第9話 全教科一位の才女
決闘騒動が終り一週間。
あの日からフォルトは教室から消え、僕を罵倒する輩は居なくなった。
関わらない様にしているのが丸わかりである。
廊下でも早足で避けていくほどに。
「この程度の時間と手間で済むならもっと早くやっとけばよかったなぁ……」
と思わず呟いてしまうほど簡単だった。
あの程度の雑魚ならダンジョンに行かずとも余裕だった。
強化魔法すらも要らなかったかもしれないというレベルだ。
「ですが今の空気はちょっと……リヒト様はこれで宜しいのですか?」
教室内を見渡せば、スッと視線を逸らす者がしばしば。
「いいんじゃない。僕はリーエルが隣に居てくれるだけで十分だよ」
「まぁ! でもやっぱりリヒト様が評価されないのは癪ですわ」
うーむ。評価云々は学校を卒業してから気にすればいいと思ってしまうが、リーエルが気になると言うならどうにかしたい。
とはいえ、今周囲が感じているのは自分が脅かされるかもしれないという恐怖だろう。
だからこれ以上誰かを叩き潰して見せても逆効果。
けどフォルトの雑魚っぷりに呆れている視線を向けていた面々も居たんだよなぁ。
その中の大半は魔法が使える者たちだと思われる。
そうした者たちにこそ力を見せて黙らせたいのだが、フォルトがあまりにも弱すぎて伝わらなかった。
そんな今の状態で緩和策を取るのもちょっとなぁ……
「というか、そもそも今までずっと罵倒してきた奴らと仲良くしたくないしなぁ」
「あぁ……それはそうですわね。下手に近寄って来られても困ります」
特に女性は、とリーエルが呟く。
じゃあ、とりあえずは様子見しよ。と雑談して一日を終えた。
そして決闘から八日後、早くもフォルト家からの返事が来た。
なになに……
と、読み込んでいくと、ガチの謝罪文だった。
うちの息子が大変申し訳ない事をしてしまった。リヒト殿にはどう償っていいのか、と。
まあ、そうなるか。
フォルト家って法衣貴族なのに政治面でも強くないしな。
とりあえず嫡子から外し、扱き上げ根性を叩き直すとは書いてあるが、そこは勝手にしてくださいってところだな。
そして、どうやらお詫びに大金貨二十枚くれるらしい。
これで手打ちにして頂けないだろうかと。
特に事を荒立てるつもりは無い。
詫びも子供の喧嘩で大金貨二十枚ならグランデ公爵家の面子としても立つ話。
互いの面子として詫びは謹んで受け取る。彼の処遇は自由にして頂いて構わない。
そう言った旨の返事を認めて再びフォルト伯爵に手紙を出す。
グランデ家にもフォルト家から謝罪文を貰い穏便に済みそうだという手紙を出した。
今、父上は皇都に居るので事前に会って報告は済ませてある。
豚と罵られて殴られ揉み消しの為の決闘を申し込まれたと話せば、ピキッと額に青筋を走らせていたが、返り討ちにして退学に追い込んだと話せば機嫌がすぐに直ってくれた。
フォルト家の対応が謝罪じゃなかった場合は知らせろと言われていたが、自分で背負えそうな話なら好きにやっていいとも申し付けられていたのでフォルト家には僕の裁量で決めて手紙を出したのだ。
まあ、相手が謝罪してきたらそれを受け取って手打ちにするのが常識なのだけど。
勿論、常識の範囲内で見合う謝罪をしたのであれば、だが。
下手に欲張っても悪評、突っ撥ねても悪評。
そんな可能性が付きまとうので受け取って終わりが一番安全なのである。
この程度で大金貨二十枚なら、全部回収すれば大金貨二千枚くらいになりそうだな。
なんて笑い話をすればリーエルに悲しそうな目で見つめられてしまった。
そうして事が済み、特に気にせず授業を受けていたのだが、新学期早々クラス分けのテストを行うとの知らせがあった。
リーエルは進級テストも兼ねているらしい。
半年に一回、成績でクラスを入れ替える学校だ。新学期になればあるとはわかっていたが、リーエルは大丈夫だろうか……
そう思い、問いかけてみる。
「ええ。教本を見る限り問題ありません。学んだのはもう何年も前ですが予習してみれば案外覚えているもので、不安はそれほど感じませんでしたわ」
「流石才女。とはいえ僕から見てもこの学院のレベルが高いとは到底思えないけど……」
一応、国で一番の学校なのだが……
まあ学業を突き詰めても専門職にしか役に立たなそうだからこれが普通なのかもな。
この上の学術院で学者を目指す者たちがちゃんと高度な事をやるのだろう。
