第45話 他国の精鋭で腕試しがしたい



 ~~~三人称、エメリアーナ~~~



「全く、領地に居ろって言ったりいきなり来いって言ったり勝手なんだから!」


 と、エメリアーナ・ハインフィードは王都の外である、サンダーツ方面に向かう道を押さえて道の脇で陣を取っていた。


「そう仰らないでください。リヒト様はお国の為に動いているのですから」


 そう返したのは長らく一緒に住んで慣れているリヒトの使用人であるルン。


「それはわかっているわよ。けど、私だって自分の騎士団をどうしていくのか頑張って考えてたのに……」


 珍しくしおらしく口を尖らせるエメリアーナ。

 それを見たグランデからの護衛、ヘーゲルが苦笑する。


 当然、この任務に当たっているのは二人だけではない。

 名の上がった三人の他にハインフィード騎士団からベテラン兵を十人連れてきていた。


 正直、戦力だけなら騎士団員だけでも過剰なのだが、状況判断要員としてルンとヘーゲルが動員された次第である。


「けど、本当にここを通るの?」

「どうでしょうね。可能性があると仰っていただけですから。

 ですが通らなければそう報告すればよいのです。

 リヒト様であれば責めたりは致しません。普通に労いの声を下さるでしょう」


 そうヘーゲルに言われ「言われた通りにやったのなら文句を言われないのは当然でしょ!?」と憤るが「普通に居ますよ。そういう貴族の方……グランデにも過去にいましたし」とただただ苦い顔を見せるヘーゲルにエメリアーナは「ああ、あのクズ共ね……」納得を見せた。


 と、その時、明らかに異常な速度で走る幌馬車の姿が目に映る。


「あれ、多分そうよね?」

「はい。先ず間違いないでしょうね……」


 遠目で爆走する馬車を見据えながら呟く様に語るエメリアーナとルン。

 

「やっちゃっていいの?」と、剣を抜いて臨戦態勢に入ろうとするエメリアーナをヘーゲルが止めに入る。


「やるのは相手が抜いてからです! こちらからは抜かないでください!」

「面倒ね……いいわ。任せる。武力が必要になったら前に出るから」


 その声に彼はほっと息を吐く。

 ここは皇都の領内。本来であれば検問を勝手に行うなど許されない行為。

 目算が外れていた場合に大事にならない様な気配りが必要であった。


「ただ、逃げられても困りますので道を塞ぎます。馬車に乗ってください」


 そう言って自らが乗ってきた三台の馬車を動かしてゆっくりと歩く速度で並走させる。

 進行方向は爆走する馬車と同じ方向だが、もう嫌がらせレベルの速度である。

 これで相手が突っかかる、もしくは危険行為をしてくるのであれば大義名分の完成だ。

 一台とはいえハインフィード家の家紋入りの馬車がある。無理に追い越すだけでも因縁を付けられるのだ。


 そうした目算で居たヘーゲルだが、その当ては外れた。


 数十メートル手前で相手方の馬車は停車し、幌の中から白いローブを纏った者が十名ほど出てきてすぐさまこちらに走り寄ってきた。

 手にはもう抜き身の剣が握りしめられている。


「抜いたようだな。もうやってしまっても構わんのだろう?」

「え、ええ。構いません。ですがお気をつけを。

 リヒト様が近くの我らではなく遠くのハインフィードを頼ったという事は手練れを想定したからでしょうから」


 そう。グランデとハインフィードでは皇都に着くまでには倍の距離がある。

 葬儀に間に合わせるには強行軍で来るしかない程にギリギリの要請だった。

 間に合わない場合はヘーゲルが行方を追う算段だったのだが、ハインフィード騎士団は要請が出て即日で動き余裕を持って間に合わせて見せた。


「がはは! 安心して任されよ!

