第98手 直接攻撃が封印された世界

 かなりの時間が経過した。


「にゃ〜! こんな感じか?」


 猫王にゃんおうは、全ての駒に対し、器用に文字を刻んでくれた。何とも芸達者だ。爪も研げた上に、駒も完成したのでご満悦な様子である。


「よっしゃ! やっと完成したぜ! 星六段、それで駒の配置はどうやるんだ!?」


 香は、ウキウキの様子で星六段に尋ねる。


「ちょっと図の通りに並べてみますわね。」


 星六段は、本に描かれた図と見比べながら駒を盤上に配置していった。俺らは固唾を飲んでその光景を見守る。何故だか、見ているだけなのに凄くドキドキする。ただ、駒を並べているだけなのに。


 駒を完全に並べ終えるまでに、時間は5分程要した。


「盤が小さくて…返って緊張しましたわ。」


 星六段は額に汗をかいていた。なんとなくその気持ちは分かるぜ。


「おい、たれぞー! 早速、一局やってみようぜ!?」


 マジか。急にできるもんなのか? 香は、いきなり対局を俺に申し込んで来た。でも、9×9だもんな…。これまでやって来た将棋よりは簡単な筈だ。断るのも何だか弱気に思われるだろうし、俺は黙って盤の前へと座った。香も、盤を挟んで俺の反対側へと座る。


「よし、先手はあたしだ…!」


 勝手に決めやがって…!


 まあ、いいだろう。後手であろうが俺は勝ってやる。盤上に集中する。


 その時…。


「ぐあっ!」


 俺の鼻に飛車がぶつかった!


「ちょ、ちょっと待て! 昔は駒投げるの反則だろ!?」


「あ!? マジかよ!? だって今、たれぞー隙だらけだったぞ!?」


 いや、俺の知識が正しければ、直接攻撃が認められたのは49×49×3に変更されてからだ。


「羽野五段の言う通りですわね…。昔、駒を投げたと言う記録は一切残っていませんわ。」


 ほれ見ろ!


「くそ…!『初手不意打ち投げ飛車』ができなくなったってことか…! 初手に飛車も浮かせられないし、何していいか分からねぇよ!」


 結局、過去の文献を漁りながら、その対局は2時間以上も続いてしまった。だけど、型ちは違えど将棋は将棋だった。ここまで、熱くなれる物は他に無いのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る