第42話 突然の編入生


 ゆっくり落ち着く間もなく皇都へと戻ってきた僕ら。

 今回、エメリアーナはしばらく休学させることにした。

 ある程度立ち位置が決まるまでは騎士団でのポジション作りに専念して貰いたい。

 葬儀の出席に関しても僕とリーエルが居れば問題は無いからな。


 まあ、とはいえもう少し先の話。

 今は学院に通いつつゆっくりさせて貰おう。


 学院は夏季休暇明け。

 丁度良く戻って来れたね、なんて学院に登校しつつもリーエルと二人話し合う。


「夏季休暇と言えば僕がハインフィードへと向かった時期だな。もう婚約から一年か……」

「えっ!? もうそんなに経つんですか!?」


 うん。気持ちはわかる。

 僕も色々な事が起こり過ぎた所為かあっという間の一年だった。

 いつの間にか二年になっていて、戦争にも出たからなぁ……

 そりゃ、早くも感じる。


「学院に戻って来ると世界が変わったみたいだよね。良くも悪くもだけど……」

「ええ。閉じられた空間といいますか……子供の世界という感じですね」


 そう。気にするところが色々と僕らと違うのだ。

 話しているとそれを常々感じる。

 Aクラスの面々は割と真面な人が多いのだが、やはり目線が少し合わない。


「ミリアリア様と他、数人と言ったところですね……」

「環境が変わってから社会に染まっていくのだろうね。現状では仕方ないのかもしれない」

「確かに……リヒト様が来てくださって私も世界が変わりましたもの」


 僕もだよ、なんて話していれば教師が入ってきた。

 それはいつも通りなのだが、一人の女子生徒を連れていた。


 なんかどこかで見た事があるような……

 社交界でかな?


 そんな思考を「今日は編入生の紹介から行う」との教師の声に止められる。


 女子生徒に教師が視線をむければ彼女は一歩前に出て胸に手を当てる。

 気品はあるが、彼女はまるで値踏みをしているような視線をこちらに向けて口を開く。


「本日よりこちらに編入することになりました。

 わたくし、アイリーン・ラ・ルドレールと申します」


 ルドレール……王国?

 あっ……!


 えっ!?

 サンダーツに兵を送った国の姫じゃないか!

 はぁ?

 なんで来てんの!?


 そんな混乱に見舞われる。

 周囲の反応も様々なので気取られはしていないだろうが、あまりの驚きに少し顔に出てしまった。


 他の生徒たちもルドレールの名に反応した者が大半だ。

 そう。隣国の国名なのだから彼女が王族なのは誰でもわかる話。


 そんなざわついた空気の中、彼女は我が道と言わんばかりの顔で歩いて来て、僕の隣を座る場所として選んだ。


「貴方がリヒト・グランデさんよね?」

「ええ。ですが、何故私のことをお知りに?」


 僕は容姿が変わってから肖像画などは書いて貰っていない。

 社交も国外の客が来る場にはまだ出ていない。

 下調べをしていなければ顔を見ただけで僕が公爵令息だということは知り得ない話だ。

 であれば、つい最近、僕を調べたことがあるという事に繋がる。


「あら、有名人ではありませんか。戦争の英雄さん。一騎当千したんですってね?」


 はぁ……?

 何言ってるのこの人。


 表向きには僕は戦ってない事になってるんだけど。

 まさか、ロドロア軍に入ってサンダーツと遣り合った事には気付いていないよな?


 しかし、こいつ舐めてるな……

 お前らの国の所為で戦場に出る破目になったんだが?


