第43話 ラキュロス公との茶会
次の日、グランデの使用人がハインフィードの屋敷へと訪れて昨日の件での一報を入れてくれた。
そう。ルドレールの姫の件だ。
「はぁ……そういうことか。ふざけた事をする……」
と、報告を聞いて嘆息するとリーエルも苦い顔を見せていた。
どうやら、本当は三年からだったのだそうだ。
もう留学は決まっていて了承を貰っているのだから下準備に少し早く入るくらいは問題無いでしょう、と強引に入国して学院でもごり押したそうだ。
学院から報告が上がり、今お城でも問題になっているらしい。
アストランテ殿下の幽閉や皇后陛下の崩御の事があり、大っぴらに伝えたくない事が満載なので諸事情により留学は見合わせて欲しいという書状を送った矢先の事らしい。
もしかしたら留学を取り止められるのは困ると強引に入ってきたのかもしれないな。
それならば来て早々にアストランテ殿下の所在を尋ね回っていたことにも合点がいく。
「しかし、しっくりこないな。何故王女を送りつけたんだろう……」
「殿下が色に弱いと考えられての事でしょうか?」
「子を作らせて継承争いに割り込めるように、とか?
でもそれなら王女である必要も無いんだよなぁ」
そう。しっかりと抱え込んでいるのであればライラ嬢との子であっても可能な話。
ルドレールの王女ともなれば警戒され、迎え入れても厳重管理される可能性が高いのだ。
ならば、制御しやすいと油断させられるサンダーツ家を間に挟んだ方がやり易い。
殿下がうつつを抜かしていたのは調べがついているだろうから、そっちで話を進める方が早いと思うはず。
「もしかしてライラさんと引き合わせたいとかでしょうか?」
「あっ……その線はあるね。引き離された事を知って動いたのかも」
その話がルドレールまで回って動き出したなら時間軸的にも丁度の頃合い。
それならばアストランテ殿下と接触しやすい王女という立ち位置の者が来る意味がある。
うん。今までの路線で動いていると考えた方が予測の立て方としては妥当だ。
学院も退学させられているので彼女が来る可能性を排除してしまっていたな。
「殿下に協力すると言って会わせれば恩も売れるし、後々御しやすくもなる。
予測は予測という前提で居ないとダメだけど、その線が濃いな」
しかし今の現状で会わせるとなると拉致るくらいしか方法が無い。
これは一先ず知らんぷりで放置してもいいかな。
赤の塔に幽閉された者を攫えるならどこに居てもだしな。
情報は与えず静観が今の所は妥当かな。
「ですが、企てをしているであろう者を放置というのは少し癪ですわね……」
珍しく冷たい表情に変わりそんな事を言うリーエル。
でも、嫌いじゃないよ。そういうの。と僕も乗ってみる。
「おっ、辺境伯様がお怒りだ。じゃあ何か嫌がらせでも考えようか」
「ふふ、では先ずは情報収集からですね。間違いであったらいけない立場のお方ですし」
そうだね、と返してどこからどう集めるかを相談し合う。
まあこれは僕らがやるべき仕事ではない。お遊びの様なものだ。
もし何かわかれば陛下にこっそり教えてあげよう、くらいなもの。
そうしてお休みを取った一日を終えて、僕らは次の日に学院へと登校した。
王女という威光に一切屈しない様を見せたからか、彼女はあれから近づいて来ていない。
丁度良い、と諜報員候補に声を掛けてお願い事をする。
「もしかして……私も渦中に巻き込むつもりですの?」
と、頬を引き攣らせているのは皆の人気者、ミリアリア嬢である。
そう。学院で情報収集するならば彼女はうってつけの人材なのだ。
「いや、別に断ってくれても構わないよ」
「うっ……そういう言い方は卑怯じゃないかしら」
「アリアちゃん違うの! お仕事としてやっている訳じゃないからなの!」
リーエルの補足により「ああ、私的な事なのね……」と漸く理解してくれた彼女は少し考え込んだ後、顔を上げた。
「そういう事なら気楽に当たらせて貰うわ。
無茶な事をするつもりは無いので期待はしないでくださいね」
「うん。どんなことを気にかけていたかを友達に聞いてくれるくらいで十分だよ」
これが領地防衛の一環なら秘密裏に見張りを立ててでも動向も探るんだけど、恐らく本丸は殿下だろうから幽閉されている間は逆に安泰と言える状況。
それならばルドレールの情勢の方が重要だ。
本気度合いを早期に測り、その度合いに応じた対策が必要となる。
正直、他国は管轄外だと調べていなかった。
