第8手 サイエンスの要素もいる世界

羽野はの五段? 弱いと思います。序盤、中盤、終盤、隙きだらけですわよね。だから、わたくしは負けません。わたくしの、駒達が舞い上がる将棋を皆さんに見せたいですわ。」


 セーラー服姿のほし六段、口調は上品だが、結構ストレートで強気な発言をインタビューで放ちやがった。ちょっと悔しいぞ。


 てか、俺にはインタビュー無いのかよ?


 ちょっと落ち込んだが、大事な対局がついに始まった。


 先ずはこの初戦。


 俺の先手から始まった。


 俺は成長したんだ。じっくり焦らず戦う。心に余裕を持つんだ。相手の呼吸に合わせろ。隙を伺え。


 慎重な駒組みを進めていく。


 そして…。


 今だ!


 俺は盤上の香車きょうしゃにオーラを注ぐ。光属性をまとった駒は二度動かせる。だが、それ以上にオーラを強く注げば、駒の進行方向をも無理矢理曲げられるのだ!


 かくのふところがガラ空きだぜ。もらった!


 香車きょうしゃかくに近づいた瞬間だった。なんと、角が斜め後ろに勝手に動いたのだ!


「私に勝ちたいのなら、風も読むのですわよ。」


 俺は星六段の不意をついたはずだ。だが、狙った角は、ひらりと身をかわし、その上で逆に俺の香車きょうしゃを手駒にしやがった。


「これが…星六段の風属性…!」


 正直、想像よりも遥かに繊細な動きであった。俺は、今の駒損とオーラ損をどうにか挽回できないかと考えた。


「あなたの将棋は無駄だらけですわ。」


 星六段の風属性のオーラをしっかり纏った飛車ひしゃが、盤上を走る。まだこの時、俺は彼女の狙いが分からなかった。


 だが、それは衝撃の手であった。


 飛車が突然風に揺られるかのように左右に動きながらゆっくりと俺の陣地にやってきた。


 風で飛車が斜めにそよぐだと?


 星六段の飛車が俺の攻撃の要である飛車に段々と向かってくる。そしてなんと、星六段の飛車は、飛車のクセに斜め前から俺の飛車を取ってしまったのだ。こんな美しい攻めを見たことがない。


 いや、感心している場合ではない。飛車までタダで取られてしまった。これでは攻め筋がゼロだ。


 考えろ。普通に指していたら即負ける。


 そんな時、俺は盤上のある駒に目をやった。


 これだ。


 俺が掴んだ駒は『水』。プロ棋士は、属性を一つしか持たない。だが、それを補うかの如く、盤上には、『火』、『水』、『雷』、『土』、『風』のオーラを纏った駒が二枚ずつ追加されたのだ。


 これが現代将棋の魅力。


「羽野五段、もう投了した方がいいと思われますわよ? これ以上指しても哀れに思われるだけですから。」


 開始から顔色一つ変えてない星六段。今に見ていろ。俺は歩に、残り全部の光属性を込める。そして、相手のぎょく目掛けて投げた。


なんかで、わたくしのぎょくが捕まるとでも?」


 俺の歩は、込められた光属性の力で、玉を横から捕らえようとする。


「まだ学んでいなかったのかしら?」


 歩が玉を捕らえようとした瞬間、先程同様に玉がひらりと斜めにかわす。


「いや、星六段! 俺の勝ちだ!」


 俺は勝利を確信した。実は、俺は歩に光属性だけではなく、『水』の駒から抽出した、水属性も纏わせていたのだ。


即ち…!


「そんな! 歩が玉を追いかけて二度曲がりましたわ!」


 星六段が初めて感情を露わにした。だが、もう遅い。俺の歩は、玉を捕らえた。


 終局だ。


「なるほど…水属性と光属性。今のは光の屈折を利用したわけですわね…。それで二度も駒を曲げるなんて…。あなたのことを舐めていたわたくしの負けですわ。」


 勝った!


 俺はこの大事な初戦、見事に逆転勝ちを収めた。


 ————————————

《100年後の将棋について、その8》


 オーラとは


 近代の将棋の駒の内部は複雑な構造になっている。触れた者の脳波を駒が検知し、その波形によって個人の属性が決まると言う仕組みになっている。


 ただ、素人が駒を握っても属性は生まれず、プロ棋士独特の脳波を持ってしてではないと不可能な技術なのだ。


 一般的に、アマチュア初段がオーラを扱えるか扱えないかの境と言われている。

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