第62手 ヒロインだって死ぬ世界

「た…たれぞー!」


 俺は、真っ黒な地面に顔から激突してしまった。歯が折れ、恐らく鼻も折れてしまった。口の中に血の味が広まる。


「ぐあっ…!」


 俺の足先が遠くで転がっていた。


 足の切断面からは、血が止めどなく溢れて来る。迂闊だった。


「たれぞー!」


 対局中にも関わらず、かおりが俺の方へと駆け寄って来た。バカ兄貴に背中を向ける。


「戦いの最中に隙を見せるな。」


 バカ兄貴は、香の前にワープした。そして、左手で香の鼻と口を押さえて宙へと持ち上げた。


「ば…なぜぇ!!!」


 必死に口をもごもご動かし、手足をばたつかせて叫んでいる香。


「たれぞー。そこで、女が死んで行くのをゆっくりと見ているがいい。」


 バカ兄貴は、少しの躊躇も無く、斬を無防備な香の腹にサクッと突き刺した。


「ゔゔっ!」


 香の声にならないこもった叫びが、ブラックホール内に響いた。傷口からダラダラと血が流れる。バカ兄貴は、斬をグリグリと動かし、傷口を更に広げる。


「がっ!」


 香の目には涙が滲んでいる。


「バカ兄貴…!頼むから止めてくれ…!」


 俺が動けないことをいいことに、バカ兄貴は香をいたぶる。斬で傷口をどんどん大きく広げる。


「たれぞー、お前は本当に昔から弱いな。自分の女も守ることができないのか?」


「むがゔ!!だれぞーば…あだじどづぎあっでねえ!!」


 香が何かを叫んでいる。口を押さえられているため、何と言っているのか上手く聞き取れない。


「ほう、まだ喋る元気があるのか?」


 バカ兄貴は、一度突き刺した斬を抜くと、今度は先程より少し右側に突き刺した。


「ぐっ!!が!!」


 血が香の脚を辿り、地面へとボタボタ落ちる。バカ兄貴は、さらに突き刺した斬をすぐに抜くと、また別の箇所を刺した。


 そして、また抜いては刺す。


 また、刺す。


 刺す。


 刺す。


 刺す。


 刺す。


 滅多刺しだ。


 腹だけじゃなく胸の方まで全体を隈なく刺す。


 こんなの地獄絵図だ…!


「うわぁぁぁあ!!!!」


 俺は、刺す度に聞こえる香の呻き声が聞こえないように叫んだ。しかし、最初に比べて随分声が小さくなっているのが解る。


 一体何回刺したんだ。香の足元には見たことがないぐらいの血溜まりができている。俺の足から流れる血とも比べ物にならないぐらいの量だ。


 人間ってこんなに血が流れていたんだ。


「ごっ…!!ごぶ!!」


 何十回目だろうか。


 斬を既にスダボロの腹に深く突き刺した瞬間、バカ兄貴の指の隙間から、香が大量の血を吐き出した。


「ゲホッ…ゴホッ…ぐはっ!!」


 香の目が虚になり、手足の力がだらんと抜けた。


 バカ兄貴は、全身真っ赤に染まった香を俺の横へと投げ飛ばした。

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