凡その国力差くらいは知っているが、どんな性格の王が即位しているのかすらも知らない。
うーん。
父上に任せきりにしないでサンダーツの事を知った時に調べるべきだったな。
まあ、まだ今からでも遅くは無い。
取りあえずゲン爺に手紙を書こう。
元侯爵だし一応他国の情勢も気にかけていたかもしれないしな。
ああ、ラキュロス公から新薬の契約の件で会いたいと手紙を貰っていたな。
丁度その日時が明後日の休みの日だ。
ラキュロス領はルドレール方面だし詳しい筈。色々教えて貰おう。
そうした算段を付け、アイリーン王女とは距離を取りつつも学院での二日間を過ごした。
ラキュロス公からのお誘いに応じて王都にある宰相閣下も住まうお屋敷へと御呼ばれした。
僕とリーエル、ラキュロス公爵夫妻による庭先での細やかな茶会だ。
挨拶を交わし軽く雑談をした後、庭園の綺麗さに感動したリーエルを侯爵夫人が連れ立って庭園の散策に出た。
ここからが本題だ、とラキュロス公とサシの会談が始まる。
「すまないね。本当ならばもう少し豪勢な振る舞いをして楽しんでいって貰いたいところなのだが、今は時期が悪いだろう?」
「確かに、今大々的にというのは宜しくありませんよね。
ですがラキュロス公に直接お相手頂けるだけでも十分豪勢ですよ」
そう。
内密なのは死因の方なので、お葬式用の通知となる黒い手紙はもう国中に出されている。
そんな中、パーティーを開いて騒ぐような真似をすれば不謹慎だと責められてしまう。
やるとしても小規模の茶会が無難な状況なのだ。
「ああ、来年からはうちの子も入学でね、学院は今平和な状態に戻っているのかな?」
へぇ、宰相閣下のお孫さんも入ってくるのか。利発そうな良い子だった記憶があるな。
なんにせよ学院の話が出たのならば丁度良い、とこちらからも問いかける。
「ええと……二日前の事なのですが、ルドレールの王女殿下が留学に来られまして。
それも、勝手に時期を早めてのことだそうで……」
「おやおや……それは少し困ったことをされる方のようだねぇ。
できるだけ近づかない様にと言っておかねばいけないね」
顎をさすり、困った顔を見せるラキュロス公。
だが、留学されるのは知っていたかのような振る舞いだ。
年の近い子供が居るそうだし宰相閣下から聞いていたのだろうか?
もし話し合っているのであれば情報量にも期待が持てるな。
「できればルドレールの情勢なんかをご教授頂けるとありがたいのですが……」
「ふむ。それは構わないが、またキミが動くつもりなのかい?」
「今の段階では静観すべきと考えていますが情報を精査してからでなくばなんとも言えません」
正直なところ、今はまだ領地の発展の方に力を注ぎたい。
税収を見るに余裕は出たが、それを上手く使ってこそ盤石に向かっていくのだ。
未来を見越すならまだまだやる事は多い。
だが、国が危うくなれば地方貴族にしわ寄せが多くいく。
うちは地方貴族ではないが筆頭家臣であるグランデだって言わずもがなである。
それを軽い手間で防げるのであれば動いておくべきだ。
その判断の為に情報が欲しい、という意味合いを込めて言葉を返した。
「ほう。聞いていた通りだね。キミは事前準備に抜かりが無いタイプのようだ。
うちもルドレールに近いから気が抜けなくてね。
きな臭い話を聞いて丁度あちらには私も探りを入れていたところなのだよ」
と、公爵閣下は「あちらが王位継承の時期なのは知っているかい?」と言葉を続けた。
「いえ、お恥ずかしながら国外の情勢には詳しくありませんで。
基本的に私の情報源は本が多いので現在進行形の話に弱いのですよね」
「いや、それはとても良いことだ。歴史を学ぶことは基礎を学ぶこと、と私は考えている。
基礎が無ければ応用も利かないからね。しかしそれならば細かいことは省いてよさそうだな」
そう言って彼はルドレールの情勢を伝えてくれた。
先ず、二十代半ばの第一王子と、二十歳の第二王子、そして僕と同年代の第三王子が居る、と公爵の話が始まる。
その程度ならば僕も知っているが「はい」と頷いて聞き入った。
だが、続く言葉に目を見張った。
なんと今、第二王子が第一王子の暗殺に失敗した直後なのだそうだ。
僅か数か月前の出来事らしい。
公にはなっていない不確かな情報らしいが、状況証拠から最も怪しいとされている状態。
王子たちは親交が薄いらしく各々疑心暗鬼になっているらしい。
「ちなみに、うちに一番都合のいい王子は何番目のお方でしょうか」
「ふふ、無体な聞き方をするね」と閣下は笑うが「まあ、一番目だね」と普通に答えてくれた。