「わたくしとしましては、魔法の練習や領主としての勉強もありますので都合が良い事ですわ」
「そうだね。時間がゆったり取れるのはいい事だね。
テストの順位でクラス分けされるから、そこだけは気を付けないと。僕も予習しとこ」
そう口にすると「ヒェッ……」と、リーエルが喉から変な音を鳴らした。
ん、と首を傾げて彼女を見ると、今回の成績でクラスが分けられるとは思っていなかったらしく、青い顔になっていた。
そうして授業も終わりお家に帰ると、彼女はわき目も振らず勉強を始めた。
それに釣られて僕も隣で予習を始めるとエメリアーナが凄く嫌そうな顔で続く。
合間合間で何度もエメリアーナが答えを聞いてくるので全然集中できない。
仕方ないのでもう彼女に付きっきりで教え、自分のは夜中に回した。
猛勉強の日々を二日過ごし、僕らは万全の状態でテストへと向かった。
いや、エメリアーナは万全とは言い難いが、それでも酷いことにはならないくらいには仕込んでの登校。
だというのに二人とも不安そうにキョロキョロしている。
周りのみんなも猛勉強してきたのだろうか、と。
「ね、ねぇ……私大丈夫よね?」
「ああ、平気だから行ってこい! お前なら勝てる!」
何にだよ、と自分でも思いつつも励ませば「わかったわ。リヒトがそう言うなら勝ってくる」と彼女は一人一年の教室へと向かった。
そんな彼女を見て「あいつ、思い切りだけはいいよな……」と思わず呟いた。
「えっ……エメリアは厳しいのですか?」
「いや、大丈夫。テストが終わればわかる。僕らも早く行こう」
そうして僕らは学期明けの試験を一日掛けて受けたのだった。
テストが終わり、休みを挟んだ次の日。
校舎に入ると学年別にクラス分けの通知が張り出されていた。
それを見て、不安な顔で自分の名前を探すエメリアーナ。
「あ、Bだわ! 悪くないわよね!?」
「四クラス中だから悪くないな。よく頑張った」
と、リーエルと二人でエメリアーナの奮闘を称える。
「そ、そっちはどうなのよ……」と問いかけるエメリアーナ。
「いや、僕らはキミと違って文系だよ。見るまでもないさ」
「テスト問題を見て焦っていた自分が馬鹿みたいだ思いました。
戦闘訓練に明け暮れていた人たちも受けるのだからその分難易度を下げているのでしょうね」
そう。二人で揃ってAに入りたい、という理由から頑張ったが、元々大した試験じゃない。
試験が終わって答え合わせをするまでもなく、僕もリーエルも間違いなく大丈夫だと安堵の息を吐いたくらいである。
そうして気楽に廊下を歩き、折角頑張ったのだからと二人で順位の張り紙を見たのだが、僕は結果を見て目を見開いた。
「えっ……リーエルさん、もしかして全部一位?」
「まぁ! リヒト様も殆ど二位か三位ですわ。一位もありましたよ?」
いや、その……全部一位て。魔学だけがお互い満点で僕も一位だけど……
「リヒト様はエメリアーナの面倒を見てくださいましたからね」
「慰めはいらないよ。これは勝負の世界だ……けど殆ど満点じゃ次も勝てる気がしない」
「あら、今更? お姉様は本当にすごいのよ」とエメリアーナが胸を張る。
本当にエメリアーナの言う通りだ。
全教科ほぼ満点とかどんな記憶力だよ……
「もう! なんで勝負なのですか! 分け合うのでしょう?」
「おお、そうだった。リーエルも頼れるところは僕に頼ってね」
「ふふふ、もうずっと頼りっぱなしです♪」
そうして張り紙の前で三人で話していると、何故か予想外の人物から声を掛けられた。
「ハインフィード辺境伯、驚いたぞ。まさか全てにおいてトップに立つとは。
病魔に負けず研鑽を怠らなかったこと、賞賛に値する」
と、当然の様に輪に入ってきたのは皇太子殿下だった。当然後ろにはご一行さんも居る。
「お褒めに預かり光栄ですわ。それでもリヒト様には到底及びませんが」
「ん? 確かに今回、順位を大きく伸ばしたが、キミの方がグランデよりも上だろう?」
「はい。ですが学力は私たちが生きていく上で使う力のほんの一部ですから」
僕は話しかけられていないのでマナー的に話に入り辛いが、これは余りよろしくない。
恐らくは、取り込みに掛かっているのではないかと思われる。
リーエルがちょっと小さくなっている事に気が付いたのか、それとも彼女と仲良くしてエメリアーナと距離を近づけようとしているのかはわからないが、意図的なものを感じる。
いや、考え過ぎか?