 いや待て。何も知らない可能性もある。

 策謀を姫にまで相談するなんて事は普通しないからな。

 素知らぬ顔で返しておこう。


「おや、まだお知りになっていないのですか。

 ロドロアは無血開城されたんですよ。どこぞの暴徒が血を流したそうですがね?」


 僕は話し合いにて戦いを治めた事を評価されたのですよ、と営業スマイルを決めつつ返す。


「あらあら、英雄に睨まれてしまってなんてお可哀そうな暴徒さんなのでしょう」


 そう言って彼女はクスクスと笑う。

 明らかに煽っている。癇に障る感じだ。

 しかもこの感じ、恐らくサンダーツの事を知っているな……


「私は強者のつもりはありませんよ。

 戦闘面ではよく雑魚だと言われていますので、勘違い為さいませぬよう」


 彼女がどこまで調べてきているのかを知っておきたいので間違っているとも正しいとも言えない言葉を返した。


 さて、この言葉にはどう返すだろうか。

 エメリアーナには雑魚だと言われたから嘘じゃない。

 いや、直接僕に向けて言ったじゃないけども……


「それはおかしいわね。学院襲撃でも活躍したと聞いていますけど?」

「我が国の事をよく学習して来られているようで……

 ですが、私は補助。主に活躍したのはエメリアーナ嬢の方ですよ」


 教室中がこちらに視線を向けている。

 教師までもがサイレント授業を行っている状態。


 何だよ、この状況……

 と思いながらも応対したが、あちらは特に意に介していない様子。


「それも聞いているわ。是非紹介して欲しい人材ね」

「ははは、光栄なお話ですがお姫様に紹介できるような教養はありませんので」

「あら残念。けど、学院で会ってしまう分には仕方ないわよね?」


 どうやら別の意味にとったようだが、全力で言いたい。

 勘違いしないでよね、と

 別に引き抜きを警戒しているんじゃないんだよ。そもそもそんな話に靡く性格じゃない。

 本当に教養が無いんだよ……


 と、全力で否定したいところだが、意味は無いので口を噤む。


「いえ、今は学院には居ませんから」

「へぇ、そこまでして隠したいほどなのね……」


 ああ、そこまでして隠したいほどだよ!

 何仕出かすかわからないからな!


 話が通じない、と心の中で愚痴りながら困っていると隣の天使が助けてくれた。


「妹のお話の様ですので失礼致しますわね。わたくし、リーエル・ハインフィードと申します。

 妹は今、領地でお仕事をしておりますの。

 先日までわたくしたちもあちらに居たのですが、所要があり皇都に参ったところなのですわ」


 流石に人当たりの良いリーエルも警戒しているのがわかる。

 いつもの柔らかいスマイルではなく、公的な顔での対応。


「そう、残念だわ」と、彼女は白けた風に視線を逸らす。


 全く以て面倒な状況だが、この流れなら聞ける、と用向きに切り込む。


「エメリアーナ嬢がとても気になるご様子ですね。

 王女様は人材発掘に来た、という事でよろしいのでしょうか?」


 そんな筈が無い事はわかっているが、こう問えば何かしらの答えを貰えるだろうとの問いかけ。


「あら、その程度のことならこのわたくしが直接来る筈がありませんことよ。

 来訪の目的は主に帝国との友好関係の構築ですわね」


 いや、友好関係を作ろうとする奴の態度じゃないからな?

 ああ、僕とじゃないのか。それならば納得だ。

 僕としてもその方が望ましい。


「でも、アストランテ殿下まで居ないなんて予想外だわ。

 学期明けなら居ると思って今日を選んだのに」


 ん……アストランテ殿下との友好目的で来たという事か?

