第46話 対策会議


 葬儀が終り、解散していく貴族たちを尻目に、僕らは二人会場に残されていた。

 捜索を出すにも今は大々的にはできない。

 故に、捕らえられない事も考慮して対策会議を設けるということらしい。


 そうして別の場所に呼び出されて秘密裏の会議が始まった。


 今回はいつもの面子とは別にラキュロス公も参加している。

 後はもう一人、知己ではないが外務卿を務めるシェール侯爵も居る。

 他にも上位貴族は居るのだが軽々しくは事を明かせない反対派閥の者たち。

 故にここに居る面子が皇家派閥、もしくは中立派の上位貴族全員である。


 初めてなので挨拶しつつ、外務卿も乗ったと聞いていたのでフレシュリアの風乗りをやってきた事を話せば彼も「おお!」と乗り気な様を見せる。

 だが、時が悪かった。

 楽しそうに話す訳にはいかなそうな感じに乗りかけた言葉を止めるシェール侯。


 そのまま間もなくして会議は始まり、調べがついている内容が明かされた。


 赤の塔までの道中付近に血痕が残された場所があり、その周囲を調べたところ近衛兵の死体が隠されていたそうで、賊が侵入した、というのが確定的になった。


 赤の塔は広いお城の敷地内での流刑地。

 人口密度が少ない場所だということで事が成ってしまったのだろう。

 だとしても報告にも行かせなかったというのは驚きだし、どうやって出入りしたのかも不明。


 一体どうやって城の中へと、悩んでいる上位貴族の方々。


 そんな中、苦い顔を見せていた陛下が予想を述べる。


「アストランテの奴め……恐らくは、抜け道を使ったのであろう。

 人目に付かずに出入りするにはそこしかあるまい。絶対に他言無用な機密なのだがな……」


「で、では、殿下は自ら抜け出したと!?」と、対策会議に初めて参加したシェール侯爵は驚きを見せる。


 そんな彼に、皇帝自ら苦い顔で息子の残念具合を説明すれば侯爵は口を開けたまま言葉を失った様を見せた。

 まあ、普段見せている外面は本当にまともに見えるからな。


 しかし、うーむ……

 そろそろ僕が用意しておいた保険を言っておいた方がいいだろうか。

 正直、勝手に皇帝のお膝元で検問とかしちゃってる訳だし、成功を確認してから告げたいものだけど……会議に出ている以上、黙っている訳にもいかないか。


 と、陛下が話を終えたところで「少々発言よろしいでしょうか」と僕は手を上げた。


「ふむ、何か新しい情報でもあるのか?」


 そんな陛下の問いに「情報と言いますか、対策といいますか……」と返しつつも言葉を続ける。


「今回、標的となってしまったのが殿下でしたので、手はいくらあってもいいかと念の為で私兵を動かしてあるんです。

 サンダーツ方面の街道にて兵を忍ばせ、怪しい者が居たら尋問せよと指示を出してあります。

 そちらからの報告があれば予想される逃走経路などの話をもう少し詰められるかと」


 まあ、あの面子が敵を見つけたならば逃がさないとは思うけど。

 相手は逃亡者だ。街道を通らなかった可能性だって普通にある。

 ただ、近衛を真っ向から叩くほどの力自慢なら最短距離を迅速に行くと思われる。


 そう考えて指示を出していたので、そこまでガチで固めてはいない風に告げたのだが、ラキュロス公が僕の言を聞いて笑い声を漏らす。


「ふふ、流石は万全を期す男だ。事が起こる前から街道を押さえているなんてね」

「なるほどな。だからリヒト殿には余裕があったのか。言ってくれればよいではないか」


 サイレス候までそれに乗っかり「全くリヒト殿は人が悪い」と笑い出した。


「いえ、念には念をと動いたのですが、見方によっては差し出がましいことでしょうから……」


「私には相談くらいしてくれてもよかろう……」と、父上にジトっとした目を向けられたが、陛下がそれを止める。


「良い方向に身を切って動いてくれていたのだ。その様な目を向けるものではない。

