第2手 居飛車も振り飛車も終わった世界

 そう言えば、この物語の主人公は俺だ。


 パソコンの前で、あの名人戦を観ていた少年だ。


 名前は、羽野はの 垂歩たれふ


 今年、やっとのことで四段プロデビューを果たした、まだ16歳の高校生だ。俺の夢は、名人になること。それは将棋に出会った時から一度たりとも変わっていない。


 今、世界はAIに支配されている。かつて、人間が行なっていた仕事の九割以上は、現在AIに奪われてしまった。


 つまりは、人間の価値が大幅に低下したことを意味する。


 将棋のプロ棋士に関しても、現在、AIによって存在を消されそうになってしまっている職業の内の一つだ。AIの進化の歴史から考えてみると、かなり将棋は粘っている方ではあるが…。


 まだ人間は将棋で戦える。AIには無い、熱い気持ちを持って盤に向き合う魂がある。


 その魂とやらを子どもの頃、今は死んだ祖父に教わり、今でも俺の財産となっている。そして、祖父から伝え聞いた、将棋が世間で一番注目されていた時代。俺は再びその時代の輝きを取り戻したいとも思っている。


「たれぞー!!」


「うおっ!?」


 急に耳元で叫ぶバカが現れた。俺の姉弟子あねでし篠崎しのざき かおりだ。


「今寝てたよな? あ!?」


 口が悪いかおりは、これでも俺より歳下の14歳。だけど、段位は俺より二つ上の六段だ。史上20人目の女性プロ棋士であり、二人目の女性名人になるとまで言われている天才少女だ。見た目は小さくて正直可愛いが、それとは逆に、棋風きふうはかなり鋭く激しい。口の悪さと同じである。


「お前なぁ、先輩棋士の長考中に寝るとはいい度胸だよな? ぶち殺すぞ?」


 に水属性をまとわせて俺の目先へと持ってくる。かおりの獲物を睨みつけるような光る目が俺の好物だと言うことはまだ誰も知らない。ごちそうさま。


「悪かったな。でも練習対局で時間無制限ってどういうことだよ!?」


 俺が毎回、かおりにぶつける疑問…というか怒りである。


「あたしは、時間が無限にあったら誰にも負けねぇんだよ! AIにもなっ!」


 ヒートアップするかおり。まあ、いつものことだが。


 そして香は、何かを思い出したようで、慌てて立ち上がった。


「あ、やべぇ、今日は終わりじゃ! 師匠の対局がもうすぐ終わる! 早く将棋会館に戻らないと応援してないのがバレるぞ!」


 香は俺の腕を無理矢理引っ張って立ち上がらせた。


「将棋盤、消してないって!」


 この時代、大半の将棋盤はホログラム化されており、スイッチ一つで出し入れが可能だ。今は、主に公式の対局でしか本物の将棋盤を見ることはない。


 そんなこんなで俺と香は将棋会館へと向かった——


 将棋会館の近所に住んでいるということもあり、僅か数分足らずで到着。そして、入り口を抜けようとした、ちょうどその時。


「あっ…! 師匠!」


 対局中だと思われていた師匠が前から歩いて来ていた。


「しまった、あたしらが応援してないのバレたぞ!」


 焦る香。


「もういいよ、どうせボクは誰にも応援されないおじさんなんだから。」


 俺の師匠の名は、毒島ぶすじま あゆむ。年齢は確か46歳。若い頃は幾つものタイトル戦に絡んでおり、全盛期には九冠に輝いてこともあるトップ棋士だ。実は今の年齢になってもA級。つまり、将棋界のピラミッドの頂点10人に含まれる一人なのだ。


