第30手 男の娘棋士がいる世界

 俺はこの4回戦に勝てば、予選トーナメント決勝へと進むことができ、同時に決勝トーナメント進出が決まる。


 猫王にゃんおうを俺の手でぶっ倒す為にも、絶対に負けられない。


 今回の対戦相手は、谷田たにだ よもぎ五段。15歳の中学生棋士なのだが、その見た目は、まるで女の子のような顔立ちだ。


 下手したらかおりよりも可愛いぞ。100年以上前にあったとされる男の娘ブームの頃に、もし、よもぎ五段が存在していれば、間違いなく一部の層には大人気だったであろう。


 …そんなことはさておき、対局が始まった。


 俺は今回後手だ。


 よもぎ五段は、飛車をCまで浮かせる。


 俺は、ここで思い切って、。現代将棋界ではタブーとされる一手だ。


「バカな!振り飛車だと!?ぼくを舐めているのか!?」


 よもぎ五段は俺の勝負手を見て戸惑っている様子である。しかし…彼は、声までまるで女性のようだ。俺まで何かに目覚めそうである。


 …そんなことよりも、よもぎ五段は土属性だ。俺は、以前、土属性の相手に飛車を振り、文字通り手も足も出せずに負けてしまった。油断は禁物である。


 俺は、以前よりずっと温めてきたを再び使うことにした。


 振り飛車は終わった。そんなことはない。俺は、諦めていなかった。


 ここでぶつけてやる。俺の『』を。


 俺は、角道も開けて、金、銀、銅、プラチナの進出を図る。玉を守らずに攻めだけに特化する。


「なんだって!?玉を守らず…しかも攻めだけしか考えてないだと!?こんなの通用するもんか…!全部、土のぬかるみに落とし入れてやる!」


 よもぎ五段は、土属性を込めた歩を、俺の攻撃の要である駒達に投げつけてきた。


 だが、勿論こんなの想定済みだ。


「駒の軌道が丸見えだぜっ!」


 俺は飛んできた歩を『斬』の駒で真っ二つにした。しかし、その代償に俺の指は、『斬』を掴んだことでザックリと切れてしまったが。


 血がタラーっと指の先端まで流れ、盤へと落ちる。


『斬』は、斬れ味の良すぎる駒であるため、掴むのが容易ではない。


 バカ兄貴程は、上手く扱えないが、俺でもなんとか、触れる。だが、もたもたしていると、せっかく生えた指がまた落ちてしまう。この対局は早めに決めねばならない。


『玉と対局者、接近すべからず』


『飛車は振るな』


 この二つの格言に喧嘩を売るのが、俺の『たれぞーシステム』だ。


 よもぎ五段は、俺の攻めに特化したスタイルに対応できていない!さらに、俺は光属性であるから、二倍のスピードで相手へと迫られるのだ。


 よもぎ五段の読みの感覚は、完全にズレていたようだ。


「くっ…負けました…!」


 よもぎ五段は、僅か49手にして投了した。


 それは、俺の『たれぞーシステム』が初めて炸裂した、会心の将棋であった。

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