第9手 プロ棋士のレーティングが5桁の世界

「おい、かおり! なんか言うことないか?」


「うるせぇ!」


 香に腕を殴られる俺。


「今、あたしがめ将棋解いているの分からないのか、ボケ!」


 対局の翌日。


 見事初戦を勝利に収めた俺は、一言でもいいからおめでとうと香に言って欲しかったのだが、見事に殴られた。


 まあ、殴られた痛みと共に、多少快感もあったし、良しとしよう。


「あはっ! 篠崎しのざきさんと羽野はのくんってほんと仲良いね! 本当に付き合っていないの?」


「多分、犯罪だからそれはないでしょ!」


 俺は、今、女子会に参加している。会場は、篠崎しのざき かおり宅にて。


 対局の無い日があれば、だいたい集まるメンバーだ。


 ここで、イツメンを紹介しよう。


 女性では初の双子のプロ棋士。天音あまね ラン五段と天音 リン五段である。年齢は20歳。はっきり言って、俺は未だにこの二人の区別がつかない。


 瓜二つにも程がある。この姉妹は、いつもフワフワしていて、頭の中はまるでハッピーセットだ。


 また、余談だが、この二人。オセロの腕も凄まじい。


 AIの発達により、オセロの完全攻略法が瞬く間に広まった。その為、日本オセロ連盟は、苦渋の決断を強いられた。なんと、オセロに用いる石の重さを50キロにまで増やしたのだ。


 それにより、近代のオセロは、頭脳だけではなく、体力、筋力が物をいう世界へと変貌したのだ。


 つまり、この双子姉妹、見た目は赤髪のボブヘアーでイマドキの可愛い容姿なのだが、超怪力なのである。あ、よく見たら首元、太いか?


「おい、リン! あたしがたれぞーと付き合うのなんか、百億パーセント無いっていつも言ってるだろうが!」


 香は詰め将棋を解きながら、声だけでラン、リンの区別ができる。俺からしたら特殊能力だ。


 俺はこの姉妹を見分けるのは既に諦めている。


「羽野くん、鶏王戦けいおうせんの2回戦、いつなの!?」


 恐らく、ランの方が尋ねてくる。


「リン! たれぞーの対局日なんて気にすんな! どうせ応援しても次で負けるんだ!」


 ランではなく、リンだった。


「えっと…来週の金曜日に決まったけど…。」


 昨日、俺と同じ対局日に、あの雷蔵らいぞうの対局も行われていた。


 結果は、やはり雷蔵の勝ちだった。


 本当に雷蔵と盤を挟むことが決まったのだ。だが、雷蔵の勝ちを知った時、俺は心のどこかで臆していた。あの日は、本気で勝つ気でいたのに。


 それに、香自身が俺の対局に見向きもしてくれないんじゃ、俺の闘争心がだんだん薄れてしまうのだ。


 そんな自分のことを、俺はちょっぴり嫌いだった。


「次、雷蔵なんでしょ?」


 今度こそ、ランが俺に尋ねる。


「ああ。」


 小さく答える俺。


「篠崎さんの敵討ちだからね! 絶対勝つんだよ!」


「アホか! ラン! だから勝てるわけねぇだろ! たれぞーのレーティング知ってるか!? 7800台だぞ!? 雷蔵は1万3000! 5000も違うんだよ!」


 そう、俺は棋力きりょく1200、オーラ力6600で、合わせて7800しかない。


 師匠から昔言われたが、棋力1200と言うのは、数百年前のアマチュア4級か5級のレベルらしい。俺は本当にオーラ力と、みなぎるやる気、それに運だけでプロになれたのだ。


「でもさ、もし偶然でも勝てたら、羽野くんカッコいいよね! ヒーローって感じ!」


 ラ…リンが言う。ヒーローか。俺は、叶うなら香のヒーローになりたいけどな。


「ちょっと、篠崎さん! 見せて欲しい物があるんだ!」


 そんな中、突然リンが、胡座をかいて詰将棋を解いている香の前に立つ。


「あ、何だよ!? 遠慮なく言えや!」


「おっぱい見せて! えいっ!」


 俺は鼻血を噴き出す所だった。リンが香のシャツを思いっきりたくし上げたのだ。もろに見えた。


 香は反射的にリンの腹を蹴り飛ばす。


「おえっ!?」


 吹き飛ぶリン。


 当然の天罰だ。だが良くやった。ここまではっきり見れたのは初めてだ。


 いや、はっきり見え過ぎて、嫌な物も見えてしまった。


 右胸には、大きな手術跡が今も残っていた。


 香は、無言でシャツの乱れをキチッと直し、それから俺らに背を向けた。以外に恥ずかしさがあったのか?


「リン…なんで、てめぇシャツ捲ったんじゃ、ボケ!」


 キレてる様子の香。


「ごめん…篠崎さんが、着痩せするタイプかどうか急に確かめたくなって…。」


 この姉妹には、共通してド天然なところがある。


「は? あたしはいつでもスタイル抜群じゃ、背は小さいがな!」


 それからしばらく香はもじもじと何か言いたそうに震えている。


「そういや、たれぞー!」


「何だよ?」


 不意に俺の名を呼ばれてドキッとした。


「お…お前、あたしの胸見たんだから…2回戦絶対死ぬんじゃねぇぞ! わ、わかったな!?」


 コ、コイツ…ツンデレ要素もあったのか!?


「おう…任せとけ!」


 俺の決意はやっと固まった。


 ————————————

《100年後の将棋について、その9》


 レーティング

 現在、レーティング=棋力+オーラ力で算出される。棋力に関しては、将棋全盛期だった2030年のトップ棋士の頭脳を3000とし、それと比較した値をAIが導き出す。

 同様に、オーラ力もAIが導き出す。

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