 その婿殿が我らを最強の剣と評してくれているのだ!」


 ルンがハインフィード騎士団に向けて声を掛けるが彼らは飄々とした面持ちで馬車を降りていく。


「そう言えばこれ、また予想当たってたってことよね……あいつ未来が見えてたりでもするわけ?」


 と、難しい顔で考え込みながらもエメリアーナも馬車を降りていく。

 最後にルンとヘーゲルが続く。


 表に出て待ち構えれば囲い込むように広がり包囲しようとする白ローブの者たち。


「おい、後ろにイイ女が居るんだが、あれもやっちまうのか?」

「確かにもったいねぇなぁ。最終的に逃がさなければいいんじゃねぇか?」

「ははっ、俺たちから逃げるとか、そりゃ不可能ってもんだろ」


「なら折角だ。捕まえるか。やれ!」と、リーダー格であろう男が声を掛けると、騎士団へと向けて白ローブの者たちが襲い掛かる。


「ほぉう。我らのお嬢をそんな目で見るか」

「仕方あるまい。もうレディであるそうだからなっ」

「いや、ルン殿の事ではないか? エメリアのお嬢にはそういうのはまだ早いだろう?」


「「ああ、なるほど」」と、敵兵に視線も向けずに笑いながら剣戟を体ごと弾く老兵たち。


 そう。今現在、戦っているのだ。

 陽気にお喋りをしながら。


 剣ごと叩き切られたりしながら吹き飛んでいく白ローブたち。

 老兵は「流石は婿殿が用意してくれた剣よ」とご満悦である。


 だが、エメリアーナはそんな戦いには興味を示さず、言外にお子ちゃまだと言われていることに憤慨しながら敵兵へと向かう。


「あんたたちぃ! 後で覚えてえなさいよ!!」


 ハインフィード騎士団に捨て台詞を吐き突出するが、もう既に彼らの戦いは終わっていた。

 無残に転がる血に染まった敵兵たち。

 そんな光景を残したままに何事も無かったかのようにエメリアーナの後ろを付いていく。


「お、おいおい。なんだそりゃ……お前ら、人間か?」


 恐らくは自慢の兵だったのであろう。

 男は自らローブを取って信じられないと言わんばかりに目を見開く。


「おい、阿呆! 素顔を晒すな!」と、リーダ格の男から声が飛ぶが、声を返す前に戦いが始まる。


「関係ないわ! あんたたちは此処で死ぬんだから―――――――ねっ!!」


 最初から強化を二段階まで使い、最高速で踏み込みエメリアーナから渾身の一撃が繰り出された。


「はぁ? っ!! ととっ……ガキまでつえぇのかよ。だが、俺はあいつらとは一味違うぜ?」

「ふーん。クズの割に多少はやるのね。いいわ。敵として認めてあげる」

「はっ!! おもしれぇ女!」

「はっ!! 気持ち悪い男!」


 そうして再び切りかかる。

 互いに凄い速さでの剣戟が走る。殺気も剝き出しになっていて間違いなく本気の殺し合いなのだが、エメリアーナに付いてきた三人の老兵は腕を組んで戦いを眺めたまま。


「おお、捕らえる気は無さそうだぞ?

 やはりルン殿の事であったな。うむ。エメリアにはまだ早い」

「しかし、珍しくぼちぼち戦える悪党だのぉ」


 彼らはサンダーツ兵と比べて段違いに強い事に驚きつつも、加勢はしないらしい。


「我らも婿殿に教わった魔法を使わなければ一応戦いにはなるのではないか?」


 と、最後の老兵が言うと三人は目を見合わせた。


 そう、彼らもリヒトに二段階目の強化を教わっていた。

 そのお陰で英雄の墓でも効率が大幅に上がり、十人程度なら何の懸念も無く離れられる様になっているのである。


 それを使わなければ世界から見た己の力をより正確に測れるのではないか、と彼は言う。


「確かにちょっと気になるのぉ。婿殿の助けが無くば厳しい世界なのか、がな」

「うむ。世話を焼きたい婿殿に世話され続けるというのは切ないからのぉ」

「あれが全てならば大したことは無いが……確かに気にはなる」


 ずずいと三人が前に出始めた頃、もう一方でも同じような事が起こっていた。

 リーダー格の男へと向かったハインフィード兵が彼の周囲の兵を瞬殺している。


「なんで雑魚ばっかの帝国にこんなつえぇ奴が居やがんだ!

