第72手 建物が壊れるぐらいじゃさほど驚かなくなった世界

 ちょっとは厄介な奴が現れた。まさか名人が来るとは。しかし、俺が有利なのには変わりはない。


「極玉を手にした俺と戦うつもりか?」


「もちろん。」


 即答だった。小学生のガキのクセしやがって。絶対に殺してやる。


「ずっと姿を見ていなかったから野垂れ死んだかと思ってたぞ。」


「違うさ。僕は日本がどうなろうが知ったこっちゃない。ただ僕は…もう誰にも負けたくないんだ。」


 四五六しごむ名人は、俺の兄、底歩そこふにも以前敗れた。そして、そのバカ兄貴を俺は辛うじてだが倒した。つまり名人は、俺に対して間接的な敗北を喫していたわけだ。


「確かに羽野五段は周りが思っている以上に実力を秘めている。だけど…君だけが特別じゃないよ?」


 今、飛車を掴もうとした名人の指が微かに震えた…!


「やっと僕も…。『覚醒』に辿り着くことができたよ。」


 覚醒だと!? しかも、故意に覚醒できるようになったとでも言うのか!?


 その上、オーラの量も極玉ごくぎょくを手にした俺に匹敵している! これは予想外の展開だ。


「じゃあ始めようか、羽野五段…。最強の座を賭けて…!」


 四五六名人は、オーラを込めた飛車をいきなり投げつけて来た。そのスピードは、マッハに達するか!?


 俺は、なんとか光のオーラを纏い、高速で回避することに成功した。名人の投げた飛車は、壁に激突すると大爆発を起こした。


 建物全体が揺れる。


「やばいぞ!崩れる!」


 香が慌てふためいている。天井のコンクリートから順に、将棋会館は崩壊を始める。


「みんな…!ここに隠れて!」


 しかし、よもぎ五段が冷静に土でできた小さな建造物を作った。どうせなら皆、巻き込まれて死ねばよかったのだが。


 俺は、全身にオーラを纏い防御力を高めた。


 名人もオーラで防御力を高めて耐えるつもりらしい。


 俺らは人間のレベルを凌駕している。建物に押し潰されるなどと言った心配は最早必要ない。


 俺は、崩れ行く将棋会館の中で構わず斬を持って四五六名人に突っ込んだ。絶対に斬り殺してやる。


「死ね!」


 狙うは首だ。一撃で仕留めてやる。俺は、斬をひたすら振り回す。しかし、名人の読みの感覚は流石であった。紙一重で攻撃が当たらない。


「こんな単調な攻撃だと絶対に当たらないよ?」


 名人が、歩を俺の右足にぶつけて来た。


「ぐっ!」


 極玉が無ければ、足の骨は砕けていたであろう。しかし…歩でこの威力か。もたもたはしていられない。


 俺は一度、名人と距離を取るべく、光を纏って背後へと飛んだ。


 戦いに夢中で分からなかったが、既に将棋会館は完全に崩れ去り、頭上には青空が広がっていた。

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