 あっ、サンダーツと繋がってるなら高確率でそっちが本題だよな……


 まあ会えないだろうが、情報も与えてやる義理も無い。


「そうですね。何時もなら勇んで来るのですが居られませんね」

「あら……何か含みのある物言いですわね?」

「いえ、何も含ませてはおりませんよ。直接的に言っています」


 なんて返せばリーエルが先日の殿下をネタにした馬鹿話を思い出したのか、笑いを堪える様に口元を押さえて斜め下を向いた。

 そんな思い出し笑いに、お姫様は勘違いしてご立腹の様子。

 そのお陰か彼女は鼻を鳴らしつつも授業の方へと意識を戻したので僕らも安堵の息を吐けた。


 それからは特に会話する事も無く、休憩を挟んだ次の授業では他に席に移り情報収集をしている様に見受けられた。

 そうして授業が終わり彼女は側仕えを連れ立って教室を出て行った。





 その後、直ぐに僕らは二人グランデの屋敷へと向かう。

 父上と情報の共有がしたい、と。


 他国の姫が来るなんて話は聞いていないのだ。

 勝手に来るなんて事は有り得ないので、話は通っている筈。

 知っているならば前もって一報欲しかったところだが、態々呼び出して知らせるようなら関わらせる何かがある場合が多い。

 逆に言わなかったという事は頼みたい事は無いのだろうが、それでも来ることくらいは告げておくものだろうという疑問もある。


 まあ、このままスルーでいいのならその方がありがたいが……


 そう思いつつも、グランデの屋敷へと赴いてリーエルと一緒に両親と夕食を共にした。

 食事を終えて皿が下げられた後、僕は本題に切り込む。


「父上、今日編入生が入ってきたのですが……ご存じでした?」

「む? 一学生のことまではよく知らんが……何か問題でも起きたのか?」


 えっ?

 いや、知らんて……


「その人、アイリーン・ラ・ルドレールと名乗ったのですが……?」

「ん……んんっ!? 待て、ルドレールの第一王女ではないか!」

「ええ。ですから先ずはお話を聞きたいとこちらに参りました」


 と、視線を向けるが「いや、知らんぞ。私も聞いとらん!」と父上は驚きを見せた。


 どういう事だ。

 頻繁にお城で仕事をしている父上に言わずにいる理由があるか?

 普通に考えたら、今の現状だと同級生の中で一番家格の高い僕に姫が来るから気を配れという話が回ってくるものでは……

 少なくとも王女が来るから粗相の無いようにくらいの通達はあるだろ。


「リヒト、明日は休んでおけ。明日中に経緯を調べておく。

 算段に予測が付くのであれば応対はそれからの方がよい。

 お前はその他の何も知らない一学生ではないからな」

「わかりました。一応、アストランテ殿下が学院に来ていない事を一番に気にしておられたという事をお伝えしておきます」


 そう伝えると父上は苦い顔を見せる。

 当然だ。ルドレールの王族、または高位貴族がサンダーツ伯の後ろ盾になっている事は確実。

 ライラ嬢を使った策謀から繋がっている可能性が高い。

 

 そう。アストランテ殿下ならば御しやすいとターゲティングされていたのだ。

 それが失敗し、再び接触しようとしているともなれば苦い顔にもなる。


「やはり、黒か?」

「どうでしょうか。恐らくは……としか。

 僕が戦場で一騎当千したと言ってきたり、学院襲撃での事すら知っていましたから」


 論功行賞で潜入して活躍したと大々的に労いの言葉を貰っている以上、そう勘違いしてもおかしくはない。

 学院襲撃の事だって自身が通うのだから今は大丈夫なのか、と調べても変じゃない。


 だが、英雄に睨まれてしまうなんて可愛そうな暴徒さん、という言葉にだけは強く引っ掛かりを覚えた。

 あの時、直接そう取れるような事は言っていない。

 穿った捉え方をすればギリギリ無くも無いがピンポイント過ぎる。


 しかし、そうなると違う方向での疑問も浮かぶ。


 あの時、僕たちは所在が割れない様に徹底した。

 故に、僕らがサンダーツと戦った事は普通に考えて知り得ない情報だ。

 ロドロア側からの情報ならまだしも、帝国側からでは辿り着けないだろう。

 だからこそ判断が完全には付かない。


「なるほどな。発言的に限りなく黒に近いが、道筋の道理が合わんのか」

「ええ。恐らくはかまをかけたのだろう、と踏んではいますが……

 それでもサンダーツ側の物言いに感じさせる振る舞いではありましたからね」


 父上は「わかった。その線で調べるよう手配しておこう」と言ってくれたので他にも聞きたかった話題を出した。


「その、話は変わるのですが……その、黒い手紙が届きましたよね?

