第60手 奥義が炸裂する世界

「やあ、トカゲさん。次は僕が相手するね。」


 地面をのたうち回る鶏王けいおう、それを殺そうとする邪龍の間に師匠が立つ。


毒島ぶすじま…正気か?振り飛車で戦うだと?そんな小細工が通用するとでも思ったのか?」


底歩そこふ…君は、偉そうなことを言う割には、将棋の奥深さを解っていないみたいだね。」


 師匠は、飛車を一枚構える。


「邪龍よ!そいつをすぐに殺せ!」


 バカ兄貴が叫ぶ。すると、邪龍は、鋭い爪を師匠に振りかざした。危ない、直撃する!


「師匠!」


 俺は思わず叫んでしまったのだが…。


「え…?あ…当たって…ない?」


 確実に当たったと思った攻撃が当たってないのだ。しかも、避ける動作が無かった。一体、ロリコン師匠はどうやって攻撃を免れた?


「どういうことだ?当たった筈だが?」


 邪龍は、更に闇雲に爪で追撃をするが、ロリコン師匠は、無駄な動きが一切なく紙一重で攻撃を躱している、ように見える。


「あ…あのロリコン師匠やるじゃねぇか…!」


 香も流石に驚いている様子だ。もちろん、俺も師匠の本気なんて初めて見る。それも、このような命懸けの盤外戦を…!


「当たらないのなら、これでどうだ?」


 邪龍は、ロリコン師匠との間に距離を取ると、先程、星六段に致命傷を与えた大量の黒い歩の鱗を放った。


「将棋は数の攻めも大事だけど、これは単調過ぎるよ。」


 師匠も、懐から大量の歩を取り出し、全ての鱗を叩き落とした。


「これが振り飛車のだよ。」


「振り飛車の…だと?」


 ロリコン師匠の駒運びは、人間の動きではなかった。流石の邪龍も戸惑っているようだった。


「振り飛車は、数百年前に死んだ戦法とされるけど、むしろ逆だよ。振り飛車は、強すぎて。」


 師匠は、邪龍の攻撃を避けながら、飛車に闇のオーラをずっと溜めていた。さらに、邪龍の黒い歩の鱗に込められていた分のオーラも全て飛車で吸収していた。攻撃の準備は整っている。


「なんだ…お前、いつの間にそんなオーラを込めたんだ…!しかも、お前、さっきから一歩も足を動かしていないな!」


 そう、師匠は、邪龍の激しい攻撃に対して、一歩たりとも動かずにいたのだ。


「さあ、トカゲさん。君は詰んだよ。」


「くそっ…!」


 なんと邪龍は、ロリコン師匠に背を向けて逃げることを選んだ!


「そうやって、深く逃げようとする玉を捕まえる為の振り飛車の奥義…それがこれだよ。」


 師匠は、逃げる邪龍に向かって、闇属性がたっぷり込められた飛車を投げつけた。


「藤井システム…」


 これが、封印されし古の奥義の名だった。

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