 まあ、父として頼られたかったという気持ちはよくわかるのだがな……」


 と、寂しそうな目を向ける陛下。


 本当ならばああなる前に殿下に相談して貰い、良き方向へと導きたかったのであろう。

 だが、彼は欲を悪事で成すと隠す方向に行ってしまった。

 そのやるせなさは大きいだろう。


 そんな陛下の悲痛な顔に沈黙が訪れるが、宰相閣下が口を開く。


「一応、此方でも関所を封鎖するよう早馬にて知らせを出してある。

 街道を押さえてくれておるなら、山狩りの準備じゃな。

 多方面の街道にも要所には検問が必要か」


 近衛を付けて城の中に居たのだ。攫われるとは夢にも思っていなかっただろう。

 街道の封鎖は間に合わないだろうが、それでも念の為でやっておくべきではある。


 僕としても、後を追うどころか報告の兵を出させることすらできなかったほどに上手く事を成されるとは全く思っていなかった。


 それほどの精鋭を出してきたという事は本気、なのだろうな……


「戦の下準備も要りますね。ロドロアとは違い、後手に回る訳にはいきませんから」


「そ、そこまでか……?」と、困惑を見せるシェール侯爵。


 外務卿としてルドレールと一定の友好を保ってきたからこその困惑だろう。

 だが、それはあくまで親帝国派の者たちと、だ。

 過激派はそもそも友好なんて求めない。

 証拠を提示できないだけで、もうルドレールが殿下を攫ったのは確定なのだ。

 皇族を攫うのは完全なる宣戦布告。であれば、戦の下準備は必然である。


「シェール候よ、長年苦難してあそこと間を取り持ってきた貴殿の気持ちもわかるが、現状起こっている事を考えよ」

「うぐぅ……そう、ですな。即開戦してもおかしくないことであった」


 裏事情に詳しい父上がそう言うのだから、そうとうな労力を使わされたのだろう。


 本格的な戦争となればその金と労力を使って作り上げたパイプをすべて失う。

 それはシェール家の力の減衰を意味するのだ。 

 それは唸り声も出るか……


「はい。ですが戦争など回避する事こそ本懐と言えましょう。

 今は派手に動かず、秘密裏の下準備こそ肝要かと」


 そう告げれば、陛下と父上がこちらを見て頷く。


「それは当然必要となってこようが、なればこそ殿下を早く見つけ出さなければならん。

 リヒトよ、包囲網の方で他に提案は無いか?」


 そんな宰相閣下の声に僕の掛けた網に掛からなかった時の想定を頭の中で行う。


「包囲網、ですか。近衛を超える力を持つ兵であれば強行突破も容易でしょうからね。

 であれば、影ながら尾行させ所在を掴むことこそが重要かと思われます」


 うん。裏に居るのが誰かもわかるだろうし。

 まあエメリアーナが捕まえてくれている方が楽でいいのだけど。

 直系の皇子が他国に奪われている状況なんて仮に完全に切り捨てて考えたところで厄介ごとでしかない。

 血筋の事もあれば、陛下が予想された抜け道の件、他にも機密を持っているのだ。

 最悪は所在を掴み秘密裏に処すまで考えねばならないところである。

 そんな事が陛下にできるとは思わないし、して欲しいとも思っていないけども。

 最悪はやらなければならない可能性が出てくる、というだけで。


「それはルドレールに兵を送り込む、ということか?」

「ええ。正直に言ってしまうとあちらの王族に同じことをしてやりたいくらいですよ。

 いくら何でもアステラータ帝国を舐めすぎです。

 痛すぎるしっぺ返しを喰らわせなければ歴史に消えない汚点が残ります」


 歴史に汚点が残る、というのはプライドの話だけではない。

 去年の学院での僕と同様だ。

 やられたまま放置していれば侮りが生まれるのである。

 憎しみが生まれようとも、できるのであればがっつりやり返した方が後の為になる。