そう。僕らとしては当然帝国に都合の良い相手が就いて欲しい。
確かに包まない直接的な物言いになってしまったが、数十年付き合うだろう相手。
直接的に言ってでも聞きたくなるくらいに重要なのだ。
「盤石にはできずとも危うくはしないだろうと思われる無難な王太子らしいよ。
第三王子の方が評判が良く、資質がありそうだという話は聞くけど側室の子だし可能性が薄いからね。強引に王位に就いたとしても国が不安定になる可能性が高い。
不安定になられても盤石になられても我が国としては懸念事項にしかならないだろう。
ああ、二番目だけは論外だ。あれは人を物と考えている。利の為ならば何をするかわからん」
そうか。複数人王子が居ればいいという訳じゃないんだな。
フレシュリアみたいな感じなら最高なのだろうけど。
「ちなみに、アイリーン王女と繋がりが深い王子は何番目でしょうか?」
「三番目だ。ずっと男児続きで漸く生まれた女児だから甘やかされたのだろうね。
好い噂は聴かないなぁ……」
なるほど……まあそうだろうな。
しかし第三王子とかぁ。そうなると企てもそっちなのか?
後ろ盾が勝手に動いたりと権力周りはややこしいからなぁ。
どうあっても不思議ではないけど。
「すまないね。
キミが気にしているであろうサンダーツとの繋がりはまだ明るみに出て無いんだ」
「……あっ、いえ、サンダーツは正直もう割とどうでもよくなっています。
サンダーツが中央に入る芽は摘みましたので。
目下の懸念はルドレールが国としてどう出るか、というところですね。
中央に割り込めなければ、結局人を入り込ませても結果は変わらないでしょうから」
そう。サンダーツは武力政治共に力が削がれている。
ライラ嬢うんぬんで無関係でないものの、ルドレールが本気かどうかが本題だ。
政権の中枢に入らず国を奪うなら戦争をするくらいしかない。
殿下が幽閉されているままなら後の心配はルドレールの動向だ。
「つまりは王位継承争いで一歩抜きんでる為の功績集めをしている状況と見ればよろしいのでしょうか?」
「ははは、本当にキミは面白いな。普通は因縁の相手に拘り考えが偏るものなのだけどね。
その年で文官として一線級の目線を持っているのか。
そうだ。今、動きを見せている王子の動機はそこに関係していると考えていいだろう」
そう言った後、ラキュロス公は王子の後ろ盾に誰が付いているかも教えてくれた。
「とまあ、今の所で凡そ掴んでいるのはその程度かな」
「流石は公爵閣下。御見それしました。
これはこちらもしっかりと誠意を見せねばなりませんね」
意味深な視線を向ければ彼はニヤリと笑う。
「うん。この程度ならば何ら構わないよ。これからも何か聞きたければおいで」
「それは大変心強く。それで、数量の方はどの程度御所望でしょうか……
今のところ凡その生産量は――――――――」
と、割と明け透けに総生産量を伝えた。
相手を尊重できる人のようだからそちらの方が都合が良いという判断だ。
此方は多く出しているつもりでも少ないなんて思われたら嫌だし、増産体制の構築を進めているので現状を今伝えておけば優遇されていると思い続けてくれる筈。
グランデは僕の実家だし利権の発生に噛んでいるので一番多いのは当然として、深い親交のあるサイレス侯爵家と同等の数を卸すと約束した。
サイレス軍から出兵したのは周知の事実だし、その家と同等なら優遇と言えるだろう。
末端価格のお値段の方もある程度の指定をさせて貰い了承を貰えたので一安心だ。
数を出している所が安く売れば他もある程度沿わずにはいられない。
凡そ僕が設定した金額付近が相場となってくれる筈だ。
そうして話している間に女性陣が戻ってきて、平穏な話題に移り変わっていき、日が暮れる前辺りでラキュロス公爵家を後にした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
作者です。
本編中失礼します。
とうとうストックの方が尽きましたので、投降速度が落ちると思われます。
そのご報告をさせて頂きました。
それと、皆様の考察や感想、楽しく読ませて貰っております。
誤字脱字などのコメントも助かっております。
好評を下さった方々にも感謝を。
速度は落ちますが続けてはいきますので、これからも宜しくお願い致します。
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