第44話 葬儀


 そのままハインフィードの屋敷へと戻り、リーエルと情報の共有を行う。


「あら、評判の良い王子と親交が深いというのは意外ですわね……」

「まあ所詮は周囲からの評価だから実際の人間性はわからないけどね。

 年が近いからなのかな。何にせよ評判の良い方の勢力だと考えるとまだ王女が悪だくみをしている勢力と決めつける訳にもいかなくなってきたな」


 評判通りの人間性かはわからないし何ら潔白が表明されたわけでもないが、元々態度が悪いというだけだ。そもそも比喩表現の言動からの予測での容疑。

 どちらにしても何かしら動きを見せねばこちらから何かする事もないのだが。


「す、すみません。私が悪いと決めつけて掛かったばかりに危険に晒すところでした」

「いやいや、そうならない様に情報を、と考えたのもキミじゃないか。

 間違ってないよ。推測を立て裏を取る。

 その繰り返しで当たりを引くまで頑張るのが諜報の基本だよ」


「えっ……外れることが前提、なのですか」とリーエルは驚いた顔を見せる。


「うん。心の内なんて誰もわからないでしょ。

 そのわからないものを調べようって話だから失敗前提の心積もりは必須だよ」


 如何に推測の精度を上げて失敗を減らすかも重要だけどね、と補足を入れると彼女は安堵を浮かべた。


 それならば自分にでも、と。


 そう。僕はいつも特別に凄いことはしていない。

 多少の勉強をすれば誰にでもできる事の筈だ。

 推察を続け、妥当だと思える点を見つけて試行しているだけの話。

 まあ、精度をどこまで上げられるかは才能に大きく左右されるのだろうけど。


「ただねぇ……決めつける訳にはいかないと言ったけど、僕としてはやっぱり王女はまだ怪しく思えるんだよね」

「あっ、はい。わたくしもです。ですが、どうしてそう思うのかが自分でもわかりませんの」

「僕としてはやっぱりあの言葉だね。英雄に睨まれるなんて可哀そうな暴徒さん、てやつ。

 首謀者側の人間かは置いておいて犯行を知っている人の言い回しだと思うんだ」


 ただ、少しの事で睨まれるなどという風に皮肉を言う人間は貴族にも割と居るので絶対とも言えない。

 殿下がミリアリア嬢を断罪しようとしたのを仲裁した件で僕とサンダーツ家に確執があると考えていて、論功行賞で報じられたサンダーツの失態を把握していればサンダーツ軍を暴徒と例えたと思われてもおかしくはないギリギリラインとも言える。


「それに第三王子は側室の子だそうだから王位に就く可能性が低い。

 ある程度、現実的にするだけでも相当な名声が要るはずだ。

 今回の様な大々的に公表が出来ない功績だと難易度の割に高い名声を得られないんだ」


 そう。傀儡にしたとしてもあくまで裏で、だ。

 大々的にアステラータは皇太子を傀儡にしたからもう操れますなんて報じようものなら帝国の貴族が黙っている筈が無い。という事は当然国内でも言えない話となる。


「情報が足りなすぎますわね……このラインでは私にはさっぱり先が見えません」

「そうだよね。じゃあ答えまで線を繋ぐ為に欲しい情報はどんなものかを考えてみようか」

「ええと……サンダーツの後ろ盾を知れれば話は早いのですよね」

「うん。うちの国にちょっかいを出した実行部隊がどこかを知るのは大きいね。

 僕としてはできればあちらの国の首脳の考えを知りたいな。何処までやる腹積もりなのか。

 後は王子たちのことだけど……まあそこは後回しでもいいか」


 後回しでもいいか、と呟いた時、リーエルが「いいのですか?」と驚きの声を上げた。


「僕らの一番の懸念は戦争でしょ。戦争は王子の声だけではできないからね。

 首脳陣にやる気が無いのなら、殿下を傀儡にするという謀を潰せば終わると考えていい」


 であればアストランテ殿下が皇太子から降ろされた今、さほどの懸念を感じない。

 流石に王子の独断では皇帝暗殺はできないだろうからあっちの首脳次第だろう。

 今の路線が変わらなければそれで自動的に潰れる筈だ。


「あっ、そうですね。ですが、ルドレール王国首脳の情報を抜くのは至難の業では……?」

「うん。言質を取るのは無理だよね。

 ただ、物の流れや現在の周辺国との関係、統治状況、民心、色々と鑑みれば戦争ができる状態か否かは見えるし、近年で国が打ってきた政策を見ればある程度の性格も見える。

 知っておくと便利だよ。どこまで強く出ていいのかもわかるから駆け引きがやり易い」


 と、悪い顔を見せればリーエルは素直に感心した様を見せた。


「基本的にはこういう理由で各地に根を張った商会を持っていると有利に動けるんだ」

「そ、それを見越して自ら商会の設立に動いていた、ということですか!?」

「あの時はまだ平時と言える状態だったしメインは領地の活性化だったけどね。

 でも戦争が代表的な一番危険な事案だからその想定も必要だと思ってさ」


 間に合ってはいないのだけどね……と苦笑するがリーエルの瞳はキラキラしていた。


「ま、まあ今回そこはラキュロス公から既に聞いているからね。

 現状戦争の下準備は一切していないそうだよ。

 統治状況的にはできなくはないが、それほど盤石でもないからやりたくはないだろうと言っていたね。過激派が相当な好条件を作り上げなければやらないんじゃないかな」


 国同士の戦いは基本的にはだが、著しく満ちたり足りなかったりした時に起こりやすいもの。 


 絶対に勝てるのだから更なる繁栄を。

 わが国にはもう奪うしか道が無い。


 と、言った具合に。


 著しく困ってはいないが、国内が盤石じゃない状態というのは動きにくい。


「だから想定される危険度はそこまで高くない、という見方で今はいいかな」


「今は……ですか。ぽんぽんと変わるものなのですか?」と可愛らしく小首を傾げるリーエル。


「うん。厄介な事にね……そもそもが推測な上に、覆る程の理由があれば簡単に一変するから」


 あの国は他国に攻め入れる様な状態ではなかった筈だが……というのは歴史の本でもよくある言葉だ。

 ただの確立の高さと見ていないと危険である。

 しかし、戦争に使う必要資源の動きなどは確実性のあるものなので調べる事の有効性は高い。

 その動きが無い以上は早期に開戦とはならない。


「最大の懸念は今のところ大丈夫そうだし、此方に来た要件の方が先になりそうだね」

「あっ……国葬、ですわね」


 そう。もう二週間後の話だ。

 多分仕掛けてくるならその時だな……一応、準備しておくか。

 となると、完成した諜報部隊が要るな。

 舌の根も乾かぬうちではあるが、ここはグランデを頼るしかなさそうだな。





 そうして十日の時が過ぎ、葬儀に出席することとなった僕ら。


 真っ黒な装いの集団がお城の霊廟の前にて集まり、思い思いに皇后陛下のご逝去を悼む。

 これまでの軌跡を報じ、国の象徴として在って下さったことに感謝を捧げる言葉が紡がれた。

 そして神官たちが霊廟へと納骨を行う。


 霊廟前の広場には今まで見た事が無いくらいに大人数の貴族が集まっている。

 知らない人が大半だ。それほどに多くの貴族が一堂に会している。

 公務で国主催のパーティーには殆ど全て出ていたのに、これほど知らない者ばかりという状況に少々驚いてしまった。


 そうして周囲を見渡していくと、その中にはアイリーン王女の姿もあった。


 正直『こんな時にこんな場に入れるなよ』とは思うが、同じ国のトップの一族として皇后陛下と面識があるのかもしれない。

 皇后陛下も僕らがまだ幼少の頃はまだ公務に出れていたみたいだからな。

 ルドレール王族を代表して見送らせて欲しい、と願われればあの皇帝陛下ならば断りはしないだろう。


 確実性の高い容疑があるとはいえ、まだ証拠も用意していないのだ。あまり冷たくしてはルドレール国内で帝国はルドレールを軽視しているなどと悪評を流される。

 ルドレールにも親帝国派の重鎮は居るらしいし、後々を考えそちらが意気消沈しない様にと配慮しているのだろう。


 もし王位を継げない王子の策謀であったのならば、まだ次世代には友好の芽が残るのだ。


 及び腰過ぎると思ってしまうのだが、うちの皇家は内乱一つで息切れするほどに体力が無いから何としても他国との戦争は避けたいところ。

 十全に準備できず負ける様なことになれば、それこそもう皇家の威信を回復することは難しくなるだろう。

 それが透けて見える様な行いもよろしくないのだけど……


 ただ、一見してわかる程に監視の目がきっちりついている。

 周囲を固められ彼女自身が何かをするという事は難しい状況。


 アストランテ殿下も今ばかりは出席しているので当然の配慮だろう。

 しかし、あんなことをしてしまったのだから流石に憔悴しているだろうと思っていたのだが、詰まらなそうな顔を見せているな。

 本当にどこまでも自分の欲にしか興味がないのだろうな……


 丁度今、そんな彼にルドレールの姫が声を掛けている。


 お悔みを申し上げている様だが、こんな場だというのに、アストランテ殿下は口端を上げアイリーン王女に悪い顔で笑いかけていた。


 陛下が隣に居るので内緒話などはできないが、あの振る舞いだけで何かすると自分から告知している様なもの。

 本当に馬鹿を見透かすのは楽でいい。

 とはいえ、今は人目が多すぎる。

 この場ではこのまま何事も無く終ってくれた方がいいのだけど……


 そんな願いを抱えたまま数時間に及んだ見送りの義も終わり、軽い食事が振る舞われここからは流れ解散という状態までこれたのだが、上位貴族たちの間で何やら騒がしい様子が見受けられた。


「やはり何か起きたのですね」

「みたいだね。凡そは見当がつくけども……」


 父上たちの様子を見るに僕の予想は当たっていたのだろう。

 確証は取れなかったが、怪しい動きはあったのだ。

 グランデに諜報活動をお願いしたので当然父上も知っているし、その推察も同席して行った。

 陛下にも協力して頂いて赤の塔の監視を強めてもらったところ、内通した者が居たのか手紙の燃えカスの様な物が暖炉から発見されている。

 赤の塔へと手紙を送る事などできないのでもう確定的だ。


 結果、やはり殿下は逃亡を目論んでいる可能性が高いと結論付いた。

 父上たちが近衛で固めると言っていたのでお任せしたのだが、どうやら防げなかったらしい。


 その殿下がきっと逃げ出せてしまったのだ。

 の手引きによって。


 だが、下調べの時から予想は付いていたのだから手は打ってある。

 それが上手くいけば回収可能だろう。


「さて、頼んだ回収部隊の報告を心待ちにするだけじゃなく、僕らも情報を集めておこうか」


 父上たちにも調べた内容は全て明かしてあるが、僕が個別に取った対策の方は言っていない。

 近衛の能力を疑うというのは印象が悪すぎるからな……


 だが、相手は国なのだから高確率でそれを調べた上で手を出してきている筈なのだ。

 出し抜ける何かの目算があって手を出していると考え、用意しておいた保険である。


「今、正確に何があったのかを知っておけば後の推察の精度が上がりますものね?」


 おお、流石リーエル。

 もう完全に理解しているね。


 と、僕は感心しつつも父上とサイレス候の所へと移動した。


 難しい顔をしている二人に近寄って「何か、あったのでしょうか……」と、白々しく聞く。


「うむ……殿下が見当たらんのだそうだ。見張っていた近衛ごとな……」


 聞けば、葬儀が終わり次第、近衛を五名付けて早々に赤の塔に戻そうとしたらしいが道中で姿を消したと言う。

 城の中で姿を消すなんて真似は大変難しい筈なのだが、どうやらやってのけたみたいだ。


 しかし、近衛を音も無しにやれるほどの強者、という事なのか……?


 流石に数人の近衛全員が買収されたなんて事はないだろう。

 近衛クラスともなれば各々家の名も背負っている身元確かな者たち。

 それを全員が投げ捨てるなんてことは先ず起こり得ない。


 つまりは最低でも無力化はされている、ということだ。


「想定される主犯の動向はどうなっておりますか?」


 アイリーン王女の名をここで出す訳にもいかないと、伏せつつも問えば顔を寄せ「別室にて陛下と食事を取られている」と小声で教えてくれた。


 ふむ。

 論功行賞に来なかったサンダーツ伯すらもこの場に来ているし、アリバイ作りなのかな?


「ふっ、それは随分と胆力がおありになることで……」

「リヒト殿、茶化している場合ではなかろう。我が国の皇子が攫われたのだぞ?」


 と、思わず鼻で笑ってしまったらサイレス候からお叱りを受けた。

 だが、どう見ても攫われたのではなく他国の手引きを受けて逃げ出したのだ。


「そうですね。上手く捕まえてくれているといいのですが……」


 そう返事して僕は回収部隊の活躍に想いを馳せる。


 問題無く勝てる相手だといいのだけど、と。


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