第7手 女性プロ棋士が屁を放つ世界

 将棋界には現在4大タイトルと言うものがある。棋士の誰もがタイトル獲得を目標としている。俺だってそうだ。


 タイトルを獲得した者は将棋界に名を刻むこととなる。その栄光は計り知れないであろう。


 そんなタイトルの中で、間も無く、鶏王戦けいおうせんの一次予選が始まる。プロ棋士全員が卵一年分をかけて、熾烈な争いを繰り広げる。


 トーナメント形式なのだが、俺はその表を見て一瞬固まってしまった。


 もし、俺が仮に、一回戦を勝ったとしたら次の対戦相手はかおりを傷つけたあの雷蔵になってしまう!


 俄然、やる気が湧いてきた。早速、戦う機会が訪れようとしているのだ。


 ブブッ


 俺の携帯のバイブが鳴った。


『金太郎:たれぞー! 鶏王戦! お前、俺の反対の山にいるな! 一次予選の決勝で会おう!』


 無視だ。俺は何としても一回戦を突破する必要がある。雷蔵も…アイツならどんな手を使ってでも一回戦を勝ち上がって来る筈だ。


 俺はパソコンを開いた。早速、一回戦突破の為に研究をしなければ。一回戦の相手は…。


 ほし キラリ六段。


 高校生の女性棋士だ。今、確か16歳の筈。香とは正反対でクールな性格で、品があることで有名だ。ぜひ香も見習いやがれ。


 ところで、俺はこれまで対戦相手の研究など、まともにした経験が無いのだ。


「星六段は確か風属性だよな…光属性との相性はどうなんだろうか…」


 なんせ光属性は少数な為、これまで風と光の対戦記録なんてほとんどない。光属性は強い属性だとは思うが、俺はその価値を台無しにしている気がしてならない。


 やはり属性をしっかり生かすには、攻めを続けることが必要だろう。だが、俺には、攻め繋げることを考える頭が無い。いつもオーラだけに頼って無理攻めをしてしまっている。


 これまでの経験上、大概俺のオーラ切れが敗着である。『オーラの無い将棋は負け将棋』と言われるが、オーラのない俺はハムスターみたいに可愛いもんさ。


 それに今回の対戦相手、星六段の扱う風属性は、水属性の防御程ではないが、相手の攻めをいなすのが専売特許だ。狙った駒がスルリと身をかわす。


 プライドが許さないが、ここは香に相談してみよう。


 俺は自宅を出てチャリに乗り、香の家へと向かった。香はすぐ近くのアパートで一人暮らしをしている。中学生棋士であることを理由に両親から出稼ぎを頼まれたのだ。将棋のせいで学校にも行けず同年代の友達はいない。ただ、両親からは勝って賞金を得ることだけを望まれている。アイツは明るいがどこが目の奥が寂しい時がある。そんなとき、なんて声をかけてやったらいいんだろうか。気が強い香は弱音は絶対に吐かない。俺は歳上なんだし、少しぐらい頼ってくれても嬉しいのに。


 香の家に着いた。


「たれぞーの癖になんだよ朝っぱらから! ぶっ殺すぞ!」


 部屋着の香はなんか、可愛い。


「香、鶏王戦の一回戦、星六段なんだ。お前ならどう戦う?」


 トーナメント表を見せつけ、俺のいる場所を指差す。


「あ? 星六段? まあ、たれぞーとは相性悪いだろ、こりゃ無理だな!」


「いや、そこをなんとか!」


 食い下がる俺。


「お前のバカみたいな単調な攻めが通じるとでも思ってんのか!? 少しは定跡覚えてオーラの温存を考えろ!」


 殴られる俺。ああ、気持ちいい。いや、今はそんな幸せを感じている暇はない!


「来週までに定跡覚えられるわけないだろ! なんか俺にもできる、いい作戦はないのか!」


 ムキになってしまった俺は、トーナメント表を床に叩きつけ、バンバン叩く。だが、香も負けじと反撃を繰りなす。


「自分で考えろ、このアホ! あ…お前…」


 このまま、また香に圧倒されると思ったが、香の勢いが珍しく下降し始めた。何が起こったのか一瞬分からなかった。


「たれぞー。お前、2回戦…。」


 悟られてしまった。


 俺が、復讐に燃えていることを。


 普段、こんな熱心に対局の準備をしない俺がこれだけやってるんだし、そりゃ察してしまうよな、普通。その上、こんなにトーナメント表をアピールしてしまったんだ。てか、まさか香がこんなにしんみりとした反応するとは思わ…


「痛!」


 香が俺の腹を蹴り上げた。これは流石に痛い。


「お前まさかよ? あたしの敵討ちのつもりかよ? バカじゃねぇの!?」


 爆笑して転がり始める香。


「たれぞーさ! お前、マジ笑わせるな! やべぇ…」


 笑い過ぎて、香は顔が真っ赤になっている。


「敵討ちとか格好つけてさ…100パーセント死ぬってお前! あれ、あたしだから助かったんだし! アハハ…やべぇ、屁が出そう!」


 ちょっとバカにし過ぎだろ。可愛いけど。


「取り敢えず、あたしからのアドバイスは一回戦負けて死なないようにすること! アハハッ…あ、屁が出た。」


 こいつ、本当に屁を放ちやがった。焼き芋でも食ったのか? 臭すぎるだろ。てか本当にJCかよ。


「俺は本気で勝ちたいんですけど。」


「無理です」


 俺は、ずっと嘲笑われ、結局その1日を無駄にしてしまった。


 ところで。


 さっき、香は笑って、顔を真っ赤にし、涙まで流していたが、本当は気づいていた。俺は誤魔化されないからな。


 あれは笑い涙じゃなくて、悲しい時に流す方の涙だ。多分。


 ずっと一人で苦しんでいるんだな。


 負けたの、悔しかったんだな。


 たまには素直に泣けばいいのによ。


 ————————————

《100年後の将棋について、その7》


 詰め将棋

 持ち駒の横に、持ち属性の項目が増えたのが特徴。自分の属性以外の特徴を捉えるのに最適な学習方法。詰将棋の歴史は古く、現在最多手数は2万3357手。全属性を10回ずつ用いる必要があり、最新のAIでも解くのに数分かかる。しかし、その詰め上がりは美しい。

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