第77手 将棋で傷つかない夢の世界

 奴らは本当に太陽に消えたのか…!?


 遠くでかおりが呆然と立ち尽くしている。俺は、静かに香の元へと向かって歩いた。


 残念だが…ロリコン達の死は無駄だった。なぜなら、


「た…たれぞー? も、元に戻ったのか…?」


 香は覇気の無い声で俺に尋ねてくる。元になど戻っていないさ。


「いいや、どうやら俺の勝ちだ。」


 俺は、斬を手にして香の左手首を切断した。香の小さな手がポンと宙を舞い、傷口からは夥しい量の血が溢れる。


 しかし、香は一瞬顔をしかめるだけで、何一つ狼狽える様子を見せることはなかった。


 何故だ。左手を失って動揺しないのか? 痛みはないのか? こんなに血が噴き出て怖くないのか?


 もう聖属性もこの世に存在しないし、以前のようにAIがまともに機能しなくなった今ではSTAP細胞も効果を成さない。回復手段も無いんだぞ。本当に怖くないのか、この女は。


「たれぞー!」


 なんと香はそれどころか、右腕、先を失った左腕の両方を俺の背中に回して、強く抱きしめて来た。俺の服に香の血がどんどん滲んで来るのが分かる。生温かい。


 だけどなんだろう。


 俺のコイツら…いや、香に対する敵意は何処にいった?


 目の前に…殺したかった筈の小さな体があるのに。


 俺の体はピクリとも動かなかった。


「てめぇ…ほんとぶっ殺すぞ! あたしの好きなたれぞーに戻りやがれ!」


 す…好きな…たれぞー…?


 その瞬間、俺は激しい頭痛に襲われた。


「ぐわっ!?」


 俺は体をよじらせて、香の手を振り解く。頭を両手で押さえて地面を転げ回った。


 痛い!


 頭が!


 どうしたんだこれは!?


 俺の意識は段々と薄れていった。


 そして…俺は夢を見たんだ。


 みんなで楽しく将棋を指す夢だ。


 ロリコン師匠やバカ兄貴もいる。


 ああ、これが俺のやりたかった本当の将棋だ。

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