皇太子殿下が称えてもおかしくないくらいに全教科一位は偉業だからな。
「ふむ。辺境伯は謙虚だな。エメリアーナ嬢も武に秀でた神童だと聞く」
「いえ、その様な事は……」と困り顔で視線を逸らすリーエルだが、それには触れず一行はエメリアーナを囲んで声を掛け始めた。
それを見て理解した。
ああ、エメリアーナに話しかける切っ掛けに使っただけだ、と。
その光景に僕は一人葛藤する。
お前たちも僕の受けてきた洗礼を受けるがよい!
いや、待て。皇太子殿下を罵倒はまずい。
だけど、こんな状況で間には入れない。
どうしよう……と。
仕方ない。先ずは傍観だ、と取り巻き二人の言葉を静聴する。
「エメリアーナ嬢、お噂はかねがね。もう既に墓守としての務めに出ていらっしゃるとか」
「大変素晴らしい御手前だとお聞きしました。私も剣術を習う身。できればご教授頂きたい」
侯爵令息と伯爵令息が声を掛けているが、エメリアーナは視線を彷徨わせて返答に困っていらっしゃる。
恐らくは嫌いな男が褒め称えてきてどうしようとか考えているんだろう。
あれだけ嫌いと言っていた男相手にもじもじした様を見せている。
そんな彼女をちょっと面白いと思いつつも観察していたら目が合った。
「ちょっと! 助けなさいよ!」と、腕を引きこちらを睨むエメリアーナ。
助けるって何からだよ……と思いつつも、腕を引っ張られてしまっているので対応しない訳にもいかない。
「失礼。エメリアーナ嬢も社交に出てこなかったが故、こうして異性と話すことに慣れておりませんので返す言葉にお困りになっている様です」
「そ、そう。それよ!」と、我が意を得たりと頷くエメリアーナ。
「ふむ。確かにそうであったな。しかし、グランデには慣れている様だが……?」
何故か皇太子が再び間に入り、見下した目でこちらを見る。
またか……
いつも突っかかってくるんだよな、こいつ。
何でもかんでも僕の所為にしたがるし……
僕が学院で舐めていい存在みたいな扱いになったのもほぼこいつの所為なんだよな。
「ええ。私は暫く前からハインフィード家でお世話になっておりますので。
その上こんな見た目ですから異性としては見られておらず、気にもならないのかと」
「べ、別にそこまでは言ってないでしょ!」
いや待て。なぜお前が突っかかる。それ以上に言っていただろ……
あ、もしかして褒めてきた相手だから良い女を演じたいのか?
ふむ……権力者と仲良くなれそうならそれはそれで悪くない。
ハインフィードの為になるならばそのくらい協力するよ。
そう思って声を上げる。
「ははは、では私の思い違いでしたかね。誤解が生まれてしまっていた様です。
よくよく考えればエメリアーナ嬢は勝ち気ですが情の厚い素敵な女性ですから、ありえませんでしたね」
ほら、上げてやったぞ。アピールしたいならしてこい!
