第21手 王手じゃなくてチェックメイトの世界

「たれぞー!」


「ぐっ…うあ…!」


 遠くで師匠の声が聞こえる。本当にヤバい。痛いってもんじゃない。俺が蹲った少し前方に、俺の右手がボトッと音を立てて落ちる。ああ、自分の骨、初めて見た…


 さらに、兄貴が俺の首を刎ねようと、後ろへ回り込んだ。殺される。


 しかし、危機一髪の所で、四五六しごむ名人が、地面に落ちていたを、バカ兄貴の右手に命中させた。


「チッ!」


 バカ兄貴は、痛みで一瞬動きが止まった。今だ!俺は、その隙に、バカ兄貴を蹴り飛ばしてやった。後ろに見事に吹き飛びやがる。


 将棋はもう終わりだ。ここからは集団リンチにしてやる!


 俺はそう思ったのだが甘かった。バカ兄貴は、地面にぶつかる瞬間、再び姿を消した。


「ぐあっ!?」


 名人の声だ!


「順番は、変わってしまった。お前が先に死ね。」


 バカ兄貴が、名人の背後へワープし、飛車で、腹に大きな風穴を開けた。腹と背中両方から血がドプッと溢れ出す。


「心臓を狙ったつもりだったが、流石の大局観だ。ギリギリで駒の軌道を変えたか。」


 名人は、傷口を押さえて膝をつく。小学生相手にも容赦はねぇのかよ。


「だが、もうその傷では動けまい。」


 大体、このバカ兄貴のパワーアップの原因は何だ?どんな仕掛けがあると言うのか?ワープのスピードが速すぎて、とてもじゃないが追いつけない。


 ただ一人を除いては…


底歩そこふ…チェックメイトだ。」


 名人を殺すことに夢中になっていたバカ兄貴の背後を師匠が捕らえた。バカ兄貴の動きがぴたりと止まる。この距離だと、さすがにワープする隙もないだろう。


「底歩、さっきのフードを被った奴らはどこに行ったのか教えてくれるかい?」


 師匠は、バカ兄貴の仲間達全員を殲滅する気でいるようだ。まあ当然のことだろう。バカ兄貴も含めてだが、相当な実力を兼ね備えた『殺る将』達だ。野放しにするのは危険過ぎる。


 バカ兄貴は、静かに宙を見上げる。あの冷たい視線の先には何が見えているって言うんだ。


毒島ぶすじま…俺こそお前に聞きたいことがある…」


 ポツリと呟いた次の瞬間、師匠の周りを一瞬で闇の炎が包み込んだ。先程、俺らを囲んでいた物より更に強力だ。


「先に、たれぞーと名人を殺す。お前は、そこでゆっくり傍観しとけ…」


 兄貴は、手にしっかり斬の駒を握っている。さあ、どこにワープして来る?俺は、全神経を集中させる。なんとか、初手を躱して、カウンターを決めなければ勝ち目はない。


「行くぞ…」


 姿が消えた。後ろだ!俺は、バカ兄貴のオーラを背後に感じ、後ろを振り返る。そこには、既に斬を振りかざしているバカ兄貴の姿が見えた。間に合え。俺は、身体を捻り、なんとか躱すことに成功した。しかし…


「甘い…」


 俺の身体がバカ兄貴に引き寄せられる。しまった、ブラックホールの応用か!


「がっ…!」


 俺は、左肩から右大腿部まで斜めに大きく斬られた。凄まじい血飛沫だ。右手首からの出血も、止まることなく溢れているのに、さらにとんでもない傷を負ってしまった。俺は、この時、痛みに喚く気力すらなかった。


 遠くでは、名人が仰向けに倒れてしまっている。生きているのか死んでいるのかも分からない。


 だが、少なくとも俺はもうすぐ死ぬ。


 まさか、目標だったバカ兄貴に。大嫌いなバカ兄貴に殺されるとは。せっかくプロになれたし、かおりみたいな奴にも出会えたのに。俺の人生はここまでか。


 ぼやけてくる視界に僅かだが、地面に転がる飛車が映った。


 飛車…?


 今、一瞬何かが見えた。


 勝ち筋が…。


 その時、


 そうか。


 この感覚が…


 これが…


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