「しかしそれはお前が自ら避けるべくと言った戦争を自ら促進する行為だ。

 そこはどう回避するつもりなのだ?」


 と、父上からの問いかけ。


「確かに言いましたが、その本懐は相手国がふざけ過ぎていてもう得られないと考えます。

 私はここまでされたのであれば『やるならばやるぞ』という姿勢は見せねばならないと思います。戦争回避は相手国次第にすべきだと。

 しかし、ああは言いましたがルドレール王家に直接攻撃を仕掛ける様な無意味な真似をしたいとも思っておりません。

 我が国を舐めてはならないという事をわからせてやりたいだけですから」


 父上は僕が過激な事をしてしまう心配でもしていたのか「ならばよい」と頷いて言葉を返した。


「しかし、戦争ともなれば継承争いの枠を明らかに越えんか?」と陛下が首を傾げる。


 それは僕も考えていた。

 継承争いにて功を挙げたいのは王子なのだ。国王には関係のない話である。

 王子が功が欲しいが為に独断で戦争を目論んでいるともなれば真っ当な王なら『ふざけるな』と大激怒することだろう。


 そんな陛下の疑問に宰相閣下も「そう、ですな……」長考しながらに同意して声を上げる。


「ふむ。これは色々と調べねばならんな。

 シェール侯、手間を掛けるが一肌脱いでくれんか?」

「はぁ……致し方ありませんな。

 恐らくは不利益を被るのでしょうが、私も帝国貴族です。

 お国の為とあらば身を切りましょう」


 内部の深い情報を探るにはあちらの内部との内通は必至。

 その手札を持つシェール候の探りというのはこういう時に絶大な力を持つ。

 これが商会を作る事で僕が欲しがった力の一つ。

 まあこの状況では羨ましいとは思えないのだけれど。


「ふむ。ルドレールであれば私も手を忍ばせているところ。

 シェール候に協力しよう。現地で手が必要であれば言ってくれ」


 と、ラキュロス公も同調して話が進んでいく。


「うーむ……しかし戦争の懸念がある今、軍務卿があれで大丈夫なのか?」と、苦い顔で陛下は言う。


「そういえば、ロドロア戦でも見ませんでしたが……」


 そう。内戦とはいえ、軍務卿が前に出ないというのは明らかにおかしい。

 知己ではないが侯爵家の当主が兼任していた筈だ。

 戦勝パーティでも居なかったと思われるのだが。


「うむ。あからさまな仮病で病だと偽っておってな。恐らくは戦功に次期軍務卿の座を入れた事がそうとう気に入らんかったのだろう。

 その通達を事前に行った直後からだからな……」


「ええと……病なら丁度いいんじゃないんですか?」と、僕はそのままサイレス候に座を渡してしまえばいいのに、と首を傾げた。

 渡せないほどの何かを持っているのだろうか、と。


 その意図が伝わったのか、閣下は説明を入れてくれた。

 代々、国の軍部を任された家系なのだそうだ。それはもう建国当初から。

 故に騎士関係の家に絶大な力を持つ。

 それすなわち、軍部内での影響力が役職を問わず絶大だということ。

 だが、それでも昨今の反抗的な貴族に同調していることを許すわけにはいかず、サイレス候に軍部を預けると決めたのだそうだ。

 粛清に動く時までには役職を降ろしておきたくてな、と宰相閣下は言う。


 そう。この場に居ないということは反皇帝派、ということなのである。

 荒んだ先代皇帝がやり過ぎちゃった所為で決定的に仲違いしてしまったのだとか。


 軍務卿がそれでよくクーデターが起きなかったな……綱渡り過ぎだろ。

 思わず『もしかして綱渡り、楽しんでます?』とか聞きたくなっちゃうよ。


 そう思っていると「であるな」と陛下の声が聴こえてドキッとさせられた。

 心を見透かされたのか、と。

 しかし、その声は普通に口に出した僕の言葉へのものだった。


「グランデ公、サイレス候、そしてリヒト子爵よ、その交代劇に力を貸してくれるか?」


 えっ、何で僕まで?