と思うが、何故か彼女は赤い顔でこちらをチラチラ見上げている。
こっちを見ても意味無いぞ。
あっちを見ろ、と目配せをするがこちらに視線を向けたままのエメリアーナ。
「そ、そうよ! リヒトはもっと自信を持っていいんだから!」
はぁ?
いやいや、僕に話を振ってどうする!
あぁ……でもこいつは僕と違って自分の評価の為に相手を利用しようとはしないかも。
馬鹿で愚直で暴力的だが、心根は真っ直ぐだものな。
そう考えると勘違いだったかも……
大っ嫌いだと思っていた男が紳士的に接してきて混乱してただけか。
けど、どうすんの。なんかこの微妙な空気。
女性を口説きに行ったけど、見下してる男にばかり女性が構っている構図。
僕、的じゃん……
そう思っていると、皇太子殿下までもが僕を睨みつけてきた。
「……キミは婚約者に敬称を付けさせてその妹には呼び捨てにさせているのか?」
「ええと、まあ、そうなりますね……不本意ながら」
そう返すと、取り巻きの二人もこちらをギロリと睨んだ。
確かにこれは僕の不手際だ。確かに僕から敬称と付けろとは言っていない。
もっとしっかりと話し合うべきだった。
「仕方ないでしょ! 最初はあんたにムカついてたんだから! 慣れちゃったの!」
ああ、うん……
噛み付いてきてくれてありがとう。
今回ばかりは助かる。
予想外のエメリアーナ返答に皇太子ご一行が何て言葉を返していいのか困ってる。
「わたくしも注意しているのですが、この子は今更呼び方を変えるのが恥ずかしいそうで」
「ふむ。気持ちはわからなくもないが、それは周囲に誤解を生む。直した方が良いだろうな」
そう殿下が言うとエメリアーナが「わかったわよ! リヒト様! これでいいんでしょ!?」と皇太子殿下に向かってガン飛ばし声を荒げる。
「お、おおう」と気押されている皇太子を見て少し溜飲が下がった。
裏表の無いエメリアーナさん、素敵です。
「ああ、うん。義理の兄になるまではそれで頼むよ」
「えっ、あっ……そっか。義兄上? お義兄様?
あはは、それならあんたのこと気兼ねなく呼べそう」
と、楽しそうに笑うエメリアーナに釣られて「それはよかった」と僕も笑う。
その様を見て取り巻きたちも理解した様子。僕がリーエルとの結婚に前向きな事に。
誤解も解けたみたいだし、もういいだろう。
「では、そろそろ時間ですので僕たちはこれで……」と授業の時間が押してきたことを理由にその場を離れた。
直ぐに教室が分かれるエメリアーナとも離れリーエルと二人教室に行き席に座る。
「ハ、ハラハラしましたね……」
「うん。僕も助けて欲しかったくらいだよ……」
殿下がエメリアーナを狙う事は立場上無いだろうから、取り巻きと婚約させたいのだろう。
その上で彼女が乗り気なら、なんて考えかけた。
だって最初の僕の時の対応と全然違ったんだもの。
けど、彼女なりに嫌でも頑張った結果だったとわかり方向転換した。
そう考え直せてよかった。
だってあの子、いつか殿下を殴りそうだもの。
「もっと心が広いやつが見初めたなら頑張って応援するんだけどなぁ」
「あら、まるで本当のお兄様みたいですね?」
「まあ、僕みたいなやつでもそのくらいの心配はね?」
そう言った瞬間、リーエルが鋭くこちらを睨む。
どうしたんだ、と首を傾げればほっぺに両手を添えられた。
「リヒト様はご自分を下げて話す癖があるの、わかっていますか?」
「ああ、そうか。それもやめなきゃいけないのか。
馬鹿相手にやり過ごす時には有効だから常になってしまっていたな」
「いけません! リヒト様であってもリヒト様を貶めるのはダメです!」
なるほど。
じゃあ、これからはもう少し尊大に振る舞いますかね。
そう心に決めた瞬間、一階の方からドォォーンと凄い音が聴こえた。
明らかに学院では聴こえてくる筈の無い爆発音。
それも建物が揺れる程のもの。
えっ……
エメリアーナさん、もしかしてやっちゃった?
僕とリーエルは顔を見合わせて頬を引き攣らせた。
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