 だが、見た目は見すぼらしく、将棋の強さなんて微塵も感じられない。この人は将棋じゃないと生きていけないだろうと16歳の俺からでもわかる。


「師匠、勝ったのか?」


 かおりが尋ねる。


「あ、勝ったよ。お昼休憩の前にはね。」


 バカっぽいけど、やはり師匠も天才だ。これで、犬王戦けんおうせん4強入を果たした。ということは、次の相手はあの四五六しごむ名人。


「次は名人が相手かー。流石に負けたなこれは。でも可愛い弟子の応援があったら相打ちにぐらいできないかなー?」


 師匠はそう言って、笑いながら将棋会館を出て行った。


「なんか、勝ったからご機嫌だったな。」


 安堵する香。師匠は負けたら、俺らに八つ当たりをする。具体的に言えばメシをねだってくるのだ。情けのない師匠だが、何か憎めない。


「よし、たれぞー! さっきの続きやろうぜ!」


 思い出したかのように眩しい笑顔で見つめて来る香。


「いやー、でも俺、疲れたかも…。って痛い!」


 かおりにケツを思い切り蹴られた。


「馬鹿野郎! 未だに序盤すら適当な戦いするヤツが何をぬかしとるんじゃ!」


「まあそうだけど…」


 昔、あらゆる戦法のは整備されていなかったそうだ。だが、AIの発達後、AIが最終的に絞り出した結論は、後手ごてがあらゆる手を指して来ようとも必ず先手が勝ってしまうと言う物だった。


 しかし、人間にはその全ての手を覚えるのは不可能だから問題無いと一時はされていた。だが、事実は小説よりも奇なり。とうとうAIが示す、必ず先手必勝の筋を丸暗記したプロが現れ始めたのだ。


 それに慌てた将棋連盟は、苦渋の決断を下した。なんと、49×49の2401マスの盤を用いた新ルールを採用した。もちろんそれに伴い新しい種類の駒も増えた。さらに、縦、横だけでなく、高さまで増え、開始時の自玉の位置は、『25四十九A』とか表されるようになった。


 ちょっと前に流行した、『浮き飛車びしゃ引きこもり』という戦法では、最終的に玉は49四十九Bに囲われる。


 ちなみにこの戦法は、ガチガチの防御力を誇る一方で、オーラでゴリ押しするオーラ戦に弱いと言うことで現在は指されなくなった戦法である。しかも、かなり激しいオーラ戦になる為、数年前にを出してしまったのだ。


 話しは脱線したが、俺は定跡は覚え切れない。だから、オーラの力のみで相手を倒す。それが俺のスタイルだ。


「大体定跡なんか日進月歩なんだよ!せっかく覚えても下手すりゃ明日使えなくなるかもしれないんだぞ!」


 俺の言い訳。


「でも定跡を覚えたら終盤戦にオーラを温存できるだろうが! 勿体無いだろ、お前みたいなオーラ馬鹿が! 序盤さえ上手くできればすぐタイトル採れるぞ!」


 オーラ馬鹿か。確かに俺は困ったらオーラにしか頼っていない。それが自分自身の成長を妨げることも本当は分かっている。だから…。


かおり! 明日の俺の順位戦。しっかり見とけよ。俺が研究した新戦法をぶつけて勝つ!」


 そう。自分だけの将棋を指してやる。定跡なんて必要ない。


 ————————————


《100年後の将棋について、その2》


 飛車びしゃ

 2四十八Aから飛車を横に振り、2筋以外から突破を試みる戦法。しかし、現在では飛車を振った瞬間、AIはその手の評価値を−9999と示すため、現在ではまず指されない。


 居飛車いびしゃ

 2四十七Aの歩を突き、飛車を横に振らずして突破する戦法。大昔、角換りと呼ばれる戦法が流行ったが、あまりに研究され尽くし、とうとう先手必勝の定跡をAIが発見したことにより、将棋界に激震が走ったとされる。49×49となった今は、オーラを使う事で辛うじて生き残っている戦法である。


 飛車びしゃ

 飛車をBかCに浮かせ活用する戦法。オーラを纏わせることで応用が効き、現在の主流となる戦法である。一度、飛車を横に振ってから浮かせるという、陽動ようどう浮き飛車など、とにかく手が広く研究課題が多い。


 飛車びしゃ

 初手しょて、飛車に自らのオーラをまとわせ、相手に投げつける戦法。KO勝ちは狙えるが、一撃で仕留め切れなかった時は、オーラの消費が気になる所であり、飛車を渡す為、カウンターが強力だ。それを恐れて、あまり好んで指す人はいない。


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