 くっ、陛下はいつもリヒトって呼んでるじゃない。都合よく子爵って付けて……

 しかし、そっちの情報は殆ど持ってないぞ。歴史の本に書いてある事は知ってるけども。


「ええと、何を為さるおつもりなのでしょうか?」と、不安になり返答で自分の役回りに予測が付きそうな問いかけを行う。


「うむ。公務続行不可として交代を迫るだけだ。ただ、貴公らには後ろに居て欲しい。

 まあリヒトの場合、正確にはハインフィード家が、だがな」


 ああ、協力している面子を見せて逆らっても無駄だぞ、とわからせたいだけか。

 最近パーティーでもハインフィード家側として出席してるから僕でもいいと。


 それなら大した事は無いな、と「私の身だけでよろしいのであれば謹んで」と返しておいた。


 正直、面倒な話だが、これで戦争をボイコットしちゃう頭のおかしい軍務卿を追い落とせるなら安いものだ。

 サイレス候が早期に就いて足固めを行って貰う方が友好を持つ僕としても喜ばしい事だしな。


 ええと、件の軍務卿はハイネル侯爵だっけか。

 国軍の団長から近衛まで本家分家問わず、騎士を数多く輩出してきた家だよな。


 そうして呟きながら思い出していると、父上に声を掛けられ視線を向ける。


「リヒト、お前は学院でも一応気を付けておけ。子がお前の一つ下に居る筈だからな」


「えっ? あっ……はい」と面倒ごとが増えたと思いながらも有難く忠告を受けていると、報告の兵が入ってきた。


「アストランテ殿下が見つかりました! ご無事です!」


 と、興奮しているのか随分と雑な報告だが、その声に『おお!』と彼らは立ち上がる。

 ぼ、僕も立ち上がった方がいいのかな……と空気を読んでよっこいしょと腰を上げる。


「賊に連れ去られている所をハインフィード辺境伯の妹君であるエメリアーナ嬢が保護し、城までお連れしたとの事です!」


 漸く聞きたかった情報を報告してくれたのでほっと一息。

 そうか。皆も無事だったか、と。


「運よく捕まえてくれたようですね。これで漸く気を落ち着けられます」

「で、あるな……であれば後は警備を増やすくらいか」

「ええ。陛下、暫くはご自身の守りも鉄壁に、でお願いしますね」


 近衛を抜かれたのですから、と付け加えると宰相閣下も流石に深刻な顔を見せて同意していた。抜け道が使われてしまったのならば封鎖も急がせねば、と。


「殿下も見つかったことですし、対策会議は終わりということですかね?」


 と、問いかければ「ああ。だが下準備は変わらず必要だ。各々先ほど頼んだ事は宜しく頼むぞ」と、陛下が号令を掛けて解散となった。




 そしてリーエルの所へ、と食事を頂いたホールへと戻れば何故か彼女の周りに妙齢の女性たちに囲まれている。

 なんだろうかと、近づいてみればラキュロス公の奥様だったり、サイレス候の奥様たちときゃっきゃうふふしていた。


「そうよ! 身を預けるだけじゃダメなの。夜に男を制御したいなら――――――――」


 と、やんちゃな人なのか、サイレス候の奥様がそんな不穏な発言をした時、僕らと目が合った。

 真っ赤な顔で咳ばらいをするサイレス候の奥様。


「馬鹿者……」と嘆息するサイレス候。


 あはは、と彼女はミリアリア嬢のお母上とは思えない振る舞いでそっぽを向いた。

 そんな中、リーエルの隣に行き、別動隊の成果を伝える。


「エメリアーナが上手くやってくれたみたいだよ。後で何かご褒美を贈らなきゃね」

「あら! そうですわね。何が喜ぶでしょう」


 リーエルは嬉しそうに両手を合わせて首を傾げつつもこちらを覗くように体を傾ける。

 合わせた手の平が草木が揺れる様に左右に揺れながら体もそれについて行くが、視線は僕から離れない。


 何、その可愛い仕草……

 僕をどうしたいの。暴走していいの?


 と、ドキドキしていると奥様方がニマニマとこちらを見ている事に気が付いた。


 中には僕の母上までいる。

 そのお陰で少し冷静になれた。


「ああ、なるほど。僕は今標的にされているのか。

 いいよ、リーエル。キミがそういう事をする趣旨ならば大歓迎だ。もっとどうぞ」


「えっ? ええっ!?」と困惑して助けを求める視線を奥様方に向けるが「あらぁ、中々やるわねぇ」と傍観する姿勢を崩さない彼女たち。


「全く、いい加減にしないか!」と怒ったサイレス候に連れられて一人が抜けると続々と立ち上がり夫の元へと向かっていった。

 ラキュロス公もシェール侯も夫婦仲は良さそうだ。仲睦まじい様子で『待たせてすまないな』などと言いながらも会場を後にしていった。


「ふふ、可愛かったよ?」

「んもう……とっても恥ずかしかったのですから言わないでください」


 無理やりにやらされていたのか、羞恥に悶える彼女。

 そんな彼女とエメリアーナを迎えに行く為に、お城の廊下で歩を進めた。


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