傷つける程のオーラを駒に込めていなかったんだ。


 だけど、かおりは相手が誰であろうと手を抜かない。それが雷蔵を刺激してしまうことを師匠は恐れているんだ。


「確かにかおりなら雷蔵相手でも何をするか分からんな。なら、俺が必ず忠告しておくよ。じゃあな、師匠!」


 俺は、師匠の家を飛び出し、かおりを追った。正直、この時は明日の香の対局をそこまで心配してはいなかった。だが、まさか師匠の予感が的中することになるとは。


 ————————————

《100年後の将棋について、その4》


 火属性

 周囲にいる駒を焼き払うことができる。ただし、属性を注入した自らの駒は燃え尽き、その上、焼き払った駒が炭と化す為、持ち駒にすることはできない。『詰めろ逃れの炎上』など守備でも力を発揮する。


 水属性

 水の守りにより、対局者への直接攻撃を受け付けない。投げ飛車党が頭を悩ませる相手である。また、水の流れで駒の動きが滑らかになり、歩ですら2マス、3マスと進むことがある。


 雷属性

 投げ飛車党が雷属性の場合、最も威力を発揮する。攻撃力に特化した属性と言える。さらに、対局室に停電を起こさせることでタイマーを止め、無限の長考時間を得ることも可能である。


 土属性

 この属性を纏った駒の全方位2マスは3手過ぎるまで泥沼にハマり、動かすことができなくなる。直接、対局者を攻撃すれば、対局者もぬかるみへと陥れ、体の動きを縛る。


 風属性

 相手が風属性を纏った駒を取ろうとした時、ひらりと避け、逆に駒を取られてしまう強力なカウンター攻撃をしかけてくる。また、強力な風を巻き起こし、盤上を乱れさせることができる。


 光属性

 この属性を纏った駒は、1手で2度動かすことができる。強烈な光を発生させ、相手の駒台から駒を奪うことなども可能である。希少な属性。


 闇属性

 敵陣の駒全てを3〜5手程度の間、歩に変える能力を持つ。相手の視覚を奪うことも可能だ。希少な属性。


 ちなみにプロ棋士の中にはさらに希少な属性を扱う者がいる。

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