 てめぇら、皇帝の影かなんかか!?」


 リーダー格の男はそう言いながらも高速での連続攻撃を繰り出してた。

 剣戟を弾き返されても他の白ローブの者たちみたく体が弾かれる程には仰け反らずに堪えて見せたからこその連続攻撃だが、相も変わらず攻撃は通らない。


 だというのに、ハインフィード騎士団の面々は沸き立っていた。


「お、おおっ! やるな小僧!」

「いいぞ! もっと全力で打ち込んでこいっ!」

「しかし、その力をもってして行う事が人攫いとはのぉ。なんと嘆かわしい」

「ああ、そうであった! つい生意気な新人くらいに思うてしもうた」

「む。代われ代われ! わしも他国の精鋭とやらの強さが気になるわい」


 素顔を晒すな、と言っていたリーダー格の男だが、彼もとうにローブは剥いでいた。

 いや、その様な事を気にしていたら一瞬で消されると理解させられそれどころではなかったのだ。


「皆さん! 遊びじゃないんですよ!? 早く終わらせてください!」


 珍しいルンの大声が響き、ハインフィード騎士団の面々は気まずそうにお互いを見回す。


「仕方あるまいな。よき指標となった。礼を言う。ではな……」


「くっ……」と、何をしても確実に負けると気付いてしまったリーダー格の男は己の馬車の方へと走るが、その先にはヘーゲルが居た。


「中を確認しました! もう間違いはありません!」


 その声と同時に男は背中から切り捨てられて地に伏せた。


「さて、王子が居ったならばこれからどうするのだ?」と、さも終わったかのように問う老兵。


「いえ、あの……まだ終わってないですよ?」


 と、エメリアーナの方を指さして頬を引き攣らせるヘーゲル。

 彼らグランデの兵にとってはありえなすぎる行動であった。

 グランデ軍であれば確実に懲罰ものである。


「わかっとるよ。だが、ある程度実力の合う対人戦など先ずできぬからな。

 戦場に身を置き生きていくならば経験しておいた方がよい。

 同格に一撃で致命傷を取られる様な鍛え方はしておらん。助けることはいつでもできるでな。

 婿殿の薬がある以上、何の問題もあるまい?」


 ヘーゲルもグランデ軍では強い方なのだが、敵兵は明らかに自分よりも強い。そしてあの少女もギリギリで切り結び合っている。

 先ほどまで引くほどに緩いと感じていたハインフィードの面々に、得も言われぬ畏怖を感じ言い返せないままにエメリアーナの戦いを見守る。


「あ? えっ……ま、負けちまったのかよ!? 待った、参った! 降参だ。降参する!」


 手を上げて、参ったとポーズを取る敵兵。


 そんな彼に近寄り「そう。じゃあ、大人しく死になさい」と無防備な男に剣を振り下ろした。

 もう既に剣を捨てた彼は袈裟切りに切り捨てられた。


「ふ、ふざけ……んな……」と、話し合いに持ち込めると思っていた男はそのまま地に伏せる。


「詰まらん終わり方だのぉ。何をやっとるんじゃ……」と、呆れた顔を見せるハインフィード兵。


「なによ! 許してやれとでも言うつもりなの!?」

「お嬢に言ったわけではない。この愚か者によ。参ったで済めば衛兵はいらんじゃろうて」


 しかし、本来であれば重い事件ほど実行犯は生かして捕らえて尋問するもの。

 相手が降伏したならば縛り上げて連れて行くのが常識。


 だが、そんな常識はハインフィード騎士団には通用しなかった。


「ああ、うん。そうよね」と、先ほどの子ども扱いの怒りは忘れたのか普通に和み始める。


 そんな中、言い争う声が聴こえてきた。


「誰を掴んでおるか! 無礼者!!」

「でしたら、お逃げにならないでください!