 陛下は今後どうされるかを伺っていますか」

「ああ、その話か……新たに娶る方向で行くと仰っていたな。

 リヒトは聞いていたのではないのか?」


 そう問われたので「側室の話は崩御される前の話でしたから」と返す。

 

「しかし殿下があそこまでだったとはなぁ……知らせてくれて助かったぞ。本当にな……」


 そう。うちは皇家派閥の筆頭。

 当然、後継に移り変わっても何もしなければそのままだ。

 勝手にやってろ、なんて逆立ちしても言えない立場なのである。


 いや、逆立ちすれば言えるか。

 その時は内乱になるのだろうけど……


「僕としても陛下が決断してくださって助かりました。

 何故か目の敵にされていましたので。本当に覚えが無いのですが……」

「あぁぁ……うむ。本当にしょうもない理由であった。気にすることは無い」


 えっ、聞いたの!?

 何それ気になる!


 と、視線を向けるが父上はゆっくりと首を横に振る。聞くな、と。


 そんな気になる点はあったものの、仕事の話はこれで終わりだ、と〆られてしまったので致し方なしと姉上の話に移り変わった。


 どうやら結婚は半年後になるそうだ。

 国を挙げての大々的な結婚式の主役を務めるのが姉上か、と僕らは感慨に耽る。


「レイナちゃんなら立派な王妃様になるわね」

「とても馴染んだご様子でしたし、リヒト様の様に色々と手回しをしたのでしょうね」


 グランデ内の政っぽい話が通り過ぎたからか、リーエルは和気藹々と母上と言葉を交わす。

 しかし姉上の処世術かぁ……割と負けず嫌いで大差をつけるのが好きな人だからなぁ。


「姉上の手回しね……想像するだけでなんか怖いな」

「はっはっは、リヒトはレイナには頭が上がらんからな」


 いや、そんな事も無いけど……

 まあ色々助けてくれたからなぁ。主に兄上たちから。


 ただ、彼女の可愛がり方は時として苛めに近い時がある。

 からかい過ぎるというか、こちらが困る話を突き付けるというか……

 義姉上たちみたいなガチの追い込みじゃないからいいのだけども。


「二人はエルドとも会ってきたのよね。何も問題は無さそう?」

「ええ。仲睦まじく良いお相手の様でこちらが安心させられたくらいで」

「はい。想い合っているのが簡単に見て取れました」


 そう返せば母上は大変嬉しそうに「よかったわぁ」と喜々とした声を上げた。

 どうやら王太子に決まってしまってからは会えていないようだ。

 まあ母上も仕事があるし、おいそれとはフレシュリアまで行けないから仕方ない。


「エルネストはいつ来るの? 来たら私も会いに行っていいかしら?」


「えっ、ハインフィードに来て下さるのですか!?」と喜ぶリーエル。


 僕としても母上ならば何ら不安は無いので異論は無いが、と父上を覗き見る。


「そちらがいいなら構わんが、まだ半年は先ではないか?

 来ても結婚式で直ぐ戻ることになるであろう」

「そうですね。まだ通達も来ていませんから。その可能性は高いかと」


 と、僕と父上で補足を入れると「お義母様ならいつでも大歓迎ですから……」とリーエルが言い、それを聞いた母上が頬を緩ませた。


「んもう、可愛くって困っちゃう!

 なんでうちに嫁入りにならなかったのかしら。娘に欲しかったわぁ」


 そんないつも通りのふわふわした母上に苦笑しながらも僕らはグランデ家で平穏な一時を過ごした。


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