第35手 いつの時代も裏切り者は突然キャラが豹変する世界

「し…師匠…これは…どういうことですの…?」


 足をガクガクと震わせる星六段。万田まんだ七段は、星六段の腹部に侵入させた手をグリグリと捻る。


「ぐっ…あ!」


 傷口が広がり、さらに血液が溢れ出る。


「ほら、星さんが動いたから…一撃で殺せなかったでしょ?心臓を潰したかったのに…代わりに胃袋がズタズタになって死ね。」


 星六段の師匠も猫王にゃんおう側であった。俺は、あまりの驚きで声が出ない。


「万田七段!お前まで!」


 豊田先生が叫ぶ。


「えー、そうですよ。あなた方は勝手に私を味方と思っていただけです。ずっと…我慢していただけですよ。わざわざ弟子までとって、怪しまれないようにね。ずっと昔から…」


 そう、万田七段こそ、現代将棋の立役者の一人なのだ。プロ棋士独特の脳波を感知し、属性を出現させる駒を発明した人物。それが万田七段。誰よりも先頭に立ち、新たな将棋界を作るために、日々奮闘していたように、俺らの目には少なくとも映っていた。


 だからこそ、万田七段の裏切りが理解不能なのだ。


 今でも正直なところ、万田七段が、弟子である星六段を手にかけているという事実が信じられないでいる。


 だが、俺の中で一つ繋がったことがある。


 、バカ兄貴と会話していたフード野郎の声、どこかで聞いたことがあると思ったが、アイツは万田七段だったんだ。


「この、ゲス野郎が…!」


 鶏王けいおう大鳥居おおとりい チュンが、火属性を込めた歩を万田に投げつけた。


「おっと…!」


 万田七段は、星六段に突き刺していた手を引き抜くと、鶏王の攻撃をさっと躱す。


 まるでトサカのような髪型をしているが、イケメンで有名な鶏王は、どうやら俺らの味方らしい。


「きなこ五段!悪いが星六段の治療を頼む!万田の奴は、この俺、鶏王が焼き鳥にしてくれる!」


「は…はい…!」


 きなこ五段が急いで大怪我を負った星六段の元へと駆ける。


 星六段は仰向けに倒れ、涙を流していた。傷口をしっかり両手で押さえ、悔しそうに唇を噛み締めている。


 将棋界が一気に崩れ落ちそうな、そんな不安が俺を襲った。

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