 お城にお帰り頂かねばなりませんと申し上げております!」

「帰らぬと申しておるだろうが! 貴様、無礼打ちにされたいか!」


 そう。

 アストランテがこの期に及んで逃げ出そうとし、ヘーゲルが拘束したところであった。

 その様にルンが嘆息し、そこにエメリアーナがつかつかと歩いて行く。


 そして彼女は何の躊躇も無く皇子の首をひっつかんで持ち上げた。

 アストランテは必死に首に食い込む指を外そうと暴れるが、彼の力では外せる筈も無く顔が赤くなっていく。


「あんた、こんな事仕出かしておいて優しくして貰えるとでも思ってるわけ?」

「ぐ、ぐるじぃ……はな……せ……」

「だから、敵対行動しているあんたの言うことを聞いてあげる義理は無いって言ってんのよ」


 と、言い聞かせるように告げるが、もがき苦しむばかり。

 その返答を待つ前に彼は意識を失った。


 そんな彼をエメリアーナは地面にポイっと投げ捨てる。

 その様に唖然としているルンとヘーゲル。


「はぁ? ダメなの?」と困惑を見せるエメリアーナ。


「いえ、やむなき事かとも思いますが……」

「そもそも皇子に手を上げること事態がタブーであると言いますか……

 まあ、こんな状況ですから黙認されるとは思いますが」


 どんなに馬鹿でも皇子は皇子。

 普通なら起こりえないぞんざいな扱いに言葉が出ない二人。


 彼の残念さを身をもって知っているエメリアーナには当然の行いと思えていた。

 だが、二人の視線はどうみてもやってしまった、と言わんばかりのもの。

 納得がいかない、と彼女は鼻を鳴らす。


「何よそれ……これで怒られるようならもう私手伝わないから!」


 プイッと顔を背けて幌馬車へと戻って行く彼女。


「まあ、このままここに居ても仕方あるまい」と、アストランテのベルトを片手でひっつかんで持ち運び、荷台に投げると同じく幌馬車の方へと老兵たちも戻っていく。


「なんとまあ……リヒト様も、ご苦労されているんですね」

「ええ。あれでも大分マシになったんですよ……

 当初はリヒト様の制止を振り切って殺してやろうかと迷うほどでした」


 ヘーゲルがリヒトの苦労を忍び、ルンがもっと酷かったのだと頬を引き攣らせる。


「ですが結局、あの暴走娘ですらしっかりと手綱を握ってしまわれたのですよね……」

「はぁぁ、そっちの才もあるんですね。あの方こそ神童と称されるべきですよねぇ」


 グランデ家の者たちにとってリヒトはどう見ても天才にしか見えなかった。

 齢十歳にも満たない時から、大人と変わらずに執務を平然とこなしてきたのだ。

 場合によっては周囲に気遣いまで見せる始末。


 大変そうだね。そっちも手伝おうか、と。


 だがしかし、最近まで世間の評価は落ちこぼれ。

 当人がそう仕向けている以上、仕える者が暴露して回る訳にもいかず気に病むところだったのだ。


「ええ。ですが、もう自らの意思でお立ちになられましたから。

 ハインフィードなんてすさまじい勢いで改革が進んでいるんですよ」

「ああ、ゼムさんが言ってました。カールさんからの報告がとんでもないことになっていると」


 と、二人はリヒトの話になると先ほどの事など忘れたかのように楽しそうに喋り、貴族用の馬車に戻って車を走らせた。


 アストランテ殿下と、生かして捕らえた御者は荷車の荷台に積んだままに。


 そうして馬車は皇都の街中に入り、お城を目指して走っていく。

 その道中、殿下が目を覚ましたが、ハインフィード騎士団に囲まれた中での目覚め。

 先ほどの戦いを見ていたからか、エメリアーナに落とされたからか、めっきり大人しくなり素直に